夢/とある獣の生活 | ナノ

障害物リレー


「虎徹、楽しかったぞ!」
「殺してねぇだろうな」
「勿論!ただ数匹、野生として生きていけなくしてやった!」
「戦意喪失もさせんな!あーもう、そいつら自室で飼うしかねぇじゃん…」


ご満悦の顔をした小平太が虎徹の元に辿り着き、巻物を手渡す。
文句を言いながらも虎徹は土井先生から木札を貰ったあと笑い、「じゃ」とさっさと頂上からくだっていく。


「小平太、傷の手当はしときなさい」
「はい」


とは言え、やはりたくさんの獣相手には怪我を負っていた小平太は、土井先生に促され笑顔を浮かべて素直に頷いた。


「さてさて、罠を仕掛けたのは文次郎か。楽しみだぜ!」


ザザザッと草木を割って普段と変わらないスピードでくだる虎徹。
小平太同様、虎徹にとって裏山は庭みたいなもので目を瞑ってでも走れるといった様子だった。
時々石が飛んできたり、落とし穴があったりと少しだけ罠が発動しているが、これといった大きな罠が襲ってこない。
若干の不満を抱いた虎徹は、自分を妨害する八左ヱ門と遭遇した。


「あああああ!虎徹先輩かよ!」
「第一声がそれって酷くないか?俺なにもしてねぇのに」
「俺の妨害したのが七松先輩で、俺が妨害するの虎徹先輩なんですよ!?嫌になりますよ!」
「だからってそんな……」
「妨害できる気しないんでどうぞ」
「それもちょっと嫌だなぁ」


六年の中でも特に容赦のない部類に入る虎徹の相手をしたくないと八左ヱ門は逆ギレし、道を譲る。
しかし、罠もなにもなく欲求が溜まっていた虎徹がそうはさせてくれなかった。
ピリッと鋭い殺気を八左ヱ門に飛ばして、ザッと一歩近づく。


「俺、欲求不満なの。だから楽しませろよ。戦わせろ」
「六年生は俺らに手を出したらいけないんですよ!?」
「うん。手は出さない。お前の攻撃を避けるだけだから」


ニコッと町娘に向けるような優しい笑顔を浮かべたあと、「早く来いよ」と忍者の顔を見せた。
その切り替わりに恐怖を感じたが、なんとかその場に思いとどまり、仕方なく指笛を吹く。
すぐに姿を現したのは裏山の野生動物たち。
大きな鴉が八左ヱ門の肩にとまり、見慣れた狼たちも八左ヱ門の隣に寄り添った。


「え、なに?獣勝負?やっちゃう?」
「足止めですよ!」


次に八左ヱ門が指笛を吹くと、鴉も狼も虎徹に襲い掛かった。
八左ヱ門に寄り添っていた動物たちは虎徹があまり干渉していない動物だ。だから遠慮なく襲い掛かってくる。
実習で動物を傷つける真似なんてしたくない虎徹は気遣いながら攻撃を避け、逃げる八左ヱ門を追いかけた。
しかし邪魔をしてくる動物たちのせいでなかなか追いつけない。


「卑怯だぞ竹谷!」
「卑怯で結構―――うわぁあああ!」
「お?」


姿が消えかけたころに八左ヱ門の悲鳴が森に響く。
何かあったのかと首を傾げた虎徹だったが、すぐに理由が解って襲い掛かってくる動物たちを睨みつけた。
すぐに動きを止めて森の中に戻って行くのを横目で見たあと八左ヱ門を追いかけると、案の定。


「何でお前が罠にかかってんだよ!」
「なんすかこの罠!何してんすか先輩たちは!」
「かくかくしかじかだよ!」
「ろくなことしないですね、先輩たちって!」
「あーもう!バカ竹谷!折角文次郎が作った罠で遊べると思ったのに……お前全部発動させただろ!」
「地獄絵図でしたよ!」
「くっそー…なんだこのプチ不運…!伊作いねぇのに…。もういいや……さっさと次に渡そう…」
「え!?あ、あの虎徹先輩…。俺を拘束している縄を解いてくれませんか…?」
「しるか!」
「そんなぁ!」


一気に熱が冷めた虎徹は縄で拘束された八左ヱ門を放置してさっさと麓へと向かった。
八左ヱ門がいくら声をかけても虎徹は一切振り返らなかったという…。


「ほい、長次」
「……なんだ、やけに静かだな。文次郎の罠はどうだった…?」
「かくかくしかじか」
「それは残念だったな。私がお前の分まで楽しんでくるから戻ってろ…」


少しだけ拗ねた顔の六年の犬、もとい同級生の虎徹を苦笑して頭を乱雑に撫でてやる長次。
「痛い」と文句は言うものの、特に抵抗することなく虎徹は言われた通り別のコースで学園へと戻ることにした。
虎徹から受け取った木札と巻物を胸におさめ、さぁ出発しようかというときに気配を感じて警戒する。


「あー、なるほど。そういうことだったんですか」
「尾浜か…」
「なら俺、何もしませんね。死にたくないんで」
「それがいいかもな。…ここは留三郎が仕掛けたから……」
「はーい。じゃあ俺、雷蔵にも伝えてきます」
「それはダメだ。教えてしまってはつまらないし、それだとお前たちの鍛錬にならないだろう…?」
「……。性格が悪いというか、遠回しに俺たちで遊ぶの止めてくれません?」
「すまない」
「心にもないことを…。解りました、じゃあここでじっとしてますので、どうぞお通りください」


コクリと頷いて勘右衛門の横を通り過ぎたあと、土を蹴って走り出した。
それを見送った勘右衛門は「ごめんね雷蔵」とだけ謝って、山を登り始めた。
長次は苦無を片手に森の中を下り、留三郎が仕掛けた小さな罠をかいくぐる。
どれも小さな罠だが、進むのを邪魔してくるため、なかなか前に進めないでいた。


「さすが留三郎だな…。足止めの罠を作らせたら一番だ……」


珍しく楽しそうに笑う長次はウキウキと罠を壊していく。
いくつか顔にかすり傷を負っても関係なし。服が汚れようが、破けようが罠だけを壊してなんとか次の走者である留三郎の元へとやってこれた。


「珍しいな、長次が傷を負うなんて」
「お前の罠になかなか手こずってしまった…」
「そうか。そりゃあ嬉しいな。五年からの妨害は?」
「尾浜でな。さっさと帰って行った」
「さすがだな。逃げるのも優秀とは…。じゃ、行ってくるぜ」
「それなりに殺傷能力の高いものを作ったぞ…」
「了解。長次の罠も楽しみだからな」


制服は破けていたが、巻物と木札は傷一つ負っていなかった。
留三郎も胸におさめて、長次からの挑戦にニヤリと笑って答えたあと、緩やかな坂をくだり始める。
タイムのこともあるし、できるだけ早く最後の走者である仙蔵に渡したいが、何せ罠を作ったのは長次。
一筋縄ではいかないことに「どうしたもんか」とぼやくものの、顔だけは楽しそうに笑っていた。


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