夢/とある獣の生活 | ナノ

旅をさせた結果の段


一方、おつかいを任された一年生たちは、案の定迷子になっていた。
裏山を通り、町につき、餌を買ったまではよかった。
買い物をすませた虎若、三治郎が色々なものに目を奪われ、それを追いかける一平と孫次郎。
そうこうしているうちに日は暮れ始め、持っていたはずの地図もいつの間にかなくしてしまった。
「ともかく帰ろう」と四人は記憶を頼りに裏山に続く林に入り、そのまま迷子になってしまったのだった。


「た、太陽すっかり沈んじゃったね…」
「だから早く帰ろうって言ったのに。だからアホのは組とおつかいに行くのイヤなんだよっ」
「でも地図をなくしたのは一平だろ?確かに僕たちも悪いけどさ…」
「ともかく早く帰らないと危険だ…。先輩たちも心配してる…」
「だから、迷子になってるのにどうやって帰るんだよっ」


虎若の言葉に一平が泣きそうな顔で怒鳴りつける。
瞬間、四人の近くでガサッと草が揺れる音がした。
身を寄せ合って震えあう四人は周囲を警戒するも、誰がいるのか、何がいるのか解らない。


「そ、そう言えば狼が出るって言ってた…」


人間ならもっと気配がするはず。しかし気配なんて感じない。
町で聞いたとある噂を孫次郎が口にすると、三人はビクリと肩を震わせ孫次郎に顔を向けた。


「そ、それ本当…?」
「う、うん…。狼が出るから早く帰ったほうがいいよって…」
「やっぱりは組のせいだ!」
「もう一平うるさい。迷子になったものはしょうがないだろ。それに、狼なら虎徹先輩と知り合いかもしれないでしょ?」
「三治郎、ここは裏山じゃない…」
「え?」
「虎徹先輩の縄張りじゃない」


ゴクリと生唾を飲んで、周囲の警戒に戻る虎若。
何か武器になるものがないかと懐に手を忍ばせるも、お約束のごとく何もない。
今手にあるのは動物たち用の餌のみ。


「もしかしてこれを捨てたらいいんじゃない?」
「あ、そっか。捨てて逃げる!よし、これでいこう!」
「何言ってるんだよっ。それ捨てたらおつかいに行った意味がないだろ」
「だけど狼に襲われるのは怖いよぉ…!」
「忍者の仕事は生き延びることだしね」
「そうそう。じゃあ捨て―――孫次郎!」


自分たちの命を守るため、狙っているであろう餌を捨てようとする二人に、一平は渋々ながらも同意する。
餌を持っていた虎若と三治郎が餌を遠くに投げようとした瞬間、孫次郎の後ろに二つの光りを捕えた。
餌を投げ捨て、孫次郎を庇って地面へと倒れるこむ。
三治郎が転んだ二人を庇って前に立ち塞ぎ、一平が腰を抜かしながらも孫次郎と虎若に近寄った。


「大丈夫か、孫次郎!」
「だ、…だいじょ……!」
「虎若、こいつら僕らも見逃さないつもりみたい…」
「だな」


危険な状況だと言うのに、は組の二人は口角をあげて笑う。


「一平、孫次郎を連れて走れるか?」
「な、……何言ってんるんだよ!」
「僕と虎若で止めるから先に帰って先輩たち呼んできてくれる?」
「でも相手は何匹いるのか解らないんだぞっ」
「俺たちは「あほのは組」だからな。は組根性でなんとかなるって!」
「なるかよバカッ」
「早く逃げて。後ろからならきっと大丈夫そうだよ」


一平と孫次郎を庇うように一歩前に出る虎若と三治郎。
すると狼は牙をむき出して唸り声をあげる。後ろからは数匹の狼が姿を現しはじめた。


「逃げろ一平!」
「先輩ちゃんと呼んできてねー」


狼の殺気にあてられ、身体の芯から震えあがっていたが、虎若は孫次郎に肩を貸している一平をトンと押した。
その瞬間、狼が二人めがけて駆け出す。


「―――ッ!」


身構えた二人だったが、痛みが身体中に走ることはなかった。
恐る恐る目を開けると、見覚えのある大きな山犬が目の前におり、狼たちを威嚇している。
裏山で知りあってから、度々遊ぶようになった。
だから同じ色をしているが、この山犬がどちらなのか二人にはすぐに解った。


「「ナツ!」」


歓喜混じりに名前を呼ぶと、山犬は空に向かって遠吠えを一つ。
すぐに狼たちを睨みつけ、頭を低くして唸り声をあげた。
狼たちは山犬の威圧感に後退気味だったが、牙は剥いたまま同じく唸っている。


「一平、こっちだ!ナツの近くに早く!」
「孫次郎大丈夫?」


山犬が威嚇している間に、二人の手をとってすぐ後ろに身を寄せる。
山犬がいればきっと大丈夫。まだ付き合いは短いが、この山犬の賢さや強さは解っている。
それに、山犬がいるということは、


「―――ごくろう!」


虎徹がいるということ。
草木を割って木から降り立ったのは孫兵を背に乗せた虎徹。
続いて八左ヱ門を乗せた山犬も現れる。


「孫兵、竹谷。四人を頼む。俺はちょっと話をしてくる」
「は、はいっ…!」


山犬の背中に乗っているだけったのに、身体が硬直してしまってうまく動けなかった。
孫兵も地面に崩れ落ちたが、気合いで一年生に近づく。


「お前たち、やっぱり迷子になってたんだな」
「竹谷先輩っ…!」


先ほどまでたくましかった虎若、三治郎だったが、上級生の登場に気が抜けたように腰を抜かし、目に涙が溜まる。
孫次郎は声に出しながら泣きだし、八左ヱ門に抱きついた。


「怖かったよな、よく頑張ったぞ!」


帰りが遅いことを責めることなく頭を撫でてあげれば一平も唇を噛みしめ、抱きついた。
二人に続き、虎若と三治郎も八左ヱ門に抱きつき、声を大にして泣きつく。


「……そう言えば、虎徹先輩は…何をしてらっしゃるんですか?」
「ああ、ちょっと話し合いをな」
「話し合い?」


三治郎が顔を汚したまま虎徹を探すと、狼と対面する虎徹が視界にうつった。
群れのリーダーらしき狼は虎徹に向かって唸っていたが、他の狼は尾をさげて後ずさっている。


「大丈夫なんでしょうか…」
「一平が思ってるより凄い人だよ、あの人は」


八左ヱ門の言葉通り、唸っていた狼も虎徹が手を伸ばせばすぐに唸るのを止め、大人しく頭を撫でさせる。
そのまま伏せをし、お腹を見せて服従のポーズ。


「お前らの縄張りを荒らすつもりはない。しかし、あの子たちは俺の仲間なんだ。だから今回は引いてくれ。すまない」


お腹を撫でながら言葉を交わす。
とは言っても虎徹が一人で喋っているだけなのだが。それでも狼も喋っているように見えた。


「ああ、お前たちも素直でいい子だな。できれば力を貸してくれないか?そうそう、指笛を吹いたら集まってきてほしい。解るか?」


ピッー!という指笛を吹き、「な?」と微笑む。
しかし狼は頷くことも、吠えることもなかく、起き上がって木々の奥へと立ち去って行った。
虎徹も立ち上がって山犬二匹の頭を撫でながら一年生のもとへと近づいてきた。
狼に話しかけてるときや、山犬を撫でているときはとても大人びて見えていたのに、


「お前たちぃいいい!よかったっ、ほんとよかった無事で!」


一年生を見た途端、涙腺を崩壊させ力強く四人を抱き締めて、おいおい泣き始めた。
それはもう豪快に泣いている。


「だから心配だったんだよ!いや、頑張ってくれるのはすっごく嬉しいんだけどな!うん、いやほんと!でも今度からは一緒に行こうな!なっ!?」


虎徹の勢いに圧倒され、四人が素直に頷くと、顔を子供のように明るくさせ、「いい子ーっ!」と再び抱き締めた。


「で、どうして迷子になんかなったんだ?」


抱き締められたままの一年生に八左ヱ門が理由を聞くと、一平が説明してくれた。
それを聞いた八左ヱ門もガックリと肩を落として、「やっぱは組か…」と苦笑をもらす。


「虎若、三治郎。当分のあいだ動物触るの禁止な」
「「えーっ!」」
「当然だ」
「内緒でハルたちには触らせてやるから」
「じゃあいいです!」
「そうしまーす!」
「虎徹先輩!」
「じょ、冗談だよ竹谷。ごめん」


虎徹の言葉に二人がまた「えーっ」と文句を言い、そこでようやく虎徹の腕の中から解放された。
「嘘はよくないですよ」と三治郎が虎徹に向かって口を開きかけた途端、四人の頭上に拳が振り落とされた。
あまりの痛みに声が出ない一年生。
驚いて見ているのは虎徹と八左ヱ門。
殴ったのは孫兵で、拳からは煙があがっていた。


「このバカ一年!今回は虎徹先輩のおかげで助かったけど、本来だったらもう食われてたんだぞ!それを解っているのか!?」


普段はクールで冷静な孫兵だが、今日だけは違った。
迷子になるなと口を酸っぱくしていったのにこれだ。
しかも、虎若と三治郎に至っては狼に襲われるのは二回目。
未だ危機感のない一年生に孫兵はもう一発殴った。


「お前たちが死んだらどうすればいいんだ!動物たちみたいに墓を作ってあげればいいのか!?あれがどんなに苦しい作業なのか知ってるはずだろ!俺たちにそんなことさせるんじゃない!どれだけ命が大切か解らないなんてお前らなんか生物委員失格だ!」
「伊賀崎先輩…!」
「―――無事で…よかったっ…!」


一気に喋りつくし、呼吸を乱した孫兵の目には涙が浮かんでいた。
グッ…と抑えたが、抑えきれることなく頬を伝わせ、地面へと落とす。
拳を解いた手で四人を抱き締め、何度も「よかった」と呟く孫兵に、一年生も止まっていたはずの涙が再び目から溢れだし、今度は五人で泣きだした。


「竹谷…」
「なんすか、虎徹先輩」
「可愛いな」
「っすね」
「可愛すぎるな」
「っすね」
「俺も混じっていいかな」
「止めて下さい。それより早く帰らないと本当に怒られますよ」
「だな。よし、お前たちそろそろ帰るぞ!一年はこいつらの背中に乗れー。孫兵は俺の背中な」
「……え…」
「大丈夫、帰りは今さっきほどじゃない。竹谷は餌を持って頑張って自分の足で帰れよ。俺も一応持つけど」
「ういっす」


一年を山犬に乗せ、虎徹が孫兵をおぶって、再び走りだす。
一年生がいるから速度は遅いものの、それでも怖いと思ってしまった孫兵は、先ほどとは違う涙を流し続けた。



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