指笛で集まったのはの段 「虎徹先輩。ハルとナツは飼育しないんですか?」 「ああ。する気はない」 「えー、なんでですか?せっかく仲良くなれたし、学園でも遊びたいです」 「三治郎は本当怖いもの知らずだなぁ。でもこいつらは連れて帰らないよ」 三治郎はオスの狼、ナツの背中に乗って、虎若はハルの頭を撫でながら質問した。 虎徹は腕を組んだまま二人の様子を微笑ましく見ていたが、質問に真面目な顔になってナツの頭を撫でる。 「まず、こいつらにとって忍術学園は狭い」 「え、そうですか?」 「俺らにとっては広いけどな。そして、野生を残しておきたい。山で暮らしているとはいえ、一応俺の忍犬だからな」 「オレ、二匹に襲われたら逃げきる自信がない…」 「あはは、ボクも」 「最後に、怪しい人間が裏山、裏裏山に侵入した際、俺に知らせるようになっている」 「んー…、番犬ってことですか?」 「まあそんな感じだな」 「虎徹先輩、もう一つ質問いいですか?」 「おう、構わねぇよ。なんだ、虎若」 「ここの集まった動物たちは皆、虎徹先輩の言うことをきくんですか?というか、どうやって教えたんです?」 虎若が一度周囲を見渡し、再び虎徹を見上げる。 三治郎もナツの背中から降りて、虎若と同じよう見上げてくる。 「難しい質問だな。解りにくいけど、説明して大丈夫か?」 「「はい、お願いしますっ」」 「あー、ちくしょう!お前らほんといい子!」 嬉しそうに笑って二人を撫でたあと、その場に腰を下ろして「いいか」と話し出す。 二人も目の前に座って背筋を伸ばして真剣に聞き入った。 二匹の山犬は三治郎と虎若の後ろでフセをして、指示があるまで目を閉じた。 「動物は基本的に俺を襲わない。仙蔵曰く、俺には動物に好かれるフェロモンが出てるらしいが、詳しくは解らない。まあ実家が鷹匠してるから動物の扱いに慣れてるって解ってるんじゃないかな」 「たかじょう?」 「鷹を使って小動物を捕まえる人のことだよ」 「三治郎は物知りだな」 「僕の父親、山伏なんです」 「そうか。なのに山登りは苦手なんだな」 「えへへー。すみません」 「大丈夫だ、甘える三治郎は可愛かったぞ!」 三人が笑うと、後ろでフセていた山犬の一匹、ナツの耳がピクリと動いた。 目を開け、鼻をヒクヒクさせて立ち上がる。ハルは変わらず目を閉じていた。 「どうしたの?」 「ああ、三治郎気にしなくていいぞ。何か見つけたんだろ」 するとナツはその場をかけ、森の中へと入って行く。 虎若と三治郎は首を傾げたが、虎徹に向き直って話の続きを聞くことにした。 「まああとは感覚だな。感覚で指示を出してる。これは俺にしか解らないことだし、言葉に表現するのは難しいから勘弁な」 「はい!じゃあ今さっきの指笛は「集まれ」って指示を出したんですか?」 「そうそう。野生動物には簡単なことしか覚えさせていない。一つは「集まれ」。一つは「殺せ」。一つは「逃げろ」。指笛の音で区別している」 「殺せ…」 「ああ、ごめんな三治郎、虎若!まだここは早かったかな…。気分悪くなったか?もうやめるか?」 「い、いえっ。忍犬を使うんだから当たり前です!」 「それに僕たち、忍たまですから!」 「お前ら…!」 二人の優しさに目を潤ませ、口元を手で押さえる虎徹。 「じゃあ僕たちも指笛を拭けば集まってくれますか?」 「ぐすん、いい子だなぁ…。でもそれは、無理だ」 「え?でも指笛吹くの簡単ですよ?」 「音が違うんだよ、三治郎」 「音?」 「動物はな、声で指示をするよりも、身体…動作で指示をしたほうが解りやすい。そしてそれよりも解りやすいのが単純な音。声だとそのときの気分によって微妙に声質などが変わることがあるし、本当の感情を読みとって動かなくなることもある。動作も姿が見えないと意味がないしな。その分音は無感情だから正しく伝えることができる。まあ中には動作のほうが解りやすい動物もいるけど。これがしつけの基本な」 「えっと…」 「例えば、ピーッという音を「スワレ」と覚えてるとするだろう。ピピーッって音でスワレをすると思うか?」 「いえ」 「動物は、特に犬は耳がいいからな。少しの音の違いも区別がつく。だからピーっの音以外には反応しないんだ。……解る?」 「「……」」 「ご、ごめんな。俺頭悪いから言葉にすんの難しいんだよ!」 「……虎徹先輩の音で覚えているから、俺たちがいくら似たような指笛を吹いても、微妙に違ってたりするから集合しない。ってことですか?」 「と、虎若正解!そうっ、それでいい!正しい音じゃないと反応しないんだよ。特にハルとナツは頭がいいから、たくさんの指示を覚えてる。だから完璧な音を出さないといけないんだ」 「その分先輩も音を変えるんですか?」 「まあな。こういうのができるのは飼育している動物たちだけだろ?だから短い間しか会えない野生動物たちは三つの指示しか教えていないんだ。こういうのは毎日訓練しないとすぐダメになるからな。こいつらとは毎日会いたいけど…」 難しい説明をなんとか理解した二人は、虎徹を尊敬した。 優しいだけの先輩じゃない。 二人は顔を見合わせて笑い、後ろにフセていたハルに抱きついた。 「しつけとかは追々教えるよ」 「「はいっ!」」 「よし、じゃあそろそろ……」 虎徹が立ちあがり、八左ヱ門たちの元へと向かう。 二人と一匹も虎徹のあとに続き、他の動物を触り出した。ハルは虎徹の横に寄り添っている。 「竹谷、小平太来るぞ」 「やっぱりですか…」 「確かにあの指笛は「集まれ」って意味だけどよー…。何で動物以外の奴が集まるんだよ…」 虎徹が頭を垂れた瞬間、木々の向こうが騒がしくなった。 一平が悲鳴をあげたが、虎徹が「大丈夫」と肩に手を添える。 孫次郎は八左ヱ門の後ろに隠れ、様子を窺っている。 「おー、やはり虎徹の指笛だったか!」 「やっぱ来たか…」 「お前らは何をしてたのだ?遠足か?」 「みたいなもんだよ。で、後輩たちはどうした?」 「ちゃんといるぞ!」 「後ろ見てみろ、バカ。ついてきてねぇよ」 「お?」 木々を割って現れたのは六年ろ組の七松小平太。髪にはたくさんの葉っぱをつけていた。 体育委員会の委員長であり、後輩たちからは「暴君」と呼ばれている恐ろしい人物だが、虎徹とはケンカも多いが仲が良かったりする。 「な、七松先輩…!」 「遅いぞ滝夜叉丸!体育委員がこんなことでへばってどうする!」 「裏裏裏山から走ってくればさすがの私もへばりますよ…」 少ししてよれよれ姿の四年い組、平滝夜叉丸が森から姿を現し、その背中には1年は組皆本金吾が背負われていた。 体力の限界からか、ダランと力なく気絶している。 「うわー…金吾の奴大丈夫かな…」 「僕たち生物委員でよかったね」 「だな」 そんな金吾を見て、虎若と三治郎は同情とともにほっと胸をなで下ろすのだった。 「で、三之助と四郎兵衛はどうした?」 「―――あ!また縄が切れてる!」 「なんだ、また迷子か。どれ、私が探して来てやろう。二人はここで休憩してろ」 「待て小平太。二人なら大丈夫だ」 「どういうことだ、虎徹」 「ナツが見つけてる」 「ああ、なら任せるか。よし、少し休憩するぞ!」 「た、助かった…。ほら金吾、起きろ」 「で、虎徹。こいつらは食っていいのか?」 「食うんじゃねぇ!そんなに食いたきゃ一人で裏裏裏山にでも行ってこい!」 先ほどナツが立ちあがったのは、小平太が来るのを気配で察したから。 小平太はよく虎徹と裏山で鍛錬することが多く、ハルとナツにも慣れている。 ハルとナツも虎徹の次に小平太に懐いていて、それなりに言うことをきくことがある。(小平太もまた野生児なため、通じるものがあるらしい) 体育委員が裏山に来ることも多く、そのたびに顔を見せるため、どんな展開になるか賢い山犬の二匹は解っている。 数分も経つことなく、四郎兵衛をくわえ、三之助を背中に乗せたナツが姿を現した。 「おー、さすがナツだな!三之助、四郎兵衛、大丈夫か?」 「ええ、まあこの山犬のおかげで」 「こ、怖かったんだな…!」 「お帰りナツ。ありがとな」 二人を小平太の前に置いて、ナツは虎徹に擦り寄った。 「お前は少し後輩たちの気持ちを考えろ!お前の暴走についていけるか!」 「国泰寺先輩ッ…!(もっと言って下さい!この滝夜叉丸は全力で貴方を応援致します!)」 「だって裏裏裏山から裏山に来るだけだぞ?」 「黙れ暴君。テメェと人間を一緒にすんな!」 「さあお前ら、ちょっと危ないから離れてろ」 虎徹と小平太の言い争いは少しずつヒートアップしていく。 それを解ってか、八左ヱ門と滝夜叉丸で後輩たちを二人から離れた場所に避難させた。 「私が一年のころもしていた!」 「だから!野生児とあの子たちを一緒にすんなって言ってんだ!人語理解しやがれ!」 「なにおう!?虎徹こそ人間離れしているではないか!キレたとこ見てもらえ!」 「テメェほどじゃねぇよ!お前すぐプッツンするじゃねぇか!ちょっとはこっちのことも考えやがれ!」 「この間の実習は虎徹のせいだろう!?文次郎も仙蔵もそう言ってるぞ!」 「元の作戦をダメにしたのは小平太だろ!ああもう埒が明かねぇ!」 「ああ、そうだな…。勝負だ虎徹!」 「望むとこだ!」 二人はクナイを取り出し、構える。 動物たちは危険を察してか、沢付近から離れた場所へと避難している。 八左ヱ門たちも逃げたいが、今動くと殺されそうなのでその場に留まっている。 八左ヱ門が生物委員のメンバーを後ろに隠し、滝夜叉丸が体育委員メンバーを後ろに隠している。 「なあ平…」 「なんですか、竹谷先輩…」 「お互い大変だな…」 「国泰寺先輩はまだマシでしょう…」 「うん、まあ…。その、頑張れよ…?」 「そう思うのなら体育委員に入りませんか?竹谷先輩なら七松先輩も喜びますよ。勿論私も」 「いや、止めておく。身体がいくつあっても足りねぇわ」 キン!と姿は見えないが鳴り響くクナイの音に、太陽が沈むまで怯える両委員会だった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |