可愛い子には…の段 「ほ、本当に大丈夫か?」 「はいっ、任せてください!」 虎徹が不安そうな顔と声で聞くと、生物委員会の一年生、虎若は元気よく答えた。 虎若の隣にいる三治郎、一平も勢いよく頷き、孫次郎も珍しくハッキリと「はい」と答え、先輩の三人を見上げる。 「でもなぁ…。いくら四人いるからって一年生を買い物に行かせるのは…、なあ竹谷?」 「そうですねぇ…。なあ、孫兵。やっぱお前もついて行ってくれるか?」 「大丈夫ですよ、竹谷先輩!僕たちおつかいとかに慣れてますから」 「でもなぁ、三治郎…」 「は組の二人だけだと不安ですが、僕と孫次郎もいます」 「皆のご飯を買ってくるだけですから、大丈夫です…!」 学園で飼育している動物たちの餌がなくなってしまった。 いつものように孫兵と八左ヱ門が町へ行って買ってこようとしたのだが、今日に限って毒虫たちが脱走してしまった。(いや、いつもだが) 毒虫たちの回収を、まだ入りたての一年生に手伝わせるのは危ないので、犬や猫の世話をしてもらっていた。 それも終わり、一緒に毒虫を捕まえようとしたのだが、虎徹は丁重に断って、大人しくしているよう告げた。 しかし、大人しくなんてできない一年生…特には組は、「じゃあ」と言って餌を買ってくると主張。 確かに餌は今すぐにでも買いに行かないといけない。だからと言って一年生だけに任せて大丈夫なのか…。 虎徹も八左ヱ門も孫兵もどうしたらいいのか解らないと言った表情を浮かべている。 「虎徹先輩、俺たちを信用していないんですか?」 「えっ!?そ、そんなこと言われたら断れないじゃん…。いや、信用してるけどさ、ちょっと遠いんだよ?迷子になるかもよ?」 「大丈夫ですって!もう、虎徹先輩も竹谷先輩も心配性だなぁ」 ケラケラと笑う三治郎に、虎徹は八左ヱ門と孫兵を見て、こくりと頷く。 「そこまで言うなら四人を信じるよ。はい、これ地図とお金ね」 「お店の人はもう解っているから、言えばすぐに解るぞ」 虎徹が書いた地図とお金を受け取り、八左ヱ門の注意を受けた四人は「はいっ」と返事をして、元気よく門へと向かう。 その背中を三人が複雑そうな視線で見送り、消えてから渋々、毒虫捜索に戻ったのだった。 「竹谷ぁー、あの子たち遅くないか?」 「虎徹先輩、それ三十三回目です」 「だって心配なんだもん!虎若と三治郎は好奇心旺盛だし、一平は真面目すぎるし、孫次郎は気が弱いし…!ああ…。今もきっとは組コンビが暴走して、一平がそれを止めて、孫次郎がちょっと遅れてるんだぜ…!孫次郎、頼むから迷子になるなよ!」 「気持ちは解りますが、早く毒虫たちを回収しないと孫兵が泣いちゃいますよ」 「孫兵のためにも頑張りたいけど…。けどなぁ…!」 「先輩、信じるのも愛ですよ」 「解ってるよ…」 後輩の八左ヱ門に諭され、そわそわしながらも毒虫捜索に戻った虎徹。 しかし、捜索しながらも四人のことが気になって仕方がない。 想像するのは可愛い後輩が迷子になったり、転んだり、山賊に襲われたりといった悪いことばかり。 「はぁ…、ミナトを一緒に連れて行かせばよかった…」 「先輩が飼ってる鷹のミナトですか?でもあの子たちはまだ扱えませんよ」 「だよなぁ…。………これさっさと終わらせて追いかけるか」 「そんなことしたらあいつら傷つきますよ」 「だよなぁ…!」 「大人しく待ちましょう」 「うん…」 過保護すぎる虎徹に苦笑しながら、八左ヱ門も毒虫を探すのに集中した。 早く見つけても四人を追いかけることはできないが、何かしていないと八左ヱ門自身も不安で胸が苦しい。 そのおかげか、いつもより早く毒虫を回収することができ、孫兵が喜んだ。 一年生も可愛いが、三年の孫兵だって可愛い! そう思いながら緩む頬で孫兵の頭を撫でてあげ、飼育小屋へと一緒に戻す。 「さて、あとは四人の帰りを待つだけだな」 「孫兵と竹谷は先に帰っとくか?」 「いえ、俺も待ちます」 「僕も待ちます」 「じゃあ茶でも飲みながら待ってるか」 「では僕が淹れてきますね」 「おっ。悪いな、孫兵」 「虎徹先輩、あいつらが帰ってくるまで犬の扱い方教えてくれますか?」 「よっしゃ、任せろ!」 委員会の仕事が終わったのは夕刻。 一年生の足でならそろそろ帰ってくる時間だろう。 それまで八左ヱ門と虎徹は忍犬を使っての訓練を始め、孫兵はお茶を飲みながらジュンコと夕日をぼんやり眺めていた。 「―――いくらなんでも遅いよな…」 四人は帰ってくることなく、太陽が完全に山の向こうへと沈んでしまった。 遅すぎる一年生の帰りに、三人は嫌な予感がする。 「先輩、もしかしてとは思いますが……」 「…だと思う」 「どうしますか、国泰寺先輩、竹谷先輩…。あいつらきっと泣いてますよ」 「どうするって…。迎えに行くしかねぇだろ!」 迷子になってないにせよ、太陽が沈んでも帰ってこないのはまずい。 手に汗を握りながら虎徹は学園の塀にのぼり、裏山に向かって犬に似た遠吠えをする。 「……国泰寺先輩は何をしてるんですか?」 「多分…ハルとナツを呼んでんだよ。これだけ離れてたら指笛は聞こえないからな」 「なるほど…。…あいつら大丈夫でしょうか…」 「きっと大丈夫だと思うけど……。孫兵、お前がそんな顔すんな」 「はい…」 帰りが遅い一年を心配するように、孫兵も不安そうな顔を浮かべる。 八左ヱ門も不安だが、孫兵にそんな顔を見せまいと無理やり笑って頭を撫でてあげた。 そんなことをしている間に虎徹の遠吠えに答えるよう、裏山のほうから山犬の遠吠えが届いた。 「応えた!竹谷、孫兵!あいつら迎えに行くぞ!」 「「はいッ!」」 虎徹はそのまま塀を乗り越え走り出し、八左ヱ門と孫兵も虎徹のあとをついて行く。 町へは裏山にある道を通らないと行けないことになっている。 しかし今はその道を通るより、獣道を通ったほうが早くつく。 暗くて見えにくい森をまるで通常の道を走るみたいに進んで行く虎徹だったが、孫兵はなかなかついていけず、遅れてをとっていた。 「孫兵、大丈夫か!?」 「だ、大丈夫ですっ…!」 孫兵を心配する八左ヱ門だったが、八左ヱ門も虎徹を見失わないのが精いっぱい。 今の速度をちょっとでも落とせば、すぐに姿を失ってしまう。しかし、孫兵を置いて行くわけにもいかない。 早く一年生を見つけたい虎徹の気持ちは解るが、この状態だと自分たちも迷子になってしまいそうだった。 「―――竹谷、孫兵!」 「虎徹先輩!」 一瞬消えたと思った虎徹の姿が目の前に現れた。 隣には先ほどの遠吠えで呼んだであろう山犬が一匹、浅速(せんそく)呼吸をしながら寄り添っていた。 「孫兵、俺の背中に掴まれ。竹谷はハルの背中に乗れ!」 「えッ!?」 「いいから早く乗れ!本気で走る!」 あいつらが心配なんだ!と言いながら有無を言わさず息を切らしている孫兵を背中に背負い、山犬に指示を出し、再び走り出す。 一瞬にして遠くを走る虎徹を見て、八左ヱ門は開いた口が塞がらなかった。 たった一年。この壁がここまで高いと改めて実感し、拳を握りしめる。 「お、ほっ!?」 そんな感傷に浸っている八左ヱ門の気持ちなんざ知らない山犬は、八左ヱ門の制服を噛んで、「乗れ」と体高を落とす。 「そうだよな、早くあいつらを見つけてやんねぇと…」 山犬の背にまたがった瞬間、後ろに飛ばされそうになった。 すぐに身体に力をいれ、山犬の毛を掴んでしがみつく。 息ができないほど早く走る山犬はあっという間に虎徹に追い付き、八左ヱ門と山犬が追いついたことを確認するとフッと笑ってさらに速度をあげた。 虎徹に背負われている孫兵も落ちまいと必死に制服を掴んでいた。 ( TOPへ △ | ▽ ) |