夢/とある獣の生活 | ナノ

好かれる人の段


「虎徹先輩、今日はあいつらの餌を買いに来ただけです」
「わ、解ってるよ…。そんな睨むなって」
「本当だったらもっと早くついたはずなのに…」


虎徹の目の前を後輩の八左ヱ門が歩く。
虎徹は申し訳なさそうな、少し情けない様子で八左ヱ門のあとをついて歩き、何度も「ごめんって」と謝った。
今日は八左ヱ門と虎徹の二人だけで飼育している動物たちの餌を買いに町までやってきた。
五年と六年の二人であればすぐに到着することができたのだが、虎徹が山で道草をくってしまったため、大幅に遅れてしまった。
何度も横路にそれていく虎徹に、心が広い八左ヱ門もさすがに怒り、不機嫌そうな表情のままいつものお店へと向かう。


「ごめんね、竹谷。本当に悪かった。帰りは道草くわねぇから!」
「そう言いながら何度も道草くってました」
「あははー……本当に面目ない…」


可愛い後輩に叱られるのは別に慣れている。
だけど本気で怒らせるつもりはなかった。
怒った顔だってあまり見たくない。
だから何度も何度も謝り続ける虎徹だったが、今日の八左ヱ門もなかなか虎徹を許してくれなかった。
何を言っても許してもらえないと解った虎徹は「ごめん…」と珍しく凹み、トボトボと重い足取りで八左ヱ門について行く。
八左ヱ門が静かになった虎徹を横目で振りかえると、耳と尾を垂れ下げた大きな犬……に見える虎徹が目に入り、思わず噴き出して笑ってしまった。
すると虎徹はパッと顔をあげ、「許してくれた!?今笑った!?」と言うようなキラキラとした目で八左ヱ門を見つめる。
失礼な話しだが、今の虎徹は犬にしか見えない。
そして、動物大好きな八左ヱ門はそんな虎徹を見て、


「帰りは真っ直ぐ学園に帰りましょうね。絶対ですよ!」
「おう!」


いつものように許してあげるのだった。


「じゃあ俺買ってきますね。虎徹先輩はそこで待ってて下さい」
「了解」


お店について、財布を握っている八左ヱ門が中へと入って行く。
今日は大人しく待とうと思った虎徹はお店の出入り口横にしゃがみこみ、ボーッと行き交う人々を眺めていた。


「お、君初めて見る顔だね」


どこからともなく現れた一匹の猫が虎徹の足に擦り寄る。
虎徹も笑って顎の下や横を撫でてあげると甘えるような声で鳴く。


「ああ、君はこの間もいたね。どう、元気してる?」


虎徹は動物に何故かモテる。
昔から動物の扱いには長けていたし、動物は好きだ。だからモテるのだと思っていた。
だけど学園に入学して気がついたことがった。

動物に好かれているのではなく、彼らは従っているのだと。

動物は好きだが、完璧に使役しなくてはいけないと幼少から教えられてきた。
完璧に使役するには、自分も「動物」にならないといけない。
その為には多くの動物とともに時間を過ごし、学ぶ必要がある。
幼少時代のおかげで、虎徹は今でも野生の部分を強く残すことができた。
今ではどの動物も決して自分には逆らわない。学園で飼育している人食い山犬だってそうだ。


「すみません、先輩。遅くな―――って、誰だ!?」
「おー、俺だよ俺。なんかすっげぇ乗ってきた」


とは言ったものの、虎徹は動物が好きだ。愛している。
いつの間に集まった猫は虎徹の身体に乗って、猫の山が一つできあがる。
可愛いが、たくさん集まればただ気持ち悪いだけ。
猫にたかられている虎徹を見て八左ヱ門は「気持ち悪い!」と鳥肌がたったのだが、


「さ、さすが先輩ですね…」


おほー…。と驚きながらも声には出さなかった。


「じゃあ俺行くから。またね」


一匹一匹撫でて、その場で解散。
八左ヱ門から荷物を全部受け取り、学園へ戻る。
いつもだったら「団子食べようぜ!」とうるさく誘ってくる虎徹だったが、今日は大人しく帰る。
「いつもこうだったらいいのに…」と思う八左ヱ門だったが、やはり虎徹。大人しくはできなかった。


「そこいく可愛い子猫ちゃん。俺と一緒にお魚でも食べないか?」

「おお、そこの毛並みが美しいわんこさん。ちょっと撫でさせてよ」

「やあ。今日も相変わらず格好いいね!君が大きかったら俺を乗せて空で逢引したいな」


出会う動物全てに話しかける……ナンパをする虎徹。
そのたびに動物は鳴いて虎徹に近づく。
後ろを見れば野良の犬や猫が虎徹についているのを見て、「さすが…」と感心してしまった八左ヱ門。


「いやいや!先輩、それ止めて下さい。冗談じゃなく皆ついてきてますから」
「えー……」
「っていうか何で皆ついてくるんですか…」
「そりゃあ力が強い奴に従うのが自然の掟だもん」
「そうですけど……」
「あ、あの子欲しい!むちゃくちゃ可愛くない!?」
「ダメです!これ以上増やさないで下さい!」
「とか言ってすでに一匹懐に忍ばせてるんですけどねー!」
「虎徹先輩ッ!元いた場所に帰して下さい!」
「えー……可愛くない?可愛いだろ?」
「かっ…わいいですが、もう余裕なんてありません」


虎徹が懐から出したのは小さな小さな犬。
プルプルと震えており、目も若干潤んでいるようにも見える。
思わず「可愛い!」と言いそうになったが、本当に余裕がない。
目を反らして厳しいことを言う八左ヱ門に、虎徹は八左ヱ門に近寄り子犬を見せつける。


「俺のバイト代使っても足りない?」
「あれは…………その…」
「使っていいって言ったじゃん」
「ですが、虎徹先輩…」
「まだ余裕があるみたいなので飼おー!さて、この子はどんな素質を持ってるのかな…」


飼育している動物や虫は測り知れず、予算だけでは彼らを養うことができない。
だから虎徹を筆頭に皆でバイトをしてはお金を使っている。
それとは別に虎徹が個人でバイトをしている。動物を使っての大道芸。
収入もそこそこで、そこから個人的なペットの餌代を出している。
余ったお金は全て八左ヱ門に渡し、「好きに使え」と言っているのだが、八左ヱ門は遠慮してなかなか使おうとしない。
八左ヱ門の言葉を聞いて、虎徹はニッコリ笑う。
片手で子犬を抱いたまま先を歩き出し、話しかけた。


「そうだな、お前は大人しいし、侵入とか向いてそうだな」
「虎徹先輩」
「んー?」
「その、いつもありがとうございます」
「いいよ、動物の為だからな!」


今度は虎徹が振りかえってニィっと笑うと犬歯が見えた。
あの犬歯を敵として見たら、恐怖を感じ、味方として見たら、安心してしまう。
できることなら虎徹の敵にはなりたくないと思い、それと同時に、


「俺も虎徹先輩みたいな懐の広い人間になりてぇなぁ…」


言葉にもらした。


「竹谷、こいつの名前決めたぞ!竹左衛門ってのはどうだ!?」
「………バカにしてるんですか?」
「じょ、冗談だって!そんな冷たい目で俺を見るなよ!」


だから少しだけ真面目になってくれないかな。とも思った八左ヱ門だった。


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