夢/とある子供の我儘 | ナノ

い組の二人との段


「やあ、文次郎」
「お…おお…」


千秋が女だと知って以来、前のように接することができなくなってしまった男がここにもいた。
女だと知る前は、朝も昼も夜も遠慮することなく、組み手をしていたが、今は組み手どころか、挨拶もまともにできない状態。
こんな態度ではダメだ。逆に千秋を傷つけてしまう!
そうは思っているものの、目の前で笑っている千秋を見ると自然とぎこちない態度をとってしまい、今日も目を合わせることができなかった。
それは、恥ずかしいなんて感情ではなく、申し訳ないという気持ちからくるもの。


「ど、…どこか行くのか…?」
「…。いや、特には。自室に戻って予習復習をしよう思っている」
「そうか……」


文次郎の中には規則があった。
何事も真面目にやること。自分を甘やかさないことなどなど…。
その規則の中に、「女性は絶対に殴らないこと」というものがある。
これは文次郎の父親がそうだったから、そういうものだと思っていた。母親どころか、力のない子供の自分たちを殴ったり、叩いたりすることはなかった。
それに最近、力が付き始めてから知ったことがある。
女性は力において男性に勝てるわけがない。その女性を力でねじ伏せるなど言語道断。許されることではない。
少しの間違いで、子供を産めなくすることだってできる。それだけの差がある。もし殴ったり、叩いたりすることがあれば、嫁にする覚悟が必要となる。
だから、本気で千秋と組み手をしていたなんて最低だ。女性に手をあげたうえ、何度か身体に拳を食らわせ、打撲させたこともあった。
千秋が望んだこととは言え、真面目な文次郎は「女性は絶対に殴らないこと」の規則を破った自分が許せない。
そして、申し訳ないといつまで千秋の顔が見れないのであった。


「文次郎」
「っなん、だ!?」
「どうだ、最近」
「最近…?」
「鍛錬だ、鍛錬」


最近、お前と鍛錬をしてないからな。と寂しそうに微笑む千秋を見て、さらに罪悪感に襲われる。
千秋が嫌味を言う性格でも、ねちねちと責める性格でもないことは、短い期間ではあるが知っているつもりだ。
だが、どう答えていいか解らない。どの言葉も不正解のような感じがして、言葉が詰まってしまった。
文次郎の反応を見た千秋は口元だけに笑みを浮かべ、「邪魔したな」と言って横を通り過ぎる。
留三郎や伊作のは組二人は、もう前みたいに千秋と接している。
遠くで三人が楽しそうに笑う姿を見て「羨ましい」と思ったが、それと同時に自分には無理だと諦めた。
諦めたものの、やはり悲しそうな本人を前にすると、諦めることができなくなった。


「(じゃあなんて声かけるんだよ…!留三郎や伊作みたいに騒げねぇし、小平太みたいに鍛錬に誘えねぇ…)」
「そうだな、じゃあ団子屋に誘ってはどうだ?」
「…………お前……、いつから俺の後ろに立っていた」
「今だ。因みに、二人の様子は最初から見ていた」
「ちっ…!」


六年間も同室でいれば相手の心を読めるようになれるのか、文次郎の肩に腕を乗せてニヤニヤと笑いながらアドバイスをするのは文次郎と同室の立花仙蔵。
下級生のころは突然現れる仙蔵に驚いていた文次郎だったが、六年生にもなると慣れてしまって、驚くことなく普通に会話をする。


「私に後ろを取られるなんて鍛錬が足りんな」
「うるせぇ…」
「で、千秋と仲良くなりたいのだろう?あいつは団子が好きみたいだから団子屋に連れて行ったらどうだ?きっと喜ぶぞ」
「俺が甘いもん苦手なの知ってるだろうが…」
「お前が苦手であろうとも、千秋は喜ぶ。少なくとも、今の関係よりマシになると思ったのだが」
「……」
「はぁ…、お前は酷い男だな。自分が苦手なら他人と付き合うのを止めるのか?それでは就職してから大変だぞ。まずは自分が相手に合わせてだな「あーもう、うるせぇえええ!」


今、仙蔵が自分で遊んでいることは解っている。だが、一理ある。
千秋と前みたいに戻りたいと思っている。もう一緒に鍛錬はできないが、千秋と一緒にいると知らないことを知ることができる。なんたって前まで戦場で活躍していたのだから。
何より、これぐらいで動揺してしまう自分が情けない!
仙蔵の言葉を遮り、自室へ向かっている千秋を追いかける。その後ろから仙蔵が笑いを堪えながらついて行く。


「千秋っ」
「文次郎?…と、仙蔵。どうかしたか?」
「だっ…、団子…食わんか!?」
「団子?」
「団子だ!」


解りやすいような、解りにくいような真っ直ぐなな言葉。
緊張しているのか、文次郎の身体には無駄な力が入っており、顔は赤く染まっていないが、耳は真っ赤に染まっていた。
後ろにいた仙蔵はすぐに気づき、声に出さないよう笑ったあと、ゴホン…と咳払いをして文次郎の隣に並んで千秋に声をかけた。


「今から団子を食いに行かんか?千秋は団子が好きだろう?」
「あ、ああ…。好きだが…。その、いいのか?」
「構わん。どうせ文次郎の奢りだからな」
「仙蔵!?」
「何だ、違うのか?千秋と久しぶりに会話がしたいとかなんとか言ってただろう?」
「そこまで言ってない!俺はただ、前みたいに千秋と………」


そこまで言って、千秋に視線を向けると、目をぱちくりさせて自分たちを見ていた。
しかしすぐに笑って、二つ返事。


「今すぐ着替えてくる!」
「ああ、門の前で待っている」
「解った!」


留三郎や伊作に向けていた笑顔を、自分と仙蔵に向けたのを見て、ようやく身体に入っていた駄な力が抜けていった。
仙蔵は笑いながら文次郎と一緒に自室へ戻り、私服へと着替えて門前へと向かう。
自分も何かをきっかけに、千秋と元通りになりたかった。
仙蔵にだって怖いものはあるし、解らないものもある。
今回初めての体験に、どうしたらいいか色々と考えていた。と言うか、何故、女装の着つけをしているときに気づかなかったと自分を批判する。
文次郎や小平太ほどではないが、自分も千秋と組み手をして、何度かあの身体に拳を食らわせたことも、組み敷いたこともあった。
自分も文次郎同様、女性に手をあげるなんてしたくない。例え敵であっても、したことなかった。
ショックではないが、少しモヤモヤしていた仙蔵だったが、最近になってようやくふっ切ることができた。
文次郎を使い、自分も元に戻ろうと考えついたのは、先ほどの二人のやりとりを見てから。


「(我ながら性格の悪いことを)」
「文次郎、仙蔵!」
「お、おう」


門前で待っていると、私服に着替えた千秋が走ってやって来た。
男装しているが、女性と知ってからは女の子にしか見えなくなってしまい、文次郎は露骨に顔を背ける。
それに大して仙蔵は、意識しないよう感情を押し殺し、「早かったな」と声をかけた。


「忍者は早着替えも必要だからな!」
「それもそうだな」
「仙蔵と文次郎も早いな!」
「私たちは部屋が近かったしな」
「私の部屋は一番遠いからなぁ…。ところで、どこの団子屋に行くのだ?」
「尾浜から美味しいお団子屋を聞いてな、委員会の後輩たちと行ったのだが、なかなか美味かった。そこへ行こう」


詰まることなく、流れるようなやり取りをする仙蔵を見て、文次郎はただただ感心する。
仙蔵は相手に合わせ、会話を続けることが得意だ。嘘はそれ以上に得意で、何度も騙されたか…。
昔のことを思い出していると、「文次郎!」と笑顔の千秋がこちらを向いて、ビクリと身体が飛び跳ねた。


「奢りだから遠慮はせんぞ!」
「あ……ああ、構わん」


千秋を傷つけてしまった謝罪を込めて、奢ることにした。
嬉しそうに笑う千秋にちょっとずつではあるが、平常心を取り戻すことができて、三人で評判のいいお団子屋さんへと向かう。
会話は主に仙蔵と千秋。時々仙蔵が文次郎をからかい、千秋が笑う感じで森を歩き、お団子屋さんへと到着した。
お客は誰もおらず、ゆっくりと用意された椅子に座ることができた。
その際も文次郎は、どこに座るか考えてしまう。
千秋の横に座っていいものだろうか…。女性の隣に座るのは抵抗がある。だが、ここで避けて座ると、また千秋を傷つけてしまう。
五年の雷蔵並みに色々と考え、悩む文次郎を千秋は不思議そうに見ていたが、心が読める仙蔵は呆れながら溜息を吐いた。


「千秋、悪いが隣を空けてやってくれるか?」
「隣?解った」
「文次郎、つっ立ってないで座れ」


千秋の隣に人が一人座れるだけの空きを作り、仙蔵が声をかけてあげると、ロボットのようにぎこちなく動きながら千秋の隣に腰を下ろした。
それでも腰が引け、距離を感じるが、千秋は満足そうだった。
文次郎、千秋、仙蔵が横に並んで座ると、お店の人がお茶を持って来てくれた。


「千秋、どれが食べたい?これなんて美味いぞ」
「ではそれを頂こう!文次郎もどうだ?」
「あ、いや…。俺は……」
「どうした?」
「気にするな千秋。それより遠慮せず、食べたいものを食べたいだけ頼め」
「ああ、そのつもりだ」


仙蔵と千秋はなんだかんだ言いながらも元通りに戻れていた。
会話も前と変わらない。


「(相変わらず器用な奴だな…)」


仙蔵は何もかも優秀だ。人との付き合いだって完璧。外面だっていい。
それに比べて自分は…。と、一度マイナスなことを考えてしまい、すぐに首を横に振った。
人は人、自分は自分。苦手なら努力すればいいだけの話だ。


「どうした、文次郎。食べんのか?」


だから、千秋との関係を元に戻すため、頑張っている最中なのだが、これだけは無理だった。



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