障害物リレー 「それでは、運動会特別ルール、学年別対抗戦「障害物リレー」です。五年生、四年生のみなさん準備はよろしいでしょうか?位置について、よーい…どーん!」 準備なんていつまで経っても終わらねぇよ! という二学年の心の声なんて総無視したユキちゃんは容赦なくスタートの合図をかけた。 三郎の提案通り、先発は三木ヱ門と滝夜叉丸の二人。 下級生たちの「先輩たち頑張れー!」という応援を受けながらゆっくりとまずは門へと走り出す。 罠を警戒しつつ、次の走者である八左ヱ門に向かうのだが、 「ほう、先発はやはりお前たちか」 「「た、立花先輩!」」 早々に彼らの前に現れたのは六年のボスその一にあたる、立花仙蔵だった。 美しい髪の毛が風に揺れ、優雅に立つ姿は忍者に見えない。 仙蔵の後ろには裏山に向かうための学園門があり、あれを抜けるには仙蔵を倒さないといけない。 手を出してこないとは言え、堂々と立っている仙蔵は怪しく、そして恐ろしい。 「どうした二人とも。さっさと私の横を通り過ぎて山へ向かうがいい。次の走者は竹谷だろう?早く渡さないと遅くなるぞ?」 とは言うものの、罠が絶対に仕掛けられているに違いない。 二人はゴクリと生唾を飲んで、あからさまな警戒をする。 苦無を取り出し、何かあってもすぐに対処できるように構えながら距離をとり、ゆっくりと門へ近づいて行く。 コースは、門を出て左に向かい、裏山へと入る。裏山の頂上をめざし、反対方向へと降りて、門の右から帰ってくるといった簡単なコース。 走者の証はバトンではなく、忍者らしい巻物。 「安心しろ。罠は仕掛けておらん」 ニヤッと笑って言うものだから思わず、「嘘だ!」と突っ込みたくなるが、二人は言葉を飲みこむ。 滝夜叉丸が警戒をし、三木ヱ門が罠がないかを確認しながら仙蔵を迂回しながら門を潜り抜けることができた。 罠がなかったのか、運よく罠を発動させなかったのか…。 何もないまま門を抜けることができて、二人は顔を見合わせる。 だけどすぐに次の走者である八左ヱ門へ元へと向かった。 仙蔵の口元は楽しそうに笑っていた。 「竹谷先輩、すみません!」 「いや、いい。よく頑張ったな」 門を抜けてからは逃げるように八左ヱ門の元へと向かった二人は、息を切らせながら巻物を渡す。 八左ヱ門は笑顔で二人を褒めたあと、巻物を受け取り、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてあげる。 あの六年相手によく頑張ったと何度も褒めたあと、「あとは俺に任せろ!」と森に向かって走り出す。 「とは言ったものの…、誰が出てくるんだよ…」 巻物を身体に隠し、木々を割りながら森を走り続ける。 できれば優しい長次か留三郎、不運の伊作がいいと祈る八左ヱ門なのだが、五年の不憫代表である八左ヱ門にそんな優しいオチなどくるはずがない。 「私だ私!」 ゴジラのテーマ音が聞こえたかと思ったら、八左ヱ門の進路に仁王立ちする七松小平太の登場だ。 ニコニコと楽しそうに笑って八左ヱ門を待ち伏せており、慌ててブレーキをかけ、逃げるように地面を蹴って木の上へと降り立つ。 「やっぱりかぁああああ!」 「うん、いい反応だな竹谷!」 腕まくりの準備も万端。 青ざめながら突っ込みを入れたあと、泣くように顔を伏せた。 「さぁ竹谷。通りたければ私の横を通って行け」 「え?」 「罠など仕掛けておらんさ。だから、通れ」 小平太は嘘が下手だ。嘘をつけば結構解りやすい。 だけど、忍務のときはどうだろうか…。 笑顔の小平太を見ながら八左ヱ門は疑心暗鬼になり、どうすればいいか木の上で考える。 多分、罠は仕掛けられてないと思う。思うのだが、彼が放つ威圧感や圧迫感に足がすくんでしまい、身体が全く動かない。 自分のほうが(立ち位置的に)上にいるのに、下から見上げてくる小平太に何だか見下されている気分。 「どうした、竹谷」 一歩近づくと寒気がして距離をとる。 一応リレーコースというものがあり、あと少し下がったらコースアウトになってしまう。 「本当に罠は仕掛けて…?」 「ああ。手を出したらいけないと言われたから罠を仕掛けようとしたんだが、殺傷能力の低い罠を作るのが面倒でな…」 だから罠は仕掛けず、こうやってただ立っているだけになった。 と、小平太はあっさり作戦を説明してくれた。 確かに六年生が立っているだけで障害物になっており、現にこうやって自分は前に進めない。 「竹谷、早く進んでくれないか?」 「え?」 小平太は最初から腕を組んでいた。 腕を組むのは珍しいことではないが、長時間組むのは珍しい。(すぐに攻撃できないから) それなのに組んでいる。 嫌な予感がして冷や汗が頬を伝って流れたあと、全神経を足に集中させた。 「お前(獲物)がそこにいると捕まえたくなるだろう?」 ニィと犬歯が口角をあげ、怪しく笑う小平太。 その台詞を聞いたと同時に八左ヱ門は木から木へと移動して、通常のコースに戻ってその場から逃げ去った。 離れているにも関わらず、背中にはまだ小平太の気配…。 それでも懸命に山を登り、次の走者である三郎の元に辿り着くころには気配は消えていた。 「遅い」 「相手が七松先輩でもか?」 「遅い」 「労えよ!マジで怖かったんだからな!」 睨んでくる三郎に巻物を渡すと三郎は、「はいはい。よく頑張ったな」と心にもない労いの声をかけて山頂へと向かった。 一気に勾配が急になり、足腰に負担がかかるが、慣れているので難なく走っていく。 自分の予想が正しければ、山頂付近には長次か文次郎か、 「やはり国泰寺先輩でしたか」 「なんだ、三郎か。俺の予想としては八左ヱ門か雷蔵だったんだけどな」 「役不足でしたか?」 「そんなことねぇよ」 虎徹だった。 コース上の大きめの石に座っていた虎徹は、三郎の姿を見てから腰をあげ、立ち塞がる。 「つっても、俺らは手を出したらいけないので、何もしませーん」 「…」 「本当だって。だから前の走者も無傷だっただろ?」 「精神的にはぼろぼろでしたよ」 「それはルールに入ってないから。ほら、俺の横通っていいよ」 構えていた苦無をおろし、言われるがままに虎徹の横を通り過ぎようとする三郎。 虎徹も嘘はあまり得意ではない。 それに、小平太が八左ヱ門を無傷で逃がしたということは……。 色々考え、可能性の高いほうを選んだ三郎は「罠は仕掛けられていない」という結論を出した。 「あーあ、やっぱり三郎は楽しくねぇな」 「ありがとうございます」 「つーわけで…」 これじゃあ足止めもできない。と、虎徹は指笛を鳴らした。 ぎゃあぎゃあという鴉の鳴き声が空で響いたあと、黒い羽根を舞い散らせながら虎徹の肩や周囲の木々に降り立ち三郎を睨みつけた。 「手を出してはいけないルールですよね?」 「出してねぇだろ、俺は」 「それはただの屁理屈ですよ」 「お前の得意分野だろ?」 「国泰寺先輩」 「何もしねぇから早く行けよ。俺はこいつらと遊んでるだけだから。なー?」 唯一虎徹の肩に降り立った鴉はどの鴉より大きく、翼を広げて鳴いたあと虎徹に甘えるようにすり寄った。 虎徹の背中に翼が生えたみたい見えて、「妖怪みたいだな」と小さく呟いたあと背中を見せて走り出す。 追いかけてくる雰囲気はなかった。だから大丈夫と思っていたが、先ほどの鴉たちが自分を追いかけてきた。 「あの野郎…!」 今回は精神的に苛めてくるのか! と盛大な舌打ちをしながら三郎は山頂を目指した。 「いやー、学年対抗別も楽しいな」 最初に座っていた石に腰をおろし、持っていた小動物の肉を鴉に食べさせたあと、クスクスと笑った。 ( TOPへ △ | ▽ ) |