夢/とある獣の生活 | ナノ

障害物リレー


「あはは、三郎がはっちゃんみたいに鳥使いになったのかと思ったよ!」
「いいから行け勘右衛門。先輩たちは罠は仕掛けてないから安心して横切れ。さっさとゴールしてしまおう」
「そうだね。じゃないと次大変そうだもんなー。じゃ、行ってくるよ」


鴉に追いかけられながら山頂に到着し、土井先生から到着の証である木札を受け取ったあと、巻物と一緒に勘右衛門に渡した。
すると鴉は空へと散っていき、ようやく息をつくことができた。
山を登ることより、鴉に追いかけられていることに精神的疲労を感じた三郎はげっそりとした様子で勘右衛門を見送り、土井先生に声をかける。


「解ってましたけど、六年生の先輩方は性格が悪いですね」
「ははは」


しかし土井先生は笑うだけで何も答えなかった。


「鴉ってことは虎徹先輩は出てこないってことだよね?じゃあ次は七松先輩?聞いておけばよかったなぁ」


勾配のきつい斜面を軽々と降りて行く勘右衛門。
早い速度で降りているため、何度か転びそうになったが怪我を負うことはない。
自分の前には誰が現れるんだろうとワクワクしながら進んで行くと、小平太のとき同様仁王立ちした文次郎がコース上に立っていた。
罠は仕掛けられていないと言われたが、自分の目で見て、体験しないと安心できない。
目の前で足を止め、ニコッと笑うと文次郎もニヤリと笑った。


「安心しろ、尾浜。罠は「仕掛けてないんですよね?」


かぶせるように話しかければ文次郎は「そうだ」と答える。


「潮江先輩、少しお聞きしてもいいですか?」
「なんだ?」
「罠を仕掛ける時間はあったのに、何故仕掛けてないんですか?」
「お前たちに手を出してはいけないからだ。それ以外に何がある?」
「でも罠はありですよね?それにそれだけの理由で先輩たちが引き下がるわけないと思うんですけど…」
「殺傷能力の低い罠を作るほうが難しいんだよ。何でもいいから早く通ったらどうだ?」


勘右衛門は少し楽しくなかった。
手を出してこないから何か仕掛けてくるだろうことを楽しみにしていたのに、ただ突っ立ってるだけ。
言っておくが自分に精神的攻撃はきかない。
罠はなしで通れというなら素直に通らせてもらう。


「失礼します」
「おう。次は気をつけろよ」
「え?」


文次郎の横を通り過ぎるさいに言われた一言に勘右衛門が振り返ると、文次郎の姿はもうなかった。
その言葉に何か引っかかりながらも足を再び動かし、次の走者である兵助の元へと急いだ。
八左ヱ門が結構な遅れをとり、三郎も何度か足を止めて鴉を払ったため早く向かわなければと、さらに速度をあげた。


「おませて兵助!」
「遅かったな、大丈夫だったか?」
「大丈夫すぎ」
「…どういう意味だ?」
「先輩たち、罠は仕掛けず精神的に追い詰めてくるから気を付けて」
「…。解った、気を付けよう」


次の兵助に巻物を渡して簡潔に伝えると、兵助はすぐに走り出した。
それを軽く手を振って見送りながら勘右衛門は顎に手を添える。


「んー……。次…次、次かー…。あー……」


苦笑したあと別の道に向かい、学園へと戻って行った。
一方、兵助は緩やかな山をくだりながら勘右衛門の忠告をしっかり受け止め、警戒しながらコースを走る。


「―――なるほど…。確かに精神的攻撃ばかりですね…」
「またお前か…」
「食満先輩、豆腐は俺の嫁です。俺は絶対にあなたを許しません!」
「だからっ、俺がお前の豆腐に何をしたって言うんだよ!」
「テメェすっとぼけんな!昨日の朝食、豆腐食ってただろ!」
「お前俺、六年生だからな!?」


寸鉄を取り出して戦う気満々の兵助と、面倒だとさっさとコース外に退散する留三郎。
何度か「出てこい嫁泥棒め!」とか「この泥棒猫が!」と叫んでいたが、気配が消えたことに気付いた兵助は静かに寸鉄を終い、麓へと降りて行った。


「すまない雷蔵、待たせた」
「お疲れ兵助。大丈夫だった?」
「精神的攻撃をしてくるから気をつけろ」
「え?…あ、うん。解った。じゃ!」


次の走者である雷蔵に巻物を渡し、雷蔵は笑顔で兵助に手を振ったあと走り出す。


「っと…。中在家先輩…」
「やはり雷蔵か…」


森を抜け、平坦な道へと戻ってきたところに長次は待っていた。
本を閉じて立ち上がったあと、まっすぐと雷蔵を見る。


「罠は仕掛けていない。…だから安心して通れ」
「……。それは何故ですか?兵助にも言われましたが、何故先輩方は罠を仕掛けなかったのでしょうか。精神的攻撃は僕にも聞きませんよ?」
「…そうだな、お前にはこれはきかないな…」


フッと笑ったあと、再び同じ場所に座って本を取り出した。
苦無を取り出すのかと思って身構えた雷蔵だったが、本なのに気づいて「え?」と戸惑いの声をもらす。


「最後だし教えてやろう…。罠は仕掛けたけど、仕掛けていない」
「ええ!?そ、それはどういう意味で…」
「そういう意味だ。早く通りなさい」
「(罠は仕掛けてない、だけど仕掛けてる…!?ってことはここだけ罠は発動するんじゃ…?でも仕掛けてないって……中在家先輩は嘘をつくような人じゃないし……えー…!)」


いつもの優柔不断を発動させた雷蔵を見て、本で笑みを隠して静かに本を読み進めていった。
それから時間が経ち、考えるのに疲れた雷蔵が走って目の前を通り過ぎていくのを見たあと、パタンと本を閉じた。


「お、遅くなってごめんね…。あとはゴールするだけだから頑張って」
「おやまぁ。不破先輩ともあろう方が疲れてるなんて、余程の戦いを強いられたのですか?」
「え?…う、うん…まぁ…」
「大丈夫ですか?あ、巻物と木札頂きますね。喜八郎くん、急ごう!」
「タカ丸さんは元気ですねぇ」


タカ丸に促されながら喜八郎も走り出す。
あとは学園の壁に沿ってゴールを目指せばいいだけ。
しかし最後の障害が彼らの邪魔をした。


「五年生のことだから四年生たちは安全な平坦な道を走らすだろう。仙蔵の言うとおりだったね」
「こんにちは、善法寺先輩。珍しく無傷ですね」
「待ってるだけだからね。それにしても遅くない?」
「不破先輩が何だか疲れてましたけど…」
「あはは、長次が相手だったからうまいこと混乱させたんだろうね。さ、じゃあ君たちも通っていいよ」
「「え?」」
「罠は仕掛けてないからどうぞ?」


下級生に見せる笑顔を二人に見せたあと、道を譲ってあげる。
忍たま初心者のタカ丸でさえ怪しい行動に眉をしかめて警戒するのに、喜八郎は「そうですか」とかで言って堂々道の真ん中を歩いて進んでいく。


「ちょ、ちょっと喜八郎くん!」
「大丈夫ですよ。僕、罠を見つけるのも得意ですから」
「ふふっ」
「でも……」
「ほらタカ丸さん、急ぎましょう。悩んでる時間が勿体ないですし、何よりその判断が命に関わることにもなります」
「……うん、解った。喜八郎くんを信じるよ」
「綾部は素直というか、肝が据わってるっていうか…。でも次は気をつけてね」


遠くなる二人の背中に向かって手を振って聞こえるように言った。


「あ、帰ってきました!五年生四年生チームのゴールです」


二人が運動場に帰って来てからテープを切って、タイムが発表される。
運動場近くには下山していた六年生と五年生がおり、次の指示を静かに待っていた。


「では次は六年生がリレー選手となってもらい、五年生と四年生には六年生の障害となってもらいます。勿論、罠を仕掛けるのも攻撃もありです。ですが、致命傷になる攻撃だけはやめてくださいね」


さらりと恐ろしいことを言うが、五年生と四年生は「はーい」と気の抜けた返事をして再び裏山へと向かった。
六年生はその場に留まり、何故かじゃんけんをしている。
そんな様子を下級生たちは不思議に思い、首を傾げた。
自分たちは裏山に入れないから彼らが何をしているのか解らないので、山田先生が遠眼鏡で実況をするのを楽しく聞いていた。
次はどんなことをするんだろうと目を光らす一年生と二年生。そして、何かが引っかかる三年生。


「やったー、不運な僕には珍しく勝っちゃった!じゃあ先発がいいな」
「っち、伊作にとられちまった…。じゃあ俺長次がいたところな」
「留三郎ずりー!俺が長次のところに行こうとしたのに…。じゃあ俺、文次郎がいたところ」
「虎徹うるさい、もう少し声量を押えろ。ならば私は最後にしよう。伊作、楽しませてくれるだろ?」
「えー……私、虎徹のところしか残ってないじゃないか…」
「必然的だ、諦めろ。俺だってお前のところは嫌だっつーの…」
「あのぉ…先輩方?」
「すまない。これが私たちのリレー順だ」
「ありがとうございます!では位置についてもらっていいですか?五年生が整い次第スタートしますね」


六年生の走者は、伊作、文次郎、小平太、虎徹、長次、留三郎、仙蔵の順番となった。
スタート走者である伊作だけ残し、全員がそれぞれの位置に向かう。


「五年生と四年生には申し訳ないけど、君たちに手を出したらいけないからね」


下級生には見せられないような笑顔を浮かべたあと、スタートの声がかけられた。



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