夢/とある獣の生活 | ナノ

実習前の運動の段


「今日の忍術学園はなんだか平和だね」
「だな。毒虫たちの脱走もねぇし」
「なんだ八左ヱ門。脱走っていう自覚があったのか。いつも「散歩してる」とかって言ってるくせに」
「下級生たちを怖がらせないように「散歩してる」って言ってんだ」
「うん、どっちにしろ迷惑だから気をつけてよねー」
「勘ちゃんの言うとおり。ところで高野豆腐食べるか?」
「食わねぇよ!」


五年長屋の中庭に面した廊下に、仲のいい五年生が日向ぼっこをしていた。
下級生たちは裏山に行っているため、学園には上級生しか残っていない。
上級生たちは休み前なのもあり、のんびりお昼を過ごしている。
くだらない話で時間を潰していると、遠くから二つほどの足音が聞こえてきた。
とは言っても忍者なので足音なんてたてないのが普通なのだが、今日だけはよく聞こえた。


「下級生か?」


八左ヱ門の言葉に三郎が「いや」と首を横に振る。
何事だろうと五年生が足音がする廊下を見ていると、六年生の食満留三郎と潮江文次郎が姿を現した。
仲の悪い二人がやってくるなんてとても珍しいことで、戸惑っていると、真剣な顔をした留三郎が「おい」と話しかけてきた。


「悪いがお前ら避難しててくれ」
『え?』


突然の言葉にその言葉しか出てこなかった。


「近々実習で戦場へ向かうのだが、その調整のため、五年長屋の中庭をかしてほしい」
「そう言えば言ってましたね。でも潮江先輩、六年長屋の中庭でもよくないですか?」


三郎の言葉の奥には「面倒ごとを持ってくるな」という気持ちも込められている。
それが解っているのか、文次郎は申し訳なさそうな顔で溜息をついた。


「あっちの中庭では仙蔵と長次がやっててな。その雰囲気にのまれたバカ二人が今すぐ戦うって聞かねぇんだよ…」
「そのバカ二人というのは?」
「解ってんだろ、鉢屋。小平太と虎徹だ」


留三郎も溜息をはきながら二人の名前を出すと、五年生全員が「やっぱり…」という雰囲気が流れた。
小平太も虎徹も戦うのが大好きだ。そして殺気や雰囲気にのまれやすい。
もし長次と仙蔵の戦いに乱入なんてしたら、中庭がぐしゃぐしゃになってしまう。
じゃあせめて、バカ二人は勝手に騒いでろ。ということで、五年長屋の中庭にやってきた。
迷惑をかけているのは解っているが、すでにやる気満々な二人が止まるわけがない。


「すまねぇな。何かあったら俺が虎徹、文次郎が小平太をおさえて、できるだけ迷惑をかけないようにする」
「すでに迷惑なんですけどね」
「三郎!すみません、食満先輩…」
「でも二人が戦うところってちょっと楽しそうだよね」
「観戦する?おやつに豆腐を持ってこよう」
「あの先輩。俺たちも観戦していいですか?」


八左ヱ門も言葉に、文次郎と留三郎は顔を見合わせた。
あまりいい顔をしていないが、少しして二人同時に頷いた。


「構わないが、本当に危険だぜ?」
「ですが、調整なんですよね?だったら…」
「甘いな、不破。戦闘バカな二人が調整なんてするはずなかろう」
「そうそう。これから始まるのは本当の殺し合いだ」


よっこらしょ。と五年の隣に腰をおろし、二人の登場を待つ。
留三郎の手には鉄双節棍、文次郎の手にはクナイが握られており、持つ理由もすぐ予想できた。
二人は嘘をついていない。虎徹と小平太が戦い、流れてきた手裏剣やクナイなどといった武器から己を守るために持っているのだ。


「お、俺らも一応持っとこうぜ」


各自、得意とする武器を片手に、再び廊下に座る。
先ほどまでの、のんびりムードはすでに消え去っており、中庭には重苦しい雰囲気が包まれていた。
すると、廊下の奥から殺気を放ちながら向かってくる気配が二つ。


「お、来たな」
「いいか、本気になるのはいいが、キれるなよ」


現れたのは黒い忍び装束に身を包んだ二人。
口布もあてられており、目つきも鋭くいつでも戦闘準備は万全。
小平太の武器はクナイだけ。隠し武器はあるかもしれないが、小太刀も何も持っていなかった。
反対に虎徹は左右の腰に1本ずつ。後ろの腰にクロスさせ2本。計4本の小刀を装備している。


「八左ヱ門、国泰寺先輩って武器扱えるのか?」
「さ、さぁ…。というか俺、虎徹先輩のあんな姿初めてみた…」
「僕たちもこの間初めてみたよね?」
「…そうだったな」
「んー、虎徹先輩もだけど七松先輩もじゃない?兵助見たことある?」
「いや、見たことない」
「小平太も虎徹も人目につかないよう帰ってきてるからな」
「あいつら殺気抑えるのが下手くそで、それで下級生と出会ったら気分を悪くさせちまうって言って遅く帰ってくんだ」
「忍者なら殺気ぐらい抑えろ。全く、二人は鍛錬が足らん!」
「ま、そこだけは否定できねぇけどな」


中庭に向かい立つ二人。
口布のせいでどんな顔をしているか解りにくいが、なんとなく楽しそうなのが雰囲気で伝わってきた。


「小平太、遠慮は無用な」
「勿論だ、虎徹。本気でいかせてもらおう!」
「じゃあ始めるぞ。試合、…開始ッ!」


文次郎の声と同時に二人は接近しあった。
空中を漂っていた葉っぱが二つに裂け、地面に落ちる。
クナイと刀が交わう音が中庭に響き、音が消えたと思った瞬間には二人の姿も消えていた。
素早い二人の動きに五年生たちはなかなかついていかなかったが、文次郎と留三郎だけはちゃんと追っていた。


「早すぎだろ…!」
「国泰寺先輩、刀使えるんだね。動物操ってる印象しかないから驚いちゃった」
「しかし何で四刀なんだ?」
「………昔、聞いたことあるかも…」


目だけは二人を追いながら八左ヱ門が昔のことを話しだした。


「どの体勢や向き、状況に応じて刀を取り出し、殺せるように。牙は多いほうがいいだろ?って…」
「んー……解ってたけど、」
「国泰寺先輩はやはり獣だな。まぁ七松先輩もそれに似たようなものだが」
「ああ、お二人とも本気で殺す勢いだ」
「俺たちにはまだ無理かもねー」


クナイや刀のせいで服が破れ、皮膚から血が流れ出してもスピードは落ちることはなかった。
小平太も虎徹も人間の急所ばかり狙っているが、ギリギリのところでかわす。の繰り返し。
武器での勝負は五分五分だが、肉弾戦となるとやはり小平太のほうが優勢で、両手を捕まった虎徹の鳩尾に本気の蹴りを一発食らわせた。
木に飛ばされた虎徹の首にクナイを突き立てようと走り出した小平太だったが、後ろ腰に差していた刀を握り持ちで取り出しクナイを弾き飛ばす。
その一瞬にできた隙をつき、虎徹が小平太に蹴りかかるも、いとも容易く受け止めて拳をグッと構える。


「ヤバいッ」


八左ヱ門が思わず叫ぶも、虎徹は余裕の笑みで、弾き飛ばして落ちてきたクナイを空中で取り、小平太の首めがけて一閃走らせた。


「ガフッ…!」


しかし小平太が虎徹を殴るほうが早く、鳩尾を抑えながら後退。
小平太は虎徹から離れ、クナイで斬られた口布を乱暴にとって投げ捨てる。
瞳孔が完全に開いており、口元には笑み。
虎徹も小平太同様、息を乱しているものの、楽しそうだった。


「やべぇな」
「やばいな」


留三郎の言葉に、文次郎も頷き、立ち上がる。
五年生は二人の言葉が理解できなく、ハテナマークを飛ばしながら見守っていた。
虎徹も口布を脱ぎ、グッと姿勢を低く構えた。
それを見た小平太は腕をまくり、指を鳴らす。
二人から、おびただしいほどの殺気がもれはじめ、五年生は息をのんだ。


「虎徹先輩も七松先輩も……」
「うん、キれてるね…」


虎徹は狼、小平太は虎。そんな血に飢えた二匹が争えば、どうなるのか解らない。
だが、今の状況が「悪い」というのは五年生にも解った。
お互い睨み合ったまま動かない状況のなか、立ち上がった文次郎と留三郎が間に入る。
その瞬間、二人が動き出した。


「このバカ犬!理性飛ばすなって何度言わせるんだ!」
「お前もだ小平太!実習前に大怪我をしたらどうする!」


が、衝突前に二人に捕まり、拳骨を食らってしまった。
そこでようやく殺気がおさまり、二人揃って息をつく。


「だから小平太とやるとイヤなんだよ。お前加減しねぇもん」
「私は虎徹とやるの好きだぞ!遠慮せんですむからな!」
「小平太!調子に乗るんじゃない!」
「虎徹、お前はすぐ殺気にあてられすぎ」
「もー、解ってるよ留三郎。でもしょうがないじゃん?食われる前に食わないとやられちゃうんだよ?」
「バカか!同級生同士で争ってケガするなんてバカがすることだぞ!?」
「殺気などといった感情を抑えるのも忍者だ。いい加減学習しろ、バカタレが!」


いつもの、子供のような顔に戻った二人を見て、五年生たちも強張っていた身体から無駄な力を抜いた。


「解ってたけど、あの二人は人間じゃないな」
「うーん、二人とも優しい先輩なのは知ってるけど、敵に回したくないかな」
「さすがの俺もあの二人とは楽しんで戦えないなー。確実に死んじゃう」
「俺も断る。できれば五、六年で実習もしたくない」
「そう言えば休み明けにあったっけ?マジでイヤだな…。つーか委員会でもあれぐらい真面目にやってくれたいいんだけど…」
「はは、頑張れよ八」
「三郎、そういうのはちゃんと心こめて言え」


六年との壁に改めて差を実感するものの、そこにいた五年生全員が「負けてなるものか」と固く心に誓った。


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