可愛いが二つの段 「おっ」 「あ…」 「おや」 委員会後、八左ヱ門が虎徹に山犬のハルとナツを使って鍛錬をしたいと言ったので、一緒に裏山へと向かった。 前に一年生を連れてやって来た場所にあっという間に到着すると、そこには既に先客がいて、虎徹と竹谷は声をもらした。 気配に気づいた先客、喜八郎はいつもと変わらない様子でペコリと頭を下げ、穴掘り作業の続きへと戻る。 喜八郎の態度に八左ヱ門が「おい!」と声をかけるも、喜八郎は穴を掘るのを止めることはない。 八左ヱ門は後輩に優しいが、四年の喜八郎だけは少し嫌いだった。嫌いというか、苦手に近い。 六年生の虎徹がいるにも関わらず、ちゃんと挨拶もせず穴掘り作業に戻るからだ。 同じく、喜八郎も八左ヱ門が苦手…、いや、こっちは無関心に近い。カブト虫の頭を飛ばしてきたし、尊敬できる要素があまりないからだ。 そんな二人が出会ってしまい、両方とも可愛いがっている虎徹は苦笑をもらす。 「喜八郎の奴、虎徹先輩がいるのに穴ばっか掘りやがって…!」 「まぁ落ちつけよ、竹谷。喜八郎はそういう奴だろ」 「ですが!」 「落ちつけって。俺は別に気にしてないから」 「……しかし、ここに穴を掘っては危険です!下級生たちも来るんですよ!?」 「あー…うん、それはそうだな…」 到着と同時に指笛を鳴らして山犬二匹を呼び、待っている間に虎徹は喜八郎が掘っている穴へと近づいた。 穴の住人に話しかけると、穴を掘りながら「何ですかー」と返事をしたので、ここに穴を掘らないでくれと頼む。 「えー、嫌ですよー。ここの土、掘りやすいから僕はここに深い落とし穴を作るんです」 「そうかそうか。でも下級生たちが落ちて、ケガしたら誰が助けるんだ?上級生ならまだしも、下級生がここに落ちたら助からんだろ」 「……」 穏やかな口調で告げると、喜八郎は鋤を土に刺して、虎徹を見上げた。 「動物先輩って本当に下級生がお好きなんですねぇ」 「留三郎ほどじゃねぇけどな」 「それにお優しい」 「下級生にはな」 「僕たちにもお優しいですよ。それに比べて………」 「おい!無言で俺を見るなよ!俺も優しいだろうが!」 「え、何も言っていませんよ?」 飄々とした言い方で穴から這い出てきた喜八郎は適当に制服についた土を払って、息をつく。 隣で八左ヱ門が文句を言っていたが、右から左へと受け流している。 それがまた余計気に食わない八左ヱ門。普段は温厚で心が広い八左ヱ門だけに、また苦笑しながら見守っていると、呼んだ山犬が姿を現わした。 「よお、久しぶり」 山犬二匹は久しぶりに会った虎徹に下から頭を擦り寄せ、甘えるような声をもらす。 優しく頭や腹、喉を撫でてあげるといとも簡単に膝をつき、お腹を見せて警戒心を解く。 虎徹の前でしかしない服従の態度。 その様子を見ていた八左ヱ門は感心し、山犬二匹を初めて見た喜八郎は少しだけ目を見開き、鋤を持ったままフラフラと近づいた。 「指笛先輩、この子たちも指笛先輩の動物ですか?」 「そうだよ。可愛いだろ」 「裏山にはよく来ますが、初めて見ました」 「あまり姿を見せないからな」 「フワフワで気持ち良さそうですね。僕少し疲れましたし、一頭だけお借りしていいですか?」 「いいけど…。何すんだ?」 「どっちが咬みませんか?」 「どっちも咬まねぇよ」 「ではこちらの子をお借りします」 マイペースに、自分の言いたいことだけを言って、フセをしている山犬の横に腰を下ろす。 鋤を持ったまま山犬に寄りかかり、頭をポフッと乗せる。 「気持ちいいかと思ったら、あまりよくありませんねぇ…」 「アハハ!そりゃあ走り回ってるからな」 「虎徹先輩…」 「つーわけだ、竹谷。ナツは喜八郎に取られちまったし、諦めて違う鍛錬しようぜ」 「そんなぁ…」 「なんだよ、俺だけじゃ不満か?」 「そんなことありませんが…。……虎徹先輩は喜八郎に甘すぎると思います」 「竹谷先輩は僕に厳しすぎると思います」 「喜八郎ッ!」 「もー…」 また喜八郎に突っかかろうとする八左ヱ門の首根っこを掴んで、少しだけその場から離れる。 文句を言いながらも、虎徹が軽い準備運動をして組み手の姿勢をとると、深い溜息を吐いたあと八左ヱ門も構えた。 「今日こそ一本取らせて頂きます」 「そ。でも、今日はいつもと勝手が違うからよぉく考えて動けよ?」 「え?」 「こういうこった」 ニヤリと笑って地を蹴る虎徹。一直線に向かってくる虎徹を八左ヱ門が腕をクロスにさせて防御すると、目の前にいたはずの虎徹がフッと姿を消した。 「なッ!?」 「こっちこっち!」 虎徹の声が横からした瞬間、脇腹に重たい衝撃が走る。 虎徹より少しばかり体格のいい八左ヱ門だが、いとも簡単に吹き飛び、土へと倒れ込んだ。 「が、っは…!な、んで…横から……」 「いつもしてる中庭にはないものがここにはあるだろ?」 いつもは六年長屋、または五年長屋の中庭で組み手を行う。そこにも草木が生えているが、今いるここほどではない。 二人の周囲には大きな岩や、鬱蒼とした木々が生えており、虎徹は近くにあった岩を蹴って、八左ヱ門の脇腹に蹴りを食らわしたのだった。 「いつもと同じ場所じゃねぇだろ?」 「そうですね…。俺がバカでした」 「もっともっと冷静になって周りを見ねぇとな」 「はいっ」 「んじゃ、いくぞ!」 その日も太陽が沈むまで身体を動かし続けたが、さすがに夜目が利かなくなってきたので組み手を終わらせた。 近くの沢で水分を補給し、熱くなった頭も大胆に突っ込んで冷やす。 「って…、まだ喜八郎の奴いたのかよ…」 「とっくに帰ってるかと思ったぜ」 制服を脱いで肩にかけた虎徹が喜八郎に近づくと、何やら盛り上がっていた。 盛り上がっていたと言っても、喜八郎が一方的に枕にしているナツに話しかけているだけだった。 「それでターコちゃん八十八号には竹谷先輩が落ちたんですよ。八がつくだけに落ちなくてもいいのに。というか、五年生にもなって落とし穴に落ちるなんてダサいよねぇ」 「………あ、の、や、ろぉ…!」 「あ、でも。六年生にも関わらず毎日毎日落ちてる善法寺先輩もか。まぁあの人は不運だからなー。君、善法寺先輩って知ってる?あの人学園一不運な人で、同室の食満先輩にうつしてるんだよ。怖い怖い。動物先輩も同じ組みだし、君にもうつるんじゃない?気を付けなよ」 内容はおかしいが、時々相槌を打つように山犬が首を傾げたり、鼻を鳴らしたり、尻尾を揺らしたりと反応を示すものだから、本当に会話をしているように見えた。 虎徹はニコニコと笑顔で一人と一匹を眺めている。 「いやー…、可愛いコンビだな。癒されるわー…」 「そうですか?俺はバカにされているのでムカつきますけど……」 「でもさ、本当にナツと話してるみたいで可愛くない?喜八郎ならハルやナツの気持ちも解りそうだし。ほら、不思議っ子ちゃんじゃん?」 「………俺のほうが二匹の気持ち解りますっ」 つまらなさそうな表情を浮かべ、もう一匹の山犬へと近づく。 虎徹と八左ヱ門が組み手をしている間、大人しくフセをしていた山犬は、近づいてきた八左ヱ門に気づき、頭をあげてジッと目を見つめた。 八左ヱ門は山犬の前にドスンと腰をおろし、同じくジッと見つめる。 「きょ、今日も可愛いな、ハル!」 そこから八左ヱ門もハルに一方的に喋り出す。 山犬は八左ヱ門から目を反らすことなく、何かを考えるように頭を傾げている。傾げているだけなので、八左ヱ門の言葉を理解していないことが伝わってくる。ナツみたいに鳴いたりしてくれない。 でも八左ヱ門は一生懸命、顔を赤くしながら目の前の山犬に話しかけ続ける。 「くくっ…!もー…、なんだよこれ…。可愛いし面白いし最高じゃんっ…」 虎徹が今日解ったことが一つある。 可愛い子(犬)と、可愛い子(後輩)が絡むと、とても可愛くなるということ! ( TOPへ △ | ▽ ) |