障害物リレー 六年第一走者は伊作。そしてそれを邪魔するのが喜八郎と滝夜叉丸だった。 五年生と四年生は武器使用可で妨害をしていい。それに六年生は手を出してこれないから安心して戦うことができる。 とは言うものの、やはり最上級生相手に武器を向けるのは気が引けてしまう。 走ってくる伊作を見ながら滝夜叉丸は得意武器の輪子を指でくるくる回す。 「喜八郎、罠を仕掛ける時間はあったのに何故落とし穴を作らなかった。善法寺先輩なら確実に落とすことができただろう?」 「……滝夜叉丸、危ないから少しここから離れよう」 「はぁ?何を言っている。離れたら善法寺先輩を足止めできないだろ?」 「僕たちが足止めしなくても、立花先輩が罠仕掛けてるから」 「………どういうことだ…?」 「だから、ちょっと離れていよう」 てっこちゃんを肩に担いだまま滝夜叉丸の首根っこを掴み、コース上から離れて安全な位置へと移動した。 「ここなら大丈夫」という喜八郎に滝夜叉丸が事情を話せと言うも喜八郎は無視をして、仕方なく走ってきた伊作に声をかけた。 「善法寺先輩、どうぞお好きにお通り下さい」 「ありがとう綾部。というかよく罠が仕掛けられていることに気付いたね」 「ええ、立花先輩の罠はよく見ていますので」 「あ、あの善法寺先輩!どういうことか教えてくれませんか?」 「うん、いいよ。君たちに手を出してはいけないだろう?そしたら楽しくないって皆が文句言うもんだから、今さっきの時間に罠を大量に作って、こうやって僕たち自身を妨害してるの。っと、さっそくか!」 どこからか飛んできた矢を苦無で弾き飛ばしながら楽しそうに罠をかいくぐっていく伊作。 勿論、逃げ場所には落とし穴があるものの、今日だけは落ちることなく軽々とバク転をして避ける伊作は、いかにも上級生らしい動きだった。 五年生と四年生に手を出してはいけないと言われたあと、六年の好戦的な奴ら数人がぶつぶつと文句をこぼし、仙蔵が「ならば…」とこれを提案した。 五年生たちにはさっさと通ってもらい、自分たちらしい罠を仕掛けて、次走るとき邪魔をするというもの。 自分たちの首を自分たちで絞めているのが、これぐらいないとつまらないらしい。 「………自分たちで自分たちを妨害しているのか、あの人たちは…!」 「だから立花先輩たちは早く通れって言ったんだねー」 「五年生の先輩方が言われていたことがよく解った…。どうする喜八郎、他の先輩たちに伝えてくるか?善法寺先輩―――」 自分は喜八郎の忠告があって助かった。 気付かなかったらあの罠に巻き込まれていただろう…。 他の先輩たちにもそれを伝えて回避してもらうために、罠を発動させては避けている伊作をおいて報告しようとしたのだが、伊作の一睨みによって言葉をつまらせた。 「滝夜叉丸、彼らに伝えるって言うなら僕は君を止めなければならない。勿論、手を出さないようにね」 「………」 「それにこれは忍者の運動会だよ?上級生の部と下級生の部って分けてもらったんだし、下級生みたいに楽しくできるわけないじゃないか」 「…」 「で、どうするの?」 「すみません…」 「ん。じゃあ僕もう行くね。仙蔵の罠はえげつないからすっごく楽しかったよー!じゃんけんに勝った僕はなんて幸運なんだ…。不運じゃ―――」 折角格好よかったのに、最後の最後で折ったはずの弓矢を踏んで、転んでしまった。 「おやまぁ」と表情変わらず呟く喜八郎を見て、はぁ…と頭を抱える滝夜叉丸だった。 「で、どうだった仙蔵の罠は」 「そりゃあもうえげつないものばかりで楽しかったよ!ちょっとかすり傷できたけど」 「バカたれ。刃に毒がつけられていたらどうするつもりだ」 「大丈夫。僕に毒はきかないよ。はい、じゃああとは任せたよ。罠を楽しむのもいいけど、早めのゴールも目指してね」 「安心しろ。ここの罠を作ったのは小平太だ。どうせゴリ押しだろ」 「ふふ、そうだろうね」 転んだ伊作は苦笑しながら立ち上がり、さっさと裏山麓まで走って文次郎と合流した。 軽くお喋りをしたあと巻物を渡し、別れた。 緩やかな斜面を見上げたあと、首をコキンと鳴らして腕をまくる。 「五年の誰かにゃ悪いが、これも運動会だ」 そう言って苦無を取り出し、山頂へと向かう。 しかしいくら進んでも罠らしきものはない。 小平太が罠を作ったとはいえ、それなりに楽しみにしていた文次郎だが、さすがに「つまらん」とぼやいてしまい、とうとう妨害してくる五年生、兵助が現れた。 「なんだ、もう久々知が出てくるのか。てっきり最後のほうかと思った」 「早々に時間を稼ごうと思いまして」 「はっ!俺を止めれると思っているのか?」 「罠と火縄銃を少々用意しました」 「そうか。ならば俺を楽しませてくれ」 手に持っていた火縄銃を構え、さっさと発砲する。 優秀かつ火薬委員会なのもあり、兵助の火縄銃の腕は見事なものだった。それでいて遠慮なし。 眉間に向かって撃ってきた弾を避け、兵助に向かって突撃するのだが、兵助は発砲準備が整っている火縄銃を拾い、何度も発砲する。 全部避ける文次郎だったが、少しだけ違和感を覚えた。 「わざとか…」 「ご名答です。殺すのはルール違反ですからね」 「さすが五年だな」 四年生みたいに尻込みせず自分たちに向かってくるその姿勢、嫌いじゃない。 そういう意味を込めて笑ったあと、後ろから襲ってきた丸太をしゃがんで避けた。 しかしすぐに仕掛けた罠や兵助の苦無などが飛んできて、たやすく近づくことができない。 それでも楽しそうに笑う文次郎。 「ここで小平太の罠が発動したらもっと面白ぇんだけどな…」 攻撃を避けながらどこかに罠がないか探し、一歩後ろにさがるとプツンと何かが背中にあたって切れた。 「あ…」と声をもらしたあと、急いで木の上へ移動する。 すると、山頂付近からゴゴゴゴ…と地鳴りが響いてやってくる。 「おいおいおいおい!ゴリ押しだとは思ったけどこれはねぇだろ!久々知、逃げろ!」 「ええええええ!?」 山頂をジーッと警戒していたら、大量の大きな岩がゴロゴロと凄まじいスピードをつけて落ちてきた。 簡単な罠をしかけてくるだろうと思っていたが、簡単すぎた。 それでも効果的で、兵助は急いで逃げる。文次郎も木の上に避難しているとは言え、転がってくる岩を全部待っていたら遅くなってしまう。 持っていた苦無を胸にしまい、動く岩の上に降りて、巻き込まれる前に次の岩へと移動する。 「久々知ー、麓に誰もいねぇか確認しといてくれ!任せたぞー!」 「そんなーっ!」 悲鳴をあげながらも襲い掛かってくる岩と一緒に麓まで降りて行くのだった。 「なはは、すまんな文次郎!でも単純な罠も効果的だっただろう?」 「まぁな。でもあとで久々知に謝っておけよ。ほら巻物」 「解った!じゃ、行ってくる!」 「おー」 砂埃で汚れた文次郎が汗を拭って、次の走者に巻物を渡す。 傾斜がきつくなり、少し動くだけでも汗が流れてくるが、体力が削れている様子はなかった。 小平太は巻物を胸にしまって、颯爽と山頂へ走る。 さすが体育委員長とだけあって平坦な道を歩くように進んでいく。 「さぁ、虎徹はなにをしてくれたんだろうな」 ペロリと唇を舐めたあと、目の前の大きな岩を飛び越えると目の前から苦無を飛んできた。 瞳孔が一瞬にして開き、瞬きをすることなく苦無で弾き飛ばす。 勿論投げてきたのは、小平太を妨害する五年生の鉢屋三郎だった。 「さすが人間離れした先輩」 「容赦ないなー!」 「それぐらいしないと全く足止めになりませんからね」 「おう、本気で来い!」 「その前に一つ、聞きたいことがあります」 「なんだ?」 「何を企んでいるのですか?」 何故あんなにすんなり通してくれたのか三郎も不思議に思っていた。 だから素直に小平太に質問すると、小平太は伊作が滝夜叉丸たちに言ったように説明をしてあげ、三郎は一瞬呆けたあと心の中で「ふざけんなよ」と悪態をついた。 解っていたがやはり六年生と関わるべきじゃない。面倒なことをしないと溜息をはいて、道を譲った。 「おっ、戦わないのか?」 「この場にいたのは国泰寺先輩。相手は七松先輩。獣二人に喧嘩を売るほど私もバカではありません。さっさと行ってください」 「なんだ、つまらん…。私はお前とも戦ってみたかったな。あれから強くなったか?」 あれから……合同実習から強くなったかと笑う小平太をジッと見たあと、目を伏せて、 「ご想像にお任せします」 「そうか!なら先に行かせてもらおう。虎徹は何を仕掛けたんだろうなー」 三郎の横を通り過ぎた瞬間、何も感じなかった周囲から大量の殺気が飛んできた。 殺気はビリビリと肌を刺激し、武器を取り出す三郎と、待ってましたと言わんばかりに楽しそうに笑う小平太。 「やはり獣を使うか…!」 不器用で雑な虎徹だ、あんな短時間で罠が作れるわけがない。 唸り声をあげる無数の獣たちを睨みつけるも、野生の色を残した彼らにはあまりきかなかった。 さすが虎徹が手懐けていることだけはある。と、ふと三郎がいた場所に目をうつすと、既に彼は姿を消していた。 「もう鴉も狼もこりごりです」 姿は見えないが、三郎の声だけは聞こえ、小平太は「ははっ!」と笑ったあと楽しそうに狼たちとじゃれあった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |