夢/とある獣の生活 | ナノ

五年と六年の段


「虎徹、貴様の後輩は貴様そっくりだな。バカ力だ」
「虎徹ッ、それ汚いから脱いで!」


八左ヱ門を抑えつけている仙蔵の額には汗が滲んでいた。
力となれば仙蔵より八左ヱ門のほうが上だ。その八左ヱ門を抑えるのは骨が折れるらしい。
伊作に注意をされた虎徹は素直に上半身のみ服を脱ぎ捨て、仙蔵と場所を変わった。
横になっている八左ヱ門の頭上に座り、肩を抑えて伊作が弓を抜く。


「ッガアアアアア!」


ズクッ…と肉を裂きながら抜けそうになるのだが、八左ヱ門が痛みで暴れてしまい、最後まで抜けず、その場で止まってしまう。
先ほどからそれの繰り返しで、伊作の額にも汗が流れていた。


「伊作、消毒用の焼酎は?」
「留さんと文次郎に使って、これで最後だよ。だから予算頂戴って言ったのにッ!」
「今度の予算会議は私と組むか?」
「うん、是非お願い!」
「あまり長いことはできないな…」


それは自分にも当てはまることだった。
気持ちが高ぶっているまま帰って来てしまい、目の前には傷ついた可愛い後輩。
不謹慎かもしれないが八左ヱ門を見て興奮してしまう。血の匂いは敵と味方の区別をつかなくさせてしまう。
冷静になれ。と感情を押し殺してただ伊作の指示に従っているが、先ほどから心臓が忙しくなく動いている。
虎徹だけでなく、八左ヱ門の体力もそろそろ限界そうだった。


「―――ハチ。八左ヱ門、俺の声は聞こえるよな」
「…っ虎徹、せ……ぱい…」
「俺の腕噛んでろ」
「え……」
「俺の腕を噛んで痛みに耐えろ。きりがねぇし、早くさないと腕が使いもんになんねぇぞ」
「でも…」
「犬に噛まれることなんて慣れてる。丁度お前にも犬歯があるしな」


可愛いものだ。といつもとは違う笑みを浮かべる。
八左ヱ門は一度間を置いて、乱れる息のまま、ゆっくりと頷く。


「遠慮することなく噛みつけ。気にすることねぇからな。仙蔵は足を頼む」
「これで最後にしてくれよ、伊作」
「思いっきり抜くから二人ともちゃんと抑えつけててね」
「いいか、八左ヱ門。お前は俺の腕を噛んでればいいんだ、解ったな」
「……っす…」


そう言って八左ヱ門の頭を持ち上げ、膝に乗せて後ろから利き腕じゃないほうの腕を八左ヱ門の口元に回す。


「両手でひっかいてもいいぞ。てか手も俺の腕持っとけ」


虎徹の言葉に素直に従い、カプッと噛みついて虎徹の腕を掴む。
それを見た伊作が虎徹と仙蔵に頷き、再び弓矢に力を込めた。
襲ってくる鋭い痛みに八左ヱ門は身体中に力を入れて逃げようとするも、虎徹の反対の手で肩を抑えつけられる。
逃げれないと解った八左ヱ門は虎徹の腕を噛みつく。
少しずつ抜けるたびに力がこめられ、虎徹も眉をしかめて痛みを耐えた。
噛みきれないよう口の奥へと押し込んでいるが、噛む力が強く、腕から血が溢れる。
フッー、フッーと痛みを堪えながら涙を流している八左ヱ門を見て、背筋がゾクリと粟立ったが「そうじゃない」と首を振る。


「大丈夫だ、八左ヱ門。あと少し…」


何度も何度も「大丈夫」と勇気づける。
抜くのに時間はかからないが、とても長く感じられた時間だった。


「―――っ抜けたぁ!」
「はぁ…、ようやくか…」
「竹谷、もう大丈夫だぞ。よく頑張ったな」
「っはぁ、はぁ…」


抜いた矢からは血が滴り落ちる。
矢をすぐに置き、抜いた場所を手で押さえて止血する。
残っていた焼酎を全てかけると、八左ヱ門の顔が歪んだが、あまり動ける元気はなかった。
虎徹は八左ヱ門を抑えつけていた手をどけ、離れる。
腕には八左ヱ門が噛んだあとがしっかり残っており、開いた穴からは止めどなく血が溢れていたが、反対の手で押さえて簡単に止血。


「さて、あとは縫うだけなんだけど…」
「体力がもうないから無理だな。元々浅いし止血だけで十分だ。消毒はしっかり頼む」
「虎徹、本当はよくないんだよ?返り刃なんだからちゃんと手当しないと…」
「でも薬は明後日にならないと入ってこないんだろ。大丈夫だって」
「そうだけど…」
「竹谷の治癒力なめんなよ」
「………君がそこまで言うなら…。だけど様子はしっかり見てよ?もちろん僕も見るけど」
「ありがとな、伊作」
「もー…、備品が足りないのか、留三郎たちが消費しまくるのか…。どっちにしても予算がほしい!」
「文句は全て文次郎だ、伊作」


仙蔵が笑い混じりにこぼすと、伊作も「だね」と苦笑。
傷を手当てし、布をあてがっていると、八左ヱ門も何か言いたそうに口をパクパクと動かしていた。
虎徹が気づいて耳を傾けると、名前を呼ばれて「どうした?」と声をかける。


「す、み……せん…」
「気にするなって。いいから寝てろ」
「……で、す…が、…」
「謝罪はまた今度。寝ろ」


いつものように笑って頭を軽く叩くと、気を失うように寝てしまった。
ようやく落ちついたが、休んでいる暇はなかった。
仙蔵は一息ついて立ち上がり、障子へと向かう。


「では私は留三郎と一緒に外の警戒でもしてくるかな」


敵は振り切ったと雷蔵、三郎は言った。
しかしそれは敵のわざとかもしれない。わざと振り切ったと思わせ、本拠地に戻らせ、それから総攻撃をしかけてくるかもしれない。
だから留三郎も仙蔵も外を警戒していた。
今のところ何も感じないが、何があるか解らない。


「大丈夫だよ仙蔵。小平太と長次が行ってる」
「やはりか。長次も行ったってことは小平太の面倒と、五年の忍務か」
「長次も後輩を可愛がってるからな」


仙蔵と留三郎の警戒をよそに、すでに小平太と長次が敵の後片付けに向かっていた。
あの二人に任せておけば十分。敵を倒し、三人がするはずの忍務もすぐに終わらせるだろう。


「学園長先生への報告は文次郎に任せているし…。ふむ、私はあまり役に立たなかったな」


フッと笑い、腰に手をあて虎徹たちを振り返る。


「そんなことないよ、僕一人だと治療できなかった」
「汗をかいていた仙蔵はなかなか珍しかったな」
「だね」
「私は虎徹が後輩に優しいとこなど初めてみたぞ」
「いや、俺はいつでも優しいし」
「―――よし、竹谷の治療は終わり。次、虎徹ね」
「俺は平気だよ。ケガしてねぇし」
「忍務で。じゃなく、今さっきのケガだよ。血止まってないし、あれだけ噛まれたら穴開いてるでしょ。いいから素直に出して」
「虎徹、保健室では伊作に逆らわないほうがいいぞ」
「…だな」


強気の目で睨んでくる伊作から視線を外していた虎徹だったが、伊作の殺気に似た圧迫感に負け、渋々と腕を出す。
噛まれた腕は真っ赤に染まっており、爪で引っかかれた場所からも血が流れていた。


「結構深いね」
「おー、腕が痺れてる」
「え?もしかして神経まで噛んだのかな…。まあ薬ないから応急処置しかできないよ。それまで我慢ね」
「……なんか俺のとき適当じゃね?」
「犬に噛まれたと思えばいいだろ。文句は文次郎!」
「へいへい…」


血を吹き取り、傷口に消毒液をかけたあと最後の包帯を巻く。
すぐに血が滲んだが、代えがないのでどうすることもできない。
高ぶっていた虎徹の気持ちも徐々に落ちつきはじめ、普段の状態に戻ることができたが、今度は痛みが虎徹に襲う。
別に後悔はしていない。だから文句を言うことも、「痛い」と泣くこともしない。
しかし、ビリビリと痛んで腕がうまく動いてくれなかった。


「帰ったぞ!」
「小平太、うるさい…」


そこへ虎徹以上に血と砂で汚れた小平太と、多少血で汚れている長次が帰ってきた。
小平太が障子を開けた瞬間、廊下で待っていた雷蔵と三郎と視線が合い、ニッ!と笑ってみせると二人は安心したように息をつく。


「なかなか早かったな」
「簡単だったからな!ほら、五年の任務も長次が終わらせてきた!」
「さすが長次。仕事早いね!」
「不破が困っているからな…」


そう言って後ろにいる雷蔵に視線を向け、少し微笑みを浮かべると、雷蔵は「中在家先輩…」とこぼして静かに頭を下げた。


「虎徹ッ」
「なんだよ、小平太。てか夜なんだから少しは静かにしろって」
「すまんな、殺ったあとはつい高ぶってしまう!」
「で?」
「邪魔な奴はちゃんと全部殺してきたから安心しろ!」
「…俺の…あいつらの手間が省けて助かったよ」


「あいつら」とは虎徹が操る獣たちのこと。
実は三人が忍務に失敗したことを聞いた瞬間、すぐに獣たちに指示を出していた。「殺せ」と。


「なに、食券3枚で手を打ってやろう!」
「ちゃっかりしてんなぁ」
「さて、虎徹の手当ても終わったし、二人の殺気も収まったみたいだし。あとは五年生たちに任せて大丈夫そうだね」


伊作が片づけを終え、雷蔵と三郎に視線を向けると、六年生全員も振り返った。
二人は正座のまま頭を廊下につけ、


「先輩…。ありがとうございました…!」
「ありがとう、ございます…」


と感謝の意を表した。


「鉢屋のお礼姿なんて早々見れるものじゃないな。では部屋に戻るか。文次郎にも伝えてやらねば」
「ちょーじ、私たちは実習の報告だ!」
「ああ…」
「さて、俺も着替えてあいつらに餌やって寝るかなー…」
「留さーん、もういいみたいだよー」


各々が保健室をあとにし、残ったのは静かに寝ている八左ヱ門と雷蔵と三郎のみ。
八左ヱ門の横に静かに腰を落として、ジッと見つめる雷蔵と、俯いたまま顔をあげようとしない三郎。
当分の間二人とも喋ることなく時間を過ごしていたが、三郎が「雷蔵」と名前を呼んで話しかけた。


「やはり六年生だな…。追いついたと思っても全然追い付いてない…。雷蔵、私は悔しくてたまらないよ」
「うん、僕も…。でも、八左ヱ門が助かってよかったとは心の底から思うよ。例え潮江先輩に友情が足手まといになるって言われても、僕は皆を見捨てることなんてできない」
「ああ、そうだな…。私もだ。だから次は同じ過ちを起こさないし、同じような過ちも起こさない」
「……うん!あ、ねえ三郎。中在家先輩と七松先輩が僕たちの忍務も終わらせてたって言ってたけど、バレてるよね」
「そりゃあバレているだろうな。きっと先輩たちがいいように言ってくれたと思うんだが…」


そこで三郎は喋るのを止めて振り返る。
後ろには気配を消していた文次郎が立っており、手には一枚の紙を持っていた。


「「忍務は失敗したが、生き延びたからよし」と木下先生から言付けを頂いた。三人とも合格だ」
「しおっ…!?え、いつの間に!い、いやそれよりどうして合格なんですか?!」
「どうであれ、戦況をまとめた紙は提出しただろう」
「それは中在家先輩が「それでもだ。ともかくお前らも休め」


「合格」と書かれた紙を三郎に渡して、踵を返す。
二人は何かを言おうとしたが、何を言っていいかわからず固まっていた。


「それと、……お前らのその団結力のよさは忍術学園一だと俺は思う。俺たち六年には真似ができん」
「え…?」
「久々知と尾浜が帰ってきても騒ぐんじゃないぞ」
「あ、はい!」


パタンと障子を閉め、文次郎の影がなくなるまで二人は頭をあげることはなかった。


「……くくっ、お前は本当に甘いやつだな、文次郎」
「うるせぇ、どこから見ていた」
「不破に文句言われて少し落ち込んでいたところからだ」
「最初からじゃねぇかちくしょう…」
「六年の中ではお前が一番非情になりきれないな」
「そういうお前はあっさり俺たちを捨てそうだな」
「当たり前だ。お前たちは簡単に死ぬような奴らではないからな」
「あー、そうかよ」
「ははっ」





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