夢/とある子供の我儘 | ナノ

お風呂あがりの段


学園での生活にもすっかり慣れた頃。千秋は本日も遅くまで鍛錬に明け暮れていた。
途中まで文次郎や留三郎、小平太も一緒に鍛錬に励んでいたのだが、彼らは委員会があるため先に帰ってしまった。
ダメなところを見てもらったり、逆に人のを見たりして勉強していただけに、一人での自主練は伸びに限界を感じてしまう。


「しかたない、そろそろあがるか…」


乱れた息を整えながら空を見上げると、太陽がすっかり沈んで、代わりに星が輝いていた。
他の忍たまたちが長屋に戻って行ったり、お風呂に向かって行ったのを少し前に見たから、今の時間帯はかなり遅いだろう。
木にかけていた手ぬぐいを持って一度部屋に戻り、桶と寝間着を持ってくノ一長屋にあるお風呂へと忍びこむ。
いくら夜が遅いとは言え、忍たま長屋にあるお風呂に入るのは危険。
少し遠いがくノ一長屋にあるお風呂まで足を運んでいる。
面倒くさいとは言え、女だということをバレないように動くのは忍者としての鍛錬になる。と、湯船に浸かりながら一人で頷いた。


「さて、今日の復習をして寝るか…」


お風呂をさっさとあがり、忍たま長屋に戻ってきた。
ここでの生活はまだ短いほうだが、すでに慣れた。
誰も自分を女だと思っていない。バレそうにもない。
その慢心さがいけなかった。目の前から歩いてくる人の気配に気づくことができず、廊下で同じく寝間着姿の小平太と出会ってしまった。


「こ、へいた…」
「おお、千秋か。髪の毛を下ろしているから気がつかなかった!」


風呂あがりには胸を隠すためのサラシを巻いていない。
大きいほうではないが、気づかれるかもしれない。
だからと言ってこの場で逃げだせば彼なら追いかけてくるだろう。
平常心を保ちながら近づいてくる小平太に「何をしている?」と先手を打った。


「これから長次と酒を飲むんだ。そうだ、千秋も来るか?」
「いや、私は遠慮しておこう。酒は得意とは言えないからな」
「そうか。しかし風呂あがりの千秋はおなごらしいな」
「ははっ、よほど女に飢えているのか?言っておくが私に手を出しても幻滅するだけだぞ」
「ああ、男を食べる趣味はないからな!」
「では私は失礼する。小平太、あまり騒ぐなよ」
「細かいことは気にするな!」


酒が入るとどうなるか見たことないが、きっとうるさくなるだろう。
騒ぐ小平太を想像したが、長次がいるなら大丈夫だろう。と苦笑して、横を通り過ぎ、部屋へと戻る。
バレなかった…。と安堵の息を気づかれないようついた瞬間、


「千秋」
「っ、どうした?」
「送ってやろうか?」


意味の解らないことを言われた。
足を止めて振り返ると、珍しく真面目な顔をした小平太が千秋を見ていた。
「送ってやろうか」の意味を解読するのに少々時間がかかり、その間に大股で距離をつめてくる小平太。


「部屋まで送ってやろうか、と聞いているのだが聞こえなかったか?」
「…はっ、何を言うかと思えば。私をおなご扱いされては困る。それにここは忍たま長屋だろう?危険などあるか」
「……それもそうだな」
「もし襲ってくるようなバカがいたら返り討にしてくれる」
「おー、それは怖いな!」
「それと小平太。あまり大股で歩くでない、ふんどしが見えるぞ。あと胸元もはだけすぎだ、しっかり閉めろ」


顔や態度は平常だが、心だけは少し乱れていた。
話を反らすように、小平太の服装へと話題を変え、乱れている寝間着を呆れながら正してあげると、小平太は八重歯を見せて笑った。


「なんだか母上みたいだな!」
「お前のような息子がいると大変だろうな。では今度こそ失礼する」
「じゃあまた明日なー!」


ブンブンと大きく手を振る小平太に呆れながら軽く手をあげ、廊下を再び歩き出す。
角を曲がり、周囲に人気がないことを確認してから柱に手をついて胸を抑えた。


「よかった、バレずにすんだ…」


ドキドキと跳ねる心臓。
自分が今どのような状況でここにいるのかを再確認し、部屋へと足早に戻って行った。
その頃、千秋と別れた小平太は盃を片手に小首を傾げていた。
楽しみにしていたのに静かに飲んでいる小平太を見て、長次は不思議そうな顔をし、「どうした?」と声をかけると眉をしかめた小平太が口を開いた。


「先ほど千秋と出会ってな、なんだか変なことを言ってしまったのだ」
「……………変なこと?」


「変なことを言うのはいつもではないか」と言いそうになったのを喉の奥へと引っ込め、盃に口をつける。


「風呂あがりの千秋が妙に女っぽくて、「送ってやろうか」って言った」
「………」
「そう言えば千秋の寝間着姿は初めて見たな。長次は見たことあるか?」
「…ない」
「だよなー。風呂も一緒に入ったことないし、恥ずかしいのかな」
「つい最近まで実家で暮らしていたから、他人と風呂に入るのは抵抗があるのかもしれん」
「ああ、そっか、そうだよな!」
「(風呂あがりに小平太とすれ違うのはおかしい。場所が反対方向なはずだ…)小平太、」
「あーっ、ちょーじすまん!長次の本に酒こぼしちゃった!」
「…………ふへっ…」
「ごめん長次!ちゃんと拭くから―――あ…破け…」
「ふへへへへへ!」
「じょ、縄標どこに仕込んでたんだ!?ごめん!ほんとごめん!」


「うるさいぞ!」と怒った文次郎と留三郎が入ってくるまで長次による小平太虐めは止まりそうになかった。


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