裏山の動物たちの段 「さて、今日の委員会は遠足だ!」 『遠足?』 虎徹の言葉に、一年生四人は声を揃えて首を傾げた。 虎徹はニコニコと笑みを絶やすことなく、「そうだ」と力強く頷く。 虎徹の両隣りには左手を負傷している竹谷と、ジュンコとラブラブしている孫兵。 虎若、三治郎、八左ヱ門が虎徹の飼っている狼に襲われてから数日が過ぎた。 ケガをした八左ヱ門だったが、休むことなく毎日委員会に顔を出している。 虎若と三治郎は八左ヱ門の分まで毎日頑張り、その様子を見た一平と孫次郎も黙々と飼育に精を出す。 事情を知らない一平と孫次郎にも人食い狼のことを説明し、再度誰も近づかないよう注意を呼び掛けた。 「遠足と言っても、山で勉強な。食べてはいけない草の説明とかそんなのだ」 「はい、虎徹先輩っ」 「なんだい、三治郎くん」 「山の動物も色々見たいです!」 「なかなかいいことを言うではありませんか。そうだな、生物委員会だし動物は見たいよなー」 「毒虫ならいっぱい見せますよ?」 「孫兵、毒虫はまた今度だ。あと、今日は頼むから散歩させるなよ」 「…気をつけます」 「よし、じゃあ山に向かうぞー!竹谷は一平と、孫兵は孫次郎と手を繋げ」 そう言う虎徹の両手にはすでに虎若と三治郎の手が握られていた。 虎徹も虎若も三治郎もは組なため、何か通じるものがあるらしく、たった数日でかなり仲良くなることができた。 「ほら、一平」 「僕は大丈夫です。は組みたいに迷子になりません」 「んー……。俺が不安だから繋いでくれるか?ほら、今左手負傷してるだろ?何かあったらすぐお前を守れないし」 「……解りました」 少し恥ずかしそうな一平と手を繋いだ八左ヱ門は孫兵と孫次郎もちゃんと手を繋いでいるか確認する。 「先輩、全員手を繋ぎました」 「じゃあ出発だー!」 「「おーっ!」」 「一平、疲れたらすぐ言うんだぞ」 「孫次郎、お前もな」 先輩が後輩を気遣いつつ、忍術学園をあとにして裏山へと向かった。 最初は緩やかな道だったが、進むにつれ勾配がきつくなる。 裏山は頻繁に忍たまたちが利用しているため、道が自然とできあがっているので草木に足を捕らわれることはない。 それでも一年生にとっては辛いものだった。 「虎徹せんぱーい、僕もう疲れましたー」 「大丈夫か、三治郎。よし、おんぶしてやる」 「やったー!」 「虎若は大丈夫か?」 「ぼ、僕はまだ大丈夫ですっ」 「虎若は火縄銃扱うから身体鍛えてるんですよ」 「ほー、そりゃあすげぇな!」 二人や、八左ヱ門たちに声をかけながら、とある場所へと進み続ける。 「―――到着!」 「わあ…」 「裏山にこんな場所があるんなんて知らなかった…」 「八左ヱ門、孫兵、お疲れ。一平と孫次郎もよく頑張ったな」 一平は八左ヱ門に、孫次郎は孫兵におぶってもらい、目的場所へと到着することができた。 「すみません、竹谷先輩…。負傷しているのにおぶってもらって…」 「気にするな。これぐらいでへばるほどやわな鍛え方はしてないって」 「い、伊賀崎先輩、大丈夫ですか…!?」 「だ、大丈夫だ…」 「孫兵はもう少し鍛えないとな。ちょっとあそこの沢で休憩するか」 到着した場所は沢がある少しだけ開けた場所だった。 水がある場所は多くの動物が集まり、虫たちも生息している。 勉強するには打ってつけの場所。 「竹谷、腕は大丈夫か?」 「はい、善法寺先輩の薬草がよく利いてます」 「そうか、無理すんなよ」 子供扱いをするように、八左ヱ門の頭をぐしゃと撫でて、息を切らしている孫兵のところへと向かう。 虎若、三治郎は沢の周辺をちょろちょろと探検し、一平は孫兵と竹谷の近くで周囲の様子を窺っている。 孫次郎は責任を感じてか、孫兵の傍から離れようとしなかった。 「体力が戻ったら教えてくれ」 「すみません、国泰寺先輩…」 「気にするな!孫次郎、孫兵を頼んだぞ」 「は、はいぃ…!」 「せんぱーい、虎徹せんぱーい!」 「三治郎と虎若は元気だなぁ」 沢の向こう側に渡った三治郎に呼ばれ、二人の元へと向かう。 軽々と沢を飛び越え、身軽に二人の元に近づくと、二人は目を輝かせて虎徹を見上げた。 「先輩、今の忍者っぽかったです!」 「いや、これでも忍者ですから。で、どうした?」 「虎徹先輩、ここには動物がたくさんいるって言いましたよね?だから三治郎と探してるんですけど、見当たらないんです」 「好奇心旺盛なのはいいけど、少しは危機感を持とうな。全部が全部可愛い動物じゃないってこの間勉強しただろ?」 「「あ…」」 「うん、でも俺はお前らのそういうとこ大好きだぜ!」 満面の笑みで二人の頭を乱暴に撫でたあと、二人を連れて孫兵たちの元へ戻った。 虎若、三治郎も孫兵たちの近くに座って、目の前に立つ虎徹を見上げる。 「さて、じゃあ呼ぶか」 「呼ぶ?」 「三治郎、裏山に住んでいる動物は全部虎徹先輩が飼ってるんだ」 『えッ!?』 八左ヱ門の言葉に一年生全員が驚いた。 しかし虎徹は苦笑して、「飼ってるんじゃないんだけどな」とやんわり否定。 「裏山と、裏裏山にいる動物は一応俺の言うことをきいてくれる。だから忍術学園の生徒は襲ったりしない」 「すごーい!」 「それって「襲うな」って教えてるんですか?」 「一平ちゃん、おしい。教えてるんじゃなくて、匂いで襲わないんだ」 「匂い?」 「言い方を変えれば、俺の匂いがする人間は襲わない。だ」 「虎若、意味解る?」 「んー……」 「解るも解らないもそのままの通りだろ。例えば僕が国泰寺先輩の服を着て裏山に来るとする。動物たちは僕を襲おうとするけど、その服から国泰寺先輩の匂いがする。だから襲わない」 「…ようするに虎徹先輩の近くにいれば安心ってことだね!」 「なるほど!」 「はぁ…これだからは組は…」 「まぁまぁ。孫次郎は理解できたか?」 「は、はい…解りましたぁ…」 「じゃあ呼ぶぞ」 ニッ!と笑って、人差し指と親指を輪にしてくわえる。 ピッーーー!と高く、大きな指笛が森に響き渡って、沈黙に戻る。 「あ、虎徹先輩。そう言えば体育委員が今日、裏裏裏山に行くって言ってました」 「……マジか…。あいつ裏裏裏山にいても聞こえるからなぁ…」 「あっ!虎若、狼だ!狼が来たよ!」 「狸と狐も来た!」 「た、竹谷せんぱぁい!熊がでましたぁ…!」 「鴉や鷹も集まってきた…」 あっという間にたくさんの動物が虎徹たちを囲んで現れた。 驚いたり、喜んでたり、怖がったりしている四人の反応を楽しんだあと、森の奥から山犬の遠吠えが聞こえた。 ビクリと肩を震わす一年生に、八左ヱ門が「大丈夫」と優しく声をかける。 草木をかきわける音がどんどん近づき、バッ!と沢の上から姿を現したのは、見たのことのない大きさの山犬二匹。 「よお、久しぶり。元気にしてたか?」 虎徹が二匹に近づいて頭を撫でてあげると、山犬は甘えるような声を出して虎徹に擦り寄った。 「こいつらは俺が特に頼りにしている山犬だ。大きいだろう?」 「僕、色んなとこ歩いてますけど、こんな大きい山犬初めて見ました…」 「すっげぇ…!」 「か、噛まないんですか…?」 「こいつらは他の山犬より偉いからな。俺の仲間には絶対手を出さないよ」 そう言うと、山犬の二匹は一年生をジッと見つめる。 今、「匂い」と「姿」を覚えているんだと、一年生にも解った。 「因みに一回り小さいほうがハル、女の子で、こっちがナツ、男の子だ。いい子たちだぞー、撫でてやってくれ」 一平と孫次郎は二匹の威圧感にたじろいでいたが、虎若と三治郎は嬉々として二匹に近づき、虎徹の指示のもと犬社会の挨拶を教えてもらい、数分も経たないうちに上に乗って遊び始めた。 「孫次郎と一平は遊ばないのか?」 「だ、だって大きくて怖いですぅ…!」 「ぼ、僕もちょっと…」 動こうとしない二人に声をかける八左ヱ門。 孫兵は久しぶりに会った動物たちを触ったり、撫でたりしていた。 「ハルとナツは本当に偉い山犬だから大丈夫。それに、ここにいる動物たちは虎徹先輩の前では絶対に俺たちを襲ったりしない」 「でもぉ、山犬は怖いですぅ…」 「じゃあ狸はどうだ?小さい子たちから仲良くなっていこうな?」 八左ヱ門が二人の手を引いて、狸や狐、小柄な山犬を触らせる。 恐々と触っていた二人だったが、やはりすぐに慣れて自然に笑みをこぼすようになった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |