後輩の記憶の段 頭痛がおさまらない。幻聴が聞こえる。「殺せ」「殺せ」と気持ちが高ぶる…。 その場にしゃがみこんでビクともしない俺を不思議に思った知らない同級生や、先輩たちが声をかけてくるけど、答える元気も気力も今の俺にはなかった。 ただ蹲(うずくま)り、痛みに耐える。 「おいっ、また国泰寺がやりやがったぞ!」 「三年相手によくやるよな」 「見に行こうぜ!」 俺への関心から、虎徹先輩へ関心が移り、皆はどこかへと走って行く。 虎徹先輩のことを考えてから頭痛が襲ってきた…。でも、それと同時に昔のことをぼんやりと思い出しそうだった。 でもあと少し…。あと少しが足らねぇ。 「虎徹、先輩…」 名字じゃなく、名前で呼んでみた。 初めて下の名前で呼んだのに、しっくりくる。こっちのほうが呼びやすい?いや、懐かしい…。 懐かしくて、何度もその場で名前を呼び続ける。 時々、自分の意志とは関係なく、「助けてくれ」という言葉がもれた。 何に?何から助けてほしいんだ?この痛みからか?―――違うッ、この胸の苦しみから早く解放してほしい! 虎徹先輩、虎徹先輩っ、虎徹先輩ッ! 「―――」 ガンガンと痛みが響いていたけど、懐かしい音に痛みはスッと消えた。 気だるい感じもなく、俺は立ち上がってその音のほうへと走り出す。 身体が勝手に走っている。まるでその音の意味を身体が覚えているようだった。 「よっしゃぁああ、いっけぇ!」 辿り着いたのは、ギャラリーに囲まれている虎徹先輩と三年の先輩のもと。 たくさんの鴉が先輩たちに丁度襲いかかっている最中で、ギャラリーは「ワッ!」と盛り上がっていた。 それに応えるかのように、虎徹先輩は再び指笛を吹いた。 ―――その音は、昔からよく聞いていた音だった。懐かしい音…。ああ、命令は「遊べ」ですね? 鴉を扱う虎徹先輩が昔見た光景とかぶって、俺はその場に立ちつくしたまま、あの時のように涙を流した。 「虎徹先輩…!また、お会いできましたッ…。すみません…、すみません虎徹先輩…」 「どーだ、俺の勝ちぃ!もう二度と喧嘩売ってこないで下さいね、先輩!―――っと…竹谷…」 「虎徹先輩ッ!」 「え!?ちょ、まっ…!」 鴉の襲撃で逃げて行った先輩たちを虎徹先輩は余裕の笑みを浮かべて見送り、ギャラリーもちらほらと散って行く。 校舎に戻ろうとした虎徹先輩が泣いている俺を見つけ、反射的に名前を呼んだ。その声にさらに涙腺が緩んでしまい、溢れた涙を拭いながら虎徹先輩に飛びつく。 慌てる虎徹先輩だったけど、ちゃんと俺を支えてくれた。生きてる…!虎徹先輩はちゃんと生きてる! 「先輩ぃ…!虎徹先輩ーっ!」 「ね、熱烈だね…。……つか名前…」 「ごめんなさい、先輩…。俺、今更…!」 「え…?え、マジ?マジで記憶戻ったの…?」 「……すみません、遅くなりました…。虎徹先輩の後輩、竹谷八左ヱ門です」 「…っの野郎、遅ぇんだよ!」 虎徹先輩から少し離れ、笑って言うと虎徹先輩も目の端に涙を溜めて笑い返してくれた。 嬉しそうに俺の首に腕を回し、力を込めて絞めようとするのを必死で抵抗するけど、本気じゃないので解けない。 すっげぇ痛いけど、この懐かしい痛みが心地いい。 「いたたた!痛いですってば、虎徹先輩!」 「俺がお前に言われたことのほうが痛かったんだぞ!小鳥のように小さいんだからな、俺のハートは!」 「では言わせてもらいますが、「行ってきます」と言って帰って来なかったのはどこの誰ですか?」 「うっ…!お、お前……今ここでそのネタは止めろよ…」 「どれだけ俺が苦しい思いをしたか…。俺だけじゃないです。ハルとナツも…!さあ、俺らに言うことは?」 「……ご、ごめんなさい…」 「はい。それとまだ言うことはありますよね?」 「あー…、………ただいま…」 「お帰りなさい、虎徹先輩」 二人揃って頭を下げ、少しの間沈黙が走ったけど、すぐに虎徹先輩が吹き出して笑い始めた。 俺もつられて笑っていると、まだ残っていたギャラリーが不思議そうな顔をして俺らを見ていた。 きっと「頭おかしいんじゃね?」って思われてんだろうよ。だけど関係あるか!これは本当にあったことなんだから、おかしくもなんともねぇ。 「やっぱり貴様か。喧嘩もあれほどにしろと…」 「仙蔵!竹谷の記憶も戻ったぞ!」 喧嘩と聞いて、生徒会長の立花先輩が止めるためにやって来た。 虎徹先輩を見るなり「またか…」と不機嫌そうな顔で溜息を吐いていたが、虎徹先輩の言葉に目を少しだけ見開いて俺のほうを見る。 「竹谷、本当か…?」 「はい、一番最後になってしまいましたが」 「…そうか」 珍しく立花先輩が優しい顔で笑った。そんな表情もできるんだな…。 立花先輩は携帯を取り出し、とにかく電話をかけまくる。誰にかけてるのか解らなかったけど、次第に集まり出したメンバーに俺の表情は緩んでいく。 「もー、遅いよはっちゃん!俺らすっげぇ寂しかったんだからねー!」 「ごめんな、勘右衛門!」 「きっかけは虎徹先輩と指笛か…。やっぱりお前は忠犬だな」 「うっせぇよ三郎。あと俺は別に拗ねてたわけじゃねぇからな!」 「でも本当によかったよ!僕、最初はどうなるかと思ってたけど、頑張ってよかった!」 「ああ、雷蔵のおかげで俺ら全員思い出すことができた。ありがとうな」 「八左ヱ門」 「兵助…」 「お帰り」 「おう。今度はすぐに死んだりしねぇから…」 ごめんな、本当に待たせてしまって…。 俺が一番に死んだのに、一番遅いって情けねぇよな…。どんだけお前らを傷つけ、苦しませればいいんだ…。 「よっしゃぁ、今日はもうサボろうぜ!お前らがどうなったかすっげぇ知りてぇし!」 「いーねー!あ、じゃあ俺お菓子持ってくるよ」 「俺も豆腐持ってこよう」 「僕もお菓子持っていこー」 「大丈夫か、八左ヱ門」 「あ?何がだよ、三郎」 「お前頭よくないだろう?サボったりしたらもっと理解できないぞ?」 「そしたらまた昔みたいに教えてくれるんだろ?」 「……はは、そうだな。また昔みたいにビシビシ教えてやるから覚悟しとけ」 「頼んだ!それと虎徹先輩」 俺らが盛り上がってる横で、空気を読んで帰ろうとする虎徹先輩を引き止める。 というか、立花先輩に連行されてたのを止めた。 「俺、言いたいこと伝えたいことたくさんあります」 「…ああ、俺もあるよ」 「明日、覚悟しといて下さいね」 「これから説教が始まるのに、明日もかよ…。解った、楽しみにしとく」 そりゃあ「帰る」って約束しといて死んだんだ。文句の一つぐらい言わせて下さいよね! ( TOPへ △ | ▽ ) |