夢/とある獣の生活 | ナノ

借り人と障害物


「玉入れ合戦、上級生の部。両方とも籠の中に玉が入ってなかっため点数なし!」


戦うことに夢中になり、玉を入れるという行為をすっかり忘れた六年生のせいで両者点数なしとなった。
本当は小平太が伊作の籠に玉をいくつか入れたのだが、やはり不運大魔王。
小平太の攻撃を避けたときに足をくじき、ドシャ!と六年にしては情けない体勢で地面に転んでしまった。
そのときに玉をこぼしてしまい、そのこぼした玉を文次郎と喧嘩をしていた留三郎が踏んで転び、留三郎の籠の中に入っていた玉も投げ出され、試合終了。
喜八郎とタカ丸に至ってはすでに戦う意思などなく、シートとの上で観戦をしていた。
滝夜叉丸と三木ヱ門は味方にも関わらず言い争っている。


「ってぇ…。仙蔵も長次も容赦ねぇなぁ…」
「ううっ、運動会が始まったばかりなのに足くじいちゃったよ…。湿布あったっけ…」
「留三郎テメェ覚えてろよ!」
「ハッ!今度は鼻血だけじゃなく、全身から血を出してやる!」
「あの獣バカめ…。私の顔を遠慮なく殴りやがって…」
「……骨が痛む…」
「なはは!お前らダメだなー!無傷なのは私だけじゃないか」
『うるさい黙れ小平太』


伊作に手当をしてもらいながら、下級生の部の借り人競争を応援する六年生。
借り人競争とは、「借り物」が「借り人」になっただけの簡単なものである。
これも組別で争っているのだが、やはり上級生には組なんて関係なく、下級生に指名されたいみたいで先ほどからソワソワと落ち着きがない。上級生のくせに、だ。
だというのに、下級生に呼ばれているのは、


「雷蔵先輩、一緒に来てもらえますか?」
「僕かい?僕でいいの?」
「はいっ、優しい先輩と言えば雷蔵先輩ですから!」


この通り、五年生ばかり。
五年生は個性豊かな上下に挟まれ、影が薄いがこうやって下級生たちには慕われているのだ。
それが気に食わない六年生と、嫉妬する四年生。
左右の視線が痛いものの、指名されるたびに彼らのニヤけは止まらない。


「乱太郎…っ。なんで僕じゃないんだい…!」
「泣くなよ伊作」
「ほら、タオル」


乱太郎が指名したのは何故か委員会の先輩である伊作ではなく、雷蔵だった。
地味な精神的ダメージに泣き崩れる伊作と、慰めてあげる虎徹と、タオルを渡す留三郎。
手を繋いで楽しそうにゴールを目指す二人を見て、ギリギリと歯ぎしりをしながら血の涙を流すのだった。


「久々知先輩、ちょっといいですか?」
「尾浜せんぱーい、一緒にゴールしてください!」
「鉢屋先輩、…少しだけお時間いいですか?」
「竹谷先輩早くー!」


五年生全員が連れて行かれたあと、それぞれ学年のシートで愚痴をこぼす。


「虎徹せんぱーい!」


虎徹も留三郎や小平太と口をとがらせて、拗ねた態度をとっていたが、三治郎が六年生シートに近づいて来て、ニコニコといつもの笑みで手を振った。
すぐに起き上がり、バタバタと忍者なのに大きな音をたてながら三治郎に近づく虎徹。


「な、なに!?俺!?」
「はいっ。僕と一緒にゴールしてください!」
「勿論!」


きたぁああああ!と顔をキラキラさせながら三治郎の腕を掴んで自分に引き寄せたあと抱き上げる。
三治郎をお姫様抱っこをしてそのままゴールへと目指す。
五年と四年、あと先生も抜いて結構な上位でゴールをすることができた虎徹と三治郎。
どうでもよくない話だが、三治郎は赤組である。虎徹は白……。つまり、そういうことであるが、何度も言うが上級生に組別など関係ない。


「よっしゃ!」
「ありがとうございます、虎徹先輩!」
「可愛い後輩の頼みだからな。因みになんて書かれてたんだ?」


指名されたことの喜びもあるが、一番気になるのは中身。
これで「情けない先輩」と言われたらショックで寝込むかもしれない。
ドキドキとわくわくが入り混じる虎徹に三治郎が見せたのは、


「六年で一番強い先輩です!」
「さんじろっ…!ありがとう、三治郎!」
「苦しいですよー!」


涙を目に浮かべた虎徹はがばっ!と勢いよく三治郎を抱きしめ、抱きしめられた三治郎も虎徹の背中に手を回す。
届かないその大きな背中に「やっぱり先輩は格好いいですー」と虎徹にトドメをさす。
遺言は「三治郎は天使でした」で、昇天した虎徹を留三郎が回収する。
そんなこともあったが、下級生による借り人競争は白組が勝ちに終わった。


「やばい、俺ニヤけすぎてちょっと次の競技頑張れないかも」


大好きな彼に告白された女の子のように照れている虎徹を見た六年生は盛大に舌打ちをする。あの長次と伊作もだ。


「じゃあそのまま死ね」
「いつもより辛辣ですね仙蔵さん。しかし気にしない!」
「ならば壁に頭ぶつけて死ね」
「直接的な文次郎なんて初めてですね。しかし気にしない!」
「……死ね」
「ちょぉおおおおおじ!」
「死ね」
「六ろこの野郎!」
「は組から出て行け」
「と、留さん!それは辛い!」
「学園から出て行け」
「伊作も酷い!なんだよ、選ばれなかったからって妬んでんじゃねぇぞ!それに恨むなら五年だろ!?あいつらのほうが選ばれてんだから!」


怒りの矛先を五年生へと押し付け、彼らはギロリと五年生を睨み付ける。
競技中も薄々と解っていたので、こうなることは覚悟していた。
でもやっぱり怖い…というか、理不尽すぎて涙が出てくる。
四年生の視線も痛いが、六年に比べたら可愛いものだと、若干四年生の近くへと移動した。


「続いて上級生の部ですが」


下級生の部も終わり、次の準備と一時の休憩が終わったあとユキちゃんが再び喋りだした。
次も「借り人競争」だろう。どの後輩を指名するんだろうなぁ…。
なんて浮かれた考えを上級生は考えたが、やはり次の言葉に言葉を失うのだった。


「次は学年別対抗戦の障害物リレーになります」


借り人競争じゃねぇのかよ!
と心の中で突っ込みながら五年生は身を乗り出して、黙ったままユキちゃんを見つめる。


「これには点数は入りません。……あ、四年生は辞退したんですよね。なら五年生VS六年生の障害物競争リレーになります。頑張ってください!」


可愛らしい笑顔を五年生に向けるが、その笑顔に悪意があるようにしか見えない。
絶句する五年生と、静かに立ち上がる六年生。
四年生は不参加なので腰をおろして、滝夜叉丸が全員分のお茶を準備し始めた。
下級生たちは目をキラキラさせ、また面白いものが見れるのかと楽しそうだった。
この場で死んだ目をしているのは五年生のみ。
八左ヱ門に至っては既に手を合わせてぶつぶつと何かを呟いていたが、きっと未来の自分にお経を唱えているのだろう。


「いータイミングだな。ほら、これでストレス発散しようぜ」
「テメェはあとからだよ」
「だけど……ふふっ、五年生たちが苦しむ姿は見たかったから楽しみだな」
「ぼっこぼこにしてやろうぜ!」
「小平太、落ち着け…。まずは私が……」
「落ち着くのは長次のほうだ。まずはルールを聞いてからボコボコにしてやろう」
「その言葉は控えろ。五年生たちが恐怖で震えているではないか。すまない、ルールの説明を頼む」
「はーい」


今回のルールも簡単だった。
運動場がスタート兼ゴールで、そこから裏山へと走って向かう。
頂上に土井先生が待機しているので、土井先生から木札を貰ってまた戻ってくるだけ。
ここまで聞いた五年生は「まだ望みはある!」と全員が顔をあげたのだが、そうで終わるわけがない。


「予算削減のため、障害物はそれぞれの相手となります」
『ハァ!?』
「予算削減のためならしょうがないだろ」


仙蔵が心底楽しそうな声色で近くにいた三郎の肩に手を乗せるが、驚きすぎて今はそちらに反応できない。


「但し六年生は手を出したらいけません。絶対に相手を傷つけてはいけません」
「「えー……」」
「逆に五年生は攻撃ありです。あ、でも罠を仕掛けるのは可能なのでこれから六年生の先輩方には罠を仕掛けにいく準備と作戦タイムが設けられます。五年生の先輩たちも順番を決めてください」
「僕たちが先攻なのかい?」
「はい。こっちで決めちゃいました」
「よーし、お前たち行くぞ。最高の罠と作戦をたてようではないか。リレー方式だから好きな相手を指名して、待ち伏せよう」
「タイムを計って、速かったほうの学年が勝ちでーす!」


リレーということは、それぞれに一人の相手がつくかもしれないということ…。いや、性格の悪い立花先輩なら最初のリレー者に全員が向かうかもしれない。
攻撃をしてこないとは言え、罠は怖い。仙蔵だけじゃなく、器用な長次、伊作、留三郎がいる。
ともかく色々なことを考えなくていけない作戦タイムに、五年の頭脳である三郎と兵助は頭を抱えたまま重たい溜息を吐く。
今日だけで何回目だろうか…。


「……四年、ちょっと手伝え」
「鉢屋先輩、私たちは学年別対抗戦は不参加させてもらってますので…」
『手伝え』


珍しく五年生が後輩に向けて殺気を飛ばした。それほど切羽詰まっている。


「安心しろ。先輩たちはお前たちにそこまで手を出してこない…」
「俺たちに手を出したほうが楽しいからな…。勘ちゃん、今回ばかりは本気出してくれ」
「うん、本気出さないとやばい雰囲気だもんね」
「七松先輩と虎徹先輩以外なら誰でもいいです」
「で、三郎。どうするの?」
「順番はこうだ。田村と滝が先発。次に八左ヱ門、私、勘右衛門、兵助、雷蔵、そして綾部と斉藤さんだ」


平坦な道は罠も比較的少ないので四年生に任せるあたり、やはり五年生は優しかった。
これが六年生なら遠慮なく五年生を危ないところに配置していただろう。
最初に四年生に頑張ってもらい、次に瞬発力の高い八左ヱ門に頑張ってもらう。それから、何事にも対応できる自分と、勘右衛門で急勾配な山頂付近をクリアして、体力が一番劣っているがやはり頼りになる兵助がと、最後に小平太がきてもゴリ押しができるかもしれない雷蔵を配置して、最後に喜八郎とタカ丸に頑張ってもらおうと、三郎は提案した。
特に文句もなく、渋る四年生もなんとか説得して、四年五年連合VS六年ができあがった。
六年はすでに裏山へ向かっており、姿はない。
静かな六年シートを見て三郎は全員に声をかけた。


「死なないことを祈ろう。またここに座って下級生たちの頑張る姿を見るんだ」
「三郎…。それ死亡フラグだから……」
「冗談がすぎるのだ、三郎…」
「まっ、手を出してこないから大丈夫じゃない?どんな作戦でくるか楽しみだけどね!」
「それでも俺死ぬ気がするわ」


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