夢/とある子供の我儘 | ナノ

新しい玩具の段


「―――午前授業終わり!」
「はぁ…やっと終わったか…」
「留さん、大丈夫?」


は組の午前授業は全て座学だった。
伊作、千秋はイヤな顔せず真面目に受けていたが、どちらかと言うと身体を動かすほうが好きな留三郎は一日分の体力を使ったかのように机に伏している。
隣に座っている伊作が心配そうに声をかけると、「ああ…」と覇気のない声で返事をした。


「こうしてしっかり習えるのは嬉しいな」
「千秋は楽しそうだね」
「知らないことを知るのは嬉しいことだろう?」
「俺は無理だ…。大切なのは解るが、身体動かしてぇ…」
「ははっ、留三郎らしいな!さあ、次はお昼ご飯だ!」


教科書をしまい、教室から出ようとする。
先に歩く千秋を追いかけるように、二人も教科書をしまって、食堂へと向かった。


「そう言えば食堂に行くのって今日が初めてだっけ?」
「ああ。だから案内をしてくれ」
「解んねぇのに先に走り出したのかよ」
「勉強も好きだが、食事も好きだ!」
「あははっ、僕もだよ」
「それは俺もだ」


千秋を間に挟んで歩く三人の前から、青い忍び装束を着た三人組が近づいてきた。
千秋が気がついて足を止めると、留三郎が「五年の奴らだ」と教えてくれる。
五年の生徒も留三郎たちの存在に気がつくと、会釈をして道を譲った。


「…」
「千秋、行くぞ。早くしねぇと食いっぱぐれちまう」
「留三郎、双子がいるぞ!」
「千秋、双子じゃないよ。同室の不破に変装中の鉢屋。えっと、どっちが鉢屋だっけ?」


楽しそうに三人に近づき、留三郎と伊作も五年生に近づく。
五年生の竹谷八左ヱ門は若干緊張して姿勢が伸びていたが、三郎はいつもと変わらない様子で初めて見る先輩の千秋をジッと見つめていた。


「僕が不破雷蔵で、こっちが鉢屋三郎です」
「だって」
「ほー…変装なのか、本物と見分けがつかんな…」
「鉢屋は忍術学園一って言われるほどの達人なんだぜ」
「それは凄いな!」
「ありがとうございます。ところで六年生は六人しかいないと聞いていたのですが、こちらの方は?」
「あ、他の学年の子は知らなかったね。この春編入してきたんだ」
「小鳥遊千秋です。宜しくな、三郎に雷蔵に…えっと…」
「あ、私は竹谷八左ヱ門です」
「そうか、宜しくな八左ヱ門!」
「宜しくお願いします」
「よっ、宜しくお願いします!」


雷蔵と八左ヱ門が挨拶を返すが、三郎だけは不審そうな目を向けたまま。
千秋は小首を傾げていたが、三郎の発言に目つきを変えた。


「ところで小鳥遊先輩はどうして男装しているのですか?」
『は?』


その場の時間は一瞬止まり、すぐに雷蔵と八左ヱ門が三郎の口を抑えた。
留三郎と伊作は千秋の頭上で視線を合わせて首を傾げ、千秋を見る。


「バカ!お前何言ってんだよ!」
「そうだよ!小鳥遊先輩が女なわけないだろ!」
「いや、どう見ても女だろう?私の目に見抜けない変装はないよ。変装というわりにはかなり雑だがな」


八左ヱ門に胸倉を掴まれているが、薄ら笑みを浮かべて千秋を再び見る。
雷蔵が千秋に向かって謝罪をしていたが、千秋は気にしないと言うように笑っていた。


「私は幼少のころから女としても育てられてきたからそう見えるのだろう。女装は得意だ」
「え、そうなの?」
「伊作、忍者たるもの、女にも男にも化けれるようになるのが基本だろう?」
「そう…だけど…」
「鉢屋、疑いたい気持ちは解るが、既に小平太が確認済みだ」
「そうそう。それに女顔はこの学園にもたくさんいるではないか。さあ留三郎、伊作。ご飯を食べに行こう!」
「だな。あー、腹減っちまったー」
「今日のメニューは何だろうね」


会話を適当に流して、三人の横を通り過ぎる六年生。
五年の三人が頭を下げて見送ったあと、八左ヱ門が「三郎!」と怒りの声をあげたが、三郎は八左ヱ門の腕を振りほどいて三人を追いかけた。
留三郎と伊作が先に食堂に入り、最後に入ろうとした千秋の腕を掴んで廊下へと引き戻す。


「まだ何か用か?」
「私が暴いてみせますよ、変装名人の名にかけて」
「そうか、それは楽しみだな!」


楽しいオモチャを見つけたように笑う三郎と、余裕の笑みを浮かべている千秋。
三郎はすぐに腕を解放し、元来た道を戻って行った。


「千秋ー、どうかしたかい?」
「いや、なに。やはり忍術学園に来てよかったな、と思っていたところだ」
「え、なにそれ?」
「みな忍術に真剣なのだな!」
「アホか。忍術を学びに来ているんだから当たり前だろ」
「そうだよな…。当たり前だよな!」
「おうよ。あ、飯食ったら食後の運動に付き合ってくれよ」
「勿論だ!伊作もするだろ?」
「んー、そうだね。千秋から聞いた関節技を教えてもらいたいな」
「私も薬草について教えてくれ!」


自分が思っていた以上に忍術学園の生徒たちはレベルが高く、それでいて忍術に対して貪欲だ。
その生徒たち全員に遅れをとらないよう、千秋もまたモチベーションをあげるのだった。


「もうっ、先輩に対してあんなこと言わないでよ」
「三郎の怖いもの知らずには毎回ビクビクさせられるぜ…」
「…二人は何故小鳥遊先輩が男だと思うんだ?」
「はぁ?忍たまの制服着てんだし当たり前だろ?」
「それに立花先輩だって綺麗な顔してるしね。ああいった顔つきの人もいるってことじゃない?」
「(顔はどうであれ、肉つきの問題なのだが…。いくら女として育てられたとしても、男ならあんな柔らかいわけがない)……今年はなかなか楽しい一年になりそうだ」
「もー、僕の顔を使っての悪戯は勘弁してよ」
「俺にも迷惑かけんなよー」
「まぁ…、善処はするよ」
「「三郎!」」


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