鍛錬バカの段 「では、本気でいくぞ、小平太!」 「おうっ、来い!」 六年長屋の中庭には、新しく仲間になった千秋と、暴君と囁かれている小平太が向い合っていた。 小平太は腕をまくり、臨戦態勢。千秋も口元に笑みを浮かべて姿勢を低く構える。 「千秋、ケガしないといいけど…」 廊下に座って二人の様子を見守っているのは、他の六年生。 千秋が編入してきて、小平太は「千秋の実力が知りたい!」と決闘を申し込んだ。 千秋はつい先月ぐらいまで戦場で仕事をしていたから実力が気になるらしい。 小平太の実力を知る六年の何人かが「止めとけ」と千秋を止めたが、千秋は小平太同様楽しそうに笑って「勝負だ!」と申し込みを受けた。 「小平太、武器の使用はありか?」 「私はどちらでも構わん。楽しければいい!」 「そうか、―――解った」 武器の使用も可能。 袖からクナイを取り出し、正面から小平太に突撃。 伊作が「危ない!」と叫んだ瞬間、小平太は空へと逃げ、落ちる重力を利用して千秋に拳を向ける。 背中をとられた千秋だったが、地面に手をつき、蹴りを繰り出した。 空中で無理やり体勢を変えて蹴りを避けた小平太だったが、頬を軽く擦ってしまい、距離を取ってフッと息をつく。 「凄いな小平太!空中で体勢を変えるなんて思ってもみなかったぞ!」 「千秋こそなかなかいい蹴りではないか。だが、私はそんな軽い蹴りでは倒れんぞ」 「ああ、そうみたいだな。いくぞ!」 そして再び衝突。 「わー…あの小平太と楽しそうにやりあうなんて凄いね、千秋…」 「大体の奴は小平太の威圧感で戦意喪失するんだが、千秋は逆だな」 きっと千秋がケガをするだろうと思って救急箱を用意していた伊作だったが、未だ両方にケガはなし。 関心しながら呟くと隣に座っていた留三郎は冷静に二人の対戦を見守っていた。 「文次郎より強いかもな」 「それはありえん。確かに洗礼された動きだと思うが、攻撃が軽すぎる」 「確かに。小平太が何発か蹴りを受けているが、あまり威力がなさそうだ」 い組も二人を冷静に見ながら、千秋の実力を分析していた。 小平太に力で勝てるわけがない。だからその小平太相手にどう戦うか気になる。 小平太の攻撃を紙一重で避け、隙があるところに全て蹴りで攻撃を加えているのだが、小平太の表情が苦痛に変わることはない。 「………動きが鈍くなってきたな…」 廊下の奥で静かにお茶を飲みながら観戦していた長次が千秋の変化に気がついた。 小平太は相変わらず楽しそうに戦っているのだが、千秋の額には汗が滲んできており、息も乱れ始めた。 蹴りを食らわせたあと、捕まらないよう距離を取っていた千秋だったが、体力の限界で反応が鈍り、ついには足を掴まれ、空へと投げられる。 「「あ…」」 は組の二人が空を飛ぶ千秋を見て「やばい」と予感した。 待ってました!といわんばかりに小平太は笑い、千秋に向かって自分も地を蹴る。 そこで初めて千秋が「危ない」と眉をひそめた。 空中で拳に力をこめ、思いっきり殴るつもりの小平太だったが、あることに気がつき、殴るの止めて一緒に地面へと落ちた。 落ちた瞬間土埃がその場に舞う。 「小平太、千秋!」 「おい、大丈夫か?」 伊作が救急箱を持って駆け寄り、心配性の留三郎も二人に近づく。 「ッハァ…、ハァ…。……なかなかやるな、小平太」 「千秋こそな!」 地面には千秋が小平太を押し倒して覆い被さっている。 口にはクナイがくわえられており、小平太の首につきたてていた。 あのまま殴っていれば首を刺されていただろう。 「引き分けか?」 「いや……私の体力は限界だ…」 ハァー…。と長い息をついて小平太の上から降り、横に寝転んだ。 伊作が心配そうに声をかけて寄ってきたが、千秋は苦笑して「大丈夫だ」と答えれば、安心したかのように「よかった」と伊作も笑みを浮かべる。 「やはり編入してきてよかった。小平太との鍛錬はなかなか自分のためになるな!」 「おお、私も千秋とやりあって楽しかったぞ!」 「見てた俺らはハラハラしたけどな」 「だね」 へばっている千秋の手を留三郎が掴んで、起こす。 お礼を言いつつ文次郎たちが座っている廊下に千秋も座りこみ、長次がいれてくれたお茶に手を伸ばした。 「しかし千秋、どうして蹴りばかりなのだ?何回か殴ったほうが早い場面もあっただろう?」 「私は見ての通り腕が細いだろう?腕力もなかなかつかなくてな…。だから殴ってもあまり致命的にならない」 「それで威力がある蹴りか。なかなかいい判断だな。私も見習うかな」 「仙蔵は足癖悪そうだな」 「何か言ったか、文次郎」 黒い笑みを含んだ視線をむけると、サッと視線を反らして口を閉ざす。 「殴ったあと腕を掴まれたら抵抗も難しいな。特に小平太みたいな力がある敵を相手にすると…」 「へー…色々考えて戦っているんだね」 「当たり前だろう、伊作!戦場になったら自分の命は自分で守らないといけないんだぞ!日々鍛錬だ!」 生き生きとした目で語る千秋に、伊作は「ケガには気をつけてね」と苦笑。 今回は両方にケガがなかったが、小平太は何度も蹴りを受けたし、千秋は何度か危ないめにあっていた。 そんな二人の組手を見るのは少々心臓に悪い。 「……千秋は、鍛錬が好きなのか」 先ほどとは打って変わり、まったりとした時間が流れる中、長次がボソリと呟くと、千秋は楽しそうな笑みで長次に顔を向けた。 「ああ!強い忍者になるには鍛錬を怠ってはいけない!何をするにも自分を鍛えることを意識しないと時間が勿体ないと思わないか?」 「解るぞ、小鳥遊。食事するにも、睡眠を取るにしろ、常に己を鍛えておかないとな。何が起こるか解らないのが忍者だ」 「解ってくれるか、文次郎!そうなんだ、常に最悪の事態のことを考えて己を鍛えている。だから、小平太との組手はなかなか鍛錬になった。また頼む!」 「私も千秋との組手は楽しかったぞ。もうちょっと続けたかったが」 「す、すまない…。体力不足は私の失態だな…。よし、今度の課題にしよう」 「文次郎とは話が合いそうなほど千秋も鍛錬バカだな」 「…小平太ともな」 「んー…頑張るのはいいけど、休息も大切なこと忘れないでねー」 「よしっ、千秋、今度は俺と勝負だァ!」 「留三郎とか!よかろう、勝負だ!」 その日は日が暮れるまで、疲れ果てるまで拳を交えた。 「やはり男は拳で語るのが一番だな!」 「なはは!千秋は蹴りばかりだがな!」 「今度は武器ありで戦うか?勿論勝つのは俺だがな」 「何をぬかす、文次郎!俺に決まってるだろ!」 「貴様ら、するのはいいが汚れた手で私に触るなよ」 「もー…治療する子が増えちゃったよー…」 「伊作、諦めろ…」 ボロボロに汚れ、息をするにも辛そうに横たわる千秋だったが、その顔は満足そうだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |