五年と六年の段 ※注意※ 忍者のドロドロした展開あり。八左ヱ門がケガをします。 苦手な方は進まないように。 「竹谷先輩、今日は虎徹先輩お休みなんですか?」 「虎若たちは聞いてなかったのか?六年生は夜更けから実習に出て夜まで帰ってこないらしいぞ」 「はー…さすが六年生。夜更けから出るなんて凄いね!」 「三治郎たちもよく出てるだろ」 「僕たちはトラブルに巻き込まれてるだけですから」 照れ臭そうに笑う三治郎と虎若の頭を撫で、二人に仕事に戻るよう指示を出した。 今日は委員長である虎徹が不在で、八左ヱ門が代理を務めている。 とは言っても、最近まで代理を務めていたので苦ではない。 「久しぶりだな、虎徹先輩がいないの…」 去年まではほぼ出て来なかったが、今年は委員長になったのと、一年生が入ってきたので毎日出ている。 大きな存在がいないと少し不安になる八左ヱ門だったが、いつまでもサボっているわけにもいかないので首を振って仕事に戻った。 「おーい、八左ヱ門」 「三郎?どうかしたか?」 「どうかしたかって…。お前、私たちも夜から実習なの忘れてるのか?」 「……あッ!」 「だろうと思った。早く準備してこいよ」 「わ、悪い!すぐ準備する!」 犬を小屋に戻している最中に背後から話しかけられた。 三郎の言葉に先週あった実習の説明を思い出し、慌てて孫兵に駆け寄る。 簡単に説明をして、先にあがると言って部屋へと戻った。 「八左ヱ門が忘れるの珍しいね」 「虎徹先輩がいないからそっちばっか気ぃとられてた…!」 「また国泰寺先輩かよ。お前はいつになったら国泰寺先輩の犬から卒業できるんだ?」 「犬じゃねぇって何度も言わすなよ!」 「ハチ、その服逆だよ」 「あー、ちきしょう!三郎が邪魔するから!」 「元はと言えば八左ヱ門が忘れてるのが原因だ」 「くそーっ」 文句を言いながら実習用の忍び服へと着替え、隠し武器を手際よく身体中に仕込んで、最後に刀を腰に差す。 五年となれば戦場での実習も多くなり、その分命の危険にもさらされる。 自分の命は自分で守れ。それは生徒だろうが関係ない。 まだ慣れていないものの、人を殺すことに躊躇(ためら)いは薄らぎ始めた。 委員会では命の大切さを教え、授業ではその命を簡単に散らせてしまう。 そんな矛盾に自嘲しながら、拳を握りしめて二人の元へと向かった。 「今日の実習は少し難しいぞ。油断して私の足を引っ張らないでくれ」 「うっ…。気をつける」 「あはは!ま、ケガしないよう頑張ろうね!」 いつものように、三人は学園を後にした。 しかし今回の実習はいつものようにはいかなかった。 戦場には手慣れの戦忍が混じっており(きっとフリーの暗殺者かプロ忍だろう)、敵の忍者と勘違いされた三人は追われることになった。 実習の目的である戦況の調査などができないまま、敵の攻撃を避け、なんとか逃れて学園に帰ってきたのだが、 「善法寺先輩ッ、ハチがっ…!八左ヱ門がッ!」 「不破、落ちついて。鉢屋、そこに竹谷を寝かせてくれる。それから仙蔵と文次郎が帰ってるから―――」 「…………」 「鉢屋!僕の声聞こえてる!?」 「…はい、呼んできます」 最後の最後で敵が引いた弓が八左ヱ門のわき腹に命中してしまった。 その矢の刃は返り刃となっており、抜くことなくそのまま連れて帰ってきたのだが、すでに肉がくっつきかけている。 周りを少し切らないと抜けないかもしれないが、六年も実習だった為、治療器具や薬などが少ない。 それでも伊作は迷うことなく決断した。 「善法寺先輩、僕は何をすれば…!?」 「邪魔だから出て行ってくれる」 いくら敵を殺し慣れても、仲間の死だけは慣れることはない。 自分たちもそうだが、五年は特に仲がいいからその分ショックが大きい。 雷蔵は今にも泣きだしそうな顔で身体を震わせ、三郎は呆然としている。 そんな彼らがここにいても邪魔だ。そう判断した伊作は冷たく雷蔵に告げた。 「でもっ「邪魔だって言ってるだろ。君がいても役に立つことなんて一つもないよ」 腕をまくり、顔を雷蔵に向けることなくテキパキと治療の準備を始める伊作。 雷蔵はぐっと押し黙り、俯いたままゆっくりとした足取りで廊下に出ると、仙蔵と文次郎が走って来た。 その後ろには三郎もいたが、彼の表情も暗い。 「伊作、手伝おう」 「うん、そっち抑えてくれる。それと―――」 仙蔵だけが中に入り、文次郎がパタンと障子を閉める。 廊下には文次郎と雷蔵、三郎だけが佇んでいる。 「俺が状況を聞こう」 「は、い…」 「不破、鉢屋!お前ら大丈夫か!?」 そこへ留三郎もやってきて、一緒に聞くことになった。 雷蔵も三郎もたどたどしく今日の流れを細かに二人に説明。 「そうか、解った」 流れと状況を聞いた文次郎は一度目を閉じ、パシンと二人の頬を叩いた。 留三郎は止める様子を見せず、ただ黙って見ている。 「このバカタレ!事前にもっと詳しく調べていたら解ったことだろうが!」 「……しかし、」 「しかしもあるか鉢屋!いつものような気持ちでいくからこんなことになるんだ!忍者を舐めてるのか!」 「そんなことはっ…!」 「では何故このようなことになった!」 「「…」」 「それに、級友がケガをしただけでこのようなざまとは…。それで忍者が務まるか!」 「文次郎、テメェ!それは言いすぎだろ!」 「事実ではないか!大体忍者に友達なんて必要ないッ。任務の邪魔になるのなら捨てるまでだ!今回は振りきれたからよしとするが本来ならばありえん!」 「この野郎…!言いたいことはそれだけか!」 「何でテメェが怒ってんだよ!」 「言い方ってもんがあるだろうが!」 「ああ!?」 「何だよ!」 黙っていた留三郎だったが、文次郎のあまりの言い方に二人に変わって怒りだしてしまった。 その場で取っ組み合いを始めそうな二人に気づいた仙蔵は中から「うるさい!」と一喝。 お互いが睨み合いながら手だけは離して離れる。 「文次郎の言い方はあれだが、今回はちゃんと反省するんだな」 「はい…、ご迷惑をおかけしました、食満先輩、潮江先輩…」 「すみません…」 「いや、それはまだ竹谷の治療が終わってからにしてくれ」 中からは八左ヱ門のうめき声が聞こえてくる。 弓矢を抜かなければならないのだが、あまりの痛みで暴れているようだった。 仙蔵だけでは抑えることができないみたいなので、留三郎と文次郎が中に入ろうとした瞬間、塀の向こうから殺気が漂ってきた。 三郎と雷蔵は身構えたが、二人は動きを止めて振り返る。誰が帰ってきたか解ったらしい。 「おい、大丈夫なのか?実習終わったあとのあいつは危険だぞ」 「小平太ほどじゃねぇよ。なあ、虎徹?」 塀を飛び越え中庭に降り立ったのは八左ヱ門の先輩、虎徹。 暗くてよく見えないが忍び装束は砂や血で汚れていた。目も暗く沈んでいて、ピリピリと殺気を飛ばしてくる。 戦場実習に向かう虎徹と小平太は殺気にあてられやすい。 いつもなら川や静かな場所で気持ちを静めて帰宅するため、この姿を後輩たちは見たことがない。 雷蔵と三郎は一、二歩下がるが、文次郎と留三郎は呆れたように笑っていた。 「竹谷がケガをしたって聞いて急いで戻ってきた。……気持ちが静まらないのは今は勘弁してくれ」 「いいから入ってやれ。但し、暴走すんなよ」 留三郎が障子を開け、虎徹は口布と頭巾を外しながら中に入る。 虎徹が横を通りすぎた瞬間、雷蔵はその場に座りこみ、俯く。 「言っておくが、あいつと小平太だけだぞ」 「仙蔵なんかはあんなに汚れることなく帰ってくるからな。伊作は虎徹と同じぐらいボロボロになるけど」 「俺は学園長先生に報告してくる。お前は、」 「大丈夫、もう動いてる」 「そうか、さすがだな」 「あいつも戦闘狂だからな」 文次郎はその場を離れ、留三郎は障子を閉めて一言、二言二人に声をかけ、外を警戒し出した。 二人は何をすることもなく廊下に座りこんだまま。 ただひたすらに八左ヱ門の無事を祈るのだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |