夢/とある獣の生活 | ナノ

予算を取れ!の段


今期も学園の名物となりつつある予算会議が始まった。
会計委員が安藤先生の庵に陣を構え、その前の庭には全委員会が殺気を抑えることなく待機している。
上級生からはピリピリとした殺気が漂っているが、下級生…主に一年生はあまり状況を解っていない様子。
そう、一年生はこれから始まる合戦がどんなことになるかを知らないからだ。


「おっ、珍しく虎徹が出席するんだな。どういう心境の変化だ?」
「ふっ…。留三郎、俺を今までのダメ委員長だと思うなよ。今の俺は本気なんだ」
「……後輩に「頑張れ」とか言われたのか?」
「虎若と三治郎がさー、俺の格好いいとこが見たいって言うからさぁ!なー?」
「はい、虎徹先輩の本気見たいです!」
「僕も見たいでーす!」
「かんわいいだろぉ!?」


待機中、近くで同じく待機していた用具委員委員長、食満留三郎が虎徹に話しかけてきた。
虎徹が今まで予算会議に参加しなかったので、少し驚いていたのだが、虎徹の緩み切った顔を見て、若干呆れた。
しかし、可愛い後輩からあんなこと言われるのは素直に羨ましいと思った留三郎は、三年の作兵衛に期待を込めた視線を向けると、作兵衛はサッと視線を反対方向に向けられてしまった。


「虎徹先輩、そろそろですね」
「さーて、がっぽり金取るぜぇ!」


腕をまくり、ゴキゴキと指を鳴らして臨戦態勢。
うすら笑みを浮かべる口元には犬歯が見えて、いかにも獣らしい雰囲気をまとう。


「…あの、先輩」
「どうした竹谷。忘れものか?」
「食べたらダメですよ?」
「は?」
「いや、今の虎徹先輩凄く狼に見えて…」
「安心しろ竹谷。俺は男は食わん趣味だ」
「そういう意味ではなく…」
「おっ、終わったな!よーし、お前ら行くぞーっ。俺に続けー!」


虎徹の掛け声に生物委員会が庵へと向かった。
確かに予算は欲しいが、本気を出している虎徹を見て、若干不安になる八左ヱ門だった。


「三木ヱ門、次の委員会は?」
「生物委員会です。珍しく国泰寺先輩がいらっしゃいます」
「なにぃ?」


生物委員の前は体育委員だった。
いつもと変わらず予算をバッサリ削減され、怒った体育委員長、小平太が文次郎率いる会計委員と大きな衝突をしたが、どこからか飛んできた宝録火矢で裏山まで飛ばされてしまった。
疲れた様子を見せる文次郎だったが、まだまだ猛者たちは残っている。
障子付近に座っている三木ヱ門に次は誰かと聞けば、虎徹率いる生物委員だと答えた。
しかも虎徹がいるなんて初めてのことで、文次郎は小首を傾げる。
そうしている間にも虎徹が障子をスパーンッ!と開け、仁王立ちで文次郎に向かって不敵の笑みを浮かべる。


「ここでは初めてだな、文次郎」
「会計委員長と呼べ、虎徹」
「じゃあお前も生物委員長と呼びな!」


虎徹と予算のことで争ったことがない。虎徹も予算会議に参加したことがない。
だから相手がどう出るか様子を見ながらの会話。
しかしあまり駆け引きが得意ではない虎徹は一歩前に出て、一日で作り上げた予算案を突き出した。


「少ねぇ。もっと金寄こせ!」
「それが人にものを頼む態度か!しかしお前が出るなんて珍しいな。どうした、心境の変化か?まあ真面目なのはいいことだがな」
「可愛い後輩に頼まれたらやらないわけにもいくめぇ。格好いいとこが見たいって言われたしな。だからさ、お金頂戴よ」
「無理だ。飼育している生物のほとんどはお前と伊賀崎の個人的なペットばかりだろう?自分たちで賄え。以上」


体育委員会のとき同様、バッサリ切り捨てる文次郎。
正論すぎて反論はできないが、本気を出した虎徹は「待ってました」と言わんばかりにニヤリと笑った。
それを斜め後ろで見ていた八左ヱ門は「あ、やばい」と口元を引くつかせる。
極悪な笑顔を浮かべた虎徹は暴君小平太同様、手がつけられない。
文次郎も解っているのか、障子近く、虎徹の近くに座って待機していた三木ヱ門と左門に離れろと指示を出す。


「へえ…そんなこと言っちゃうの?」
「お前も何か仕込んできやがったな…」
「文次郎、俺にケンカ売ったらダメだよ…。止まんなくなっちゃうだろ?」


ニヤニヤ笑いながら指をくわえ、指笛を鳴らす。
会計委員の団蔵、左吉は大きな音に身体ごと飛び跳ねて文次郎の後ろに隠れる。
庵前に待機していた他の委員会もざわつきだし、虎徹の指笛の意味を知っている上級生、六年と五年を中心に下級生を安全な場所へと避難させた。


「貴様ッ、本気できやがったな!」
「おうよ!金が欲しいからな!」


文次郎がバカタレ!と何度も虎徹に文句を言うが、虎徹は素知らぬ顔でヘラヘラ笑っている。
そうしている間にも指笛に呼ばれたたくさんの鳥が庭に集まる。
鴉が薄気味悪く鳴き、続いて鷹や鷲などといった肉食系の鳥類が上空で待機。
さらに山犬が塀を乗り越えて庭に侵入し、虎徹を含む生物委員会を取り囲んで会計委員全員を睨みつける。


「おー、さすがお前ら早いねぇ。じゃあさっそく……」
「何をするつもりだ、虎徹…!」
「さあ皆、あそこにご飯があるよー。好きなだけ食べていいからねー!」
「なッ!?」
「ちなみに塀の向こうには熊とか猪もいるから逃げようとしても無駄だぜ?」


さすがは動物を扱わせたら忍術学園一と言われるほど。
たくさんの動物を従え、会計委員を脅す虎徹の顔は酷く楽しそうだった。
獣の威圧感に団蔵と左吉が音を立てて逃げる素振りを見せると、一匹の山犬が唸り声をあげた。


「うわあああ!潮江先輩ッ、狼が俺狙ってます!食べられちゃいます!」
「団蔵ー、虎徹先輩に逆らわないほうがいいぜ」
「それにこの子たち本当にお腹空かせてるみたいだしね」
「そんなこと俺に言うなよっー!」


虎徹の左右にいた虎若、三治郎もニヤニヤ笑いながら同じ組の団蔵を脅すと、団蔵は涙目になって文次郎の制服を力強く握りしめる。


「虎徹、貴様!下級生まで脅すなんて卑怯だぞ!」
「フハハハ!忍者に卑怯もクソもあるか!いいから金寄こせやボケェ!」


もはやただの不良である。
山犬に取り囲まれ、虎徹に脅される会計委員を見て、八左ヱ門は「哀れだ」と目頭を熱くさせた。
しかし止めない。というか、暴走しだした虎徹は止められない。


「あとお前の部屋にカメムシ越冬隊持って行くから覚悟しとけよな!」
「それは…同室の仙蔵に殺されるぞ」
「………。孫兵、今すぐ越冬隊を文次郎に向かって投げつけてやれ!」
「止めんかバカタレ!とりあえずそいつらがいたら下級生が怖がって話すらできん。帰らせろ」
「は?そんなこと俺が聞くとでも思ってんの?」
「お前はこの一年生を見てなんとも思わないのか?」


文次郎はそう言って、自分の後ろで震えている団蔵と左吉を虎徹に見せる。
涙を大量に浮かべて小動物のように震えている二人を見て、虎徹の良心はすぐに痛んだ。
追い打ちをかけるように文次郎が団蔵に耳打ちをし、終わると団蔵が虎徹をジッと見つめて口を開いた。文次郎の口元には笑みが浮かんでいる。


「虎徹先輩、俺怖いです…!助けて下さいっ…」
「ぬあああああ……!文次郎、テメェ…!後輩を使うなんて卑怯だぞ!」
「卑怯もクソもあるか!それと庭にいる他の委員会も見てみろ。下級生がみな怯えているぞ!」
「………グゾォ…!」


葛藤するように拳を握りしめ、団蔵のお願いを聞くか聞くまいか悩んでいた。
しかし他の下級生たちも怯えている。
断腸の思いで再び指をくわえ、音を鳴らすと動物たちはあっという間にその場から消えていった。


「これで最初に戻ったな、生物委員長」
「なかなかやるじゃねぇか、会計委員長」


そして、戦いは再び最初に戻るのだった。


「てか俺たち、猪とか熊とかを学食に貢献してんだぜ?しかもお前昨日の晩飯に猪鍋食ってただろ」
「ぐっ…」
「脱走させて迷惑かけてる以上に学園とお前らに貢献してるだろ。ちょっとぐらい多くくれてもいいと思うんだよね」
「テメェ、昨日の猪鍋はわざとか…!」
「まさか!成長期真っただ中な後輩たちの為に貢献してるだけさ。あと害獣駆除も兼ねてる。最近裏山と裏裏山の生態を乱すやつが多くなってさー…。ま、一石二鳥ってやつ?あ、今から予算をもらうから一石三鳥か?」


先ほどとは打って変わって、至って真面目な正論を文次郎にぶつけると、文次郎は震えながら俯き、しばらくして近くに置いてあった筆をとり、紙に書きこむ。


「………これ以上増えたら削減だ、バカタレ」
「うっしゃあああ!見て見て三治郎、虎若!俺ちゃんと予算取ってきたよーっ」
「さすが虎徹先輩です!」
「すっげーっ!」
「一平ちゃんと孫次郎も見ててくれたぁ?」
「虎徹先輩凄いですっ。これでバイトが減りますね」
「バイトがなくなった分、稽古つけてくださいぃ…!」
「勿論だよーっ!」


予算案より少なかったが、前期に比べて多くの予算をもぎとった生物委員はその場で喜んだ。
文次郎に「邪魔だ!」と怒られ、四人の一年生を抱っこしてその場をあとにする。


「これであの子たちも贅沢ができますねっ」
「だなー!」
「虎徹先輩」
「ん、どうした竹谷?」
「予算は増えましたが、だからと言って犬猫を拾って来ないで下さいね」
「ダメなの!?」
「ダメに決まってるじゃないですか!」


いくら怖い会計委員長から予算をもぎ取ったとしても、しっかり者の五年生に予算をもぎ取られてしまったのだった。





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