兵助の初めての恋の段 「千秋先輩」 「兵助」 忍たまの制服から、私服へと着替えた五年い組の久々知兵助は、学園門前で姿勢よく立っていた千秋を呼ぶと、彼女もまた名前を呼んで顔をこちらへ向けた。 お互い初めて私服を見るわけではないが、やはり制服のほうが見慣れているため、特に兵助は目のやり場に困った。気恥ずかしい。 「すみません、委員会が少し遅くなってしまって…」 「いや、気になるな。私が誘ったんだし」 「いえっ、だからこそお待たせするのは失礼かと…」 「ははっ!兵助は本当に真面目だな」 「……め、面倒ですか?」 「面倒?」 「あの…、俺は別にそんなつもりないのですが、真面目すぎて融通が利かないとよく言われまして…」 「不真面目より真面目のほうがいいだろう?」 何を言っているんだ?と言い、首を傾げる千秋を見て、兵助は言葉が詰まった。 それほど仲のよくない友人からは「真面目すぎて話しかけづらい」や「融通がきかない」と言われ、時には「表情がなくて怖い」「何を考えいるか解らない」などとよく噂されている。 自分ではちゃんと感情を出しているし、普通に笑ったりする。真面目すぎることもない。いや、勉強をしに来ているんだから、真面目にして何が悪いのか解らない。 こうやって彼らの言葉を気にして、考えている時点で真面目すぎるんだろう。考え、最後には自嘲してしまう。 「私は、三郎より兵助のほうが好きだぞ?比べるのは失礼な話だがな」 「……ありがとうございます」 だから、こうやって自分を受け入れてくれる千秋が好きだ。 勘右衛門や三郎たちと同じ人たちなのだと、安心できる。このままの自分でいいんだと。 「それより早く行くぞ。私は少し腹が減った!」 「はいっ!」 先日、女だと言うことが六年生にバレてから、千秋は精神的に参っていた。 どうしたら前みたいに戻れるんだろうと悩んでいるときに、兵助に相談し、背中を押してもらった。 そのときのお礼をしたいと、放課後町へと誘った。 最初は遠慮していた兵助だったが、千秋がどうしても!と言うので、早めに委員会を終わらせ、私服へと着替えてやって来た。 「美味しい豆腐屋さんができたと言ってたな」 「そうなんですよ!評判いいみたいで、ずっと行ってみたいなぁって思ってました!」 「では今日はそこにしよう。勿論私が奢るから好きなだけ食べてくれ」 「しかし…」 「豆腐は嫌いか?」 「大好きですッ!」 「ならば遠慮するな。それに、後輩は先輩に甘えるべきだ」 今までプロの忍びの世界を生きてきた千秋は、先輩、後輩という関係性を知らなかった。今までは部下や上司といった関係だけで接してきたから。 だけどこの学園へ来て、先輩後輩の関係性を学んだ。 先輩は後輩たちの目標であるべく存在。でも時には振り返って手を差し伸べることも必要。 六年生の彼らを見て学んだことだった。だから自分もそうなりたいと思って、後輩たちを可愛がっている。 年が一つしか変わらない彼らを甘やかし、可愛がる必要はあまりないかもしれないが、千秋は平等に可愛がっている。 千秋の発言に、兵助は嬉しそうに笑って「ありがとうございます!」と素直に千秋に甘えた。 兵助の真面目な性格は自分に合っている。素直に甘えるところも可愛い。 平等とは言ったが、千秋は明らかに兵助を一番可愛がっていた。 思わずつられて笑顔になる千秋。 「(本当に女性らしい…)」 最初は千秋のことを、「女」「男」として見ていなかった。彼女という存在を見ていたから、性別なんてどうでもよかった。 だけど、交流が増えていくたび、千秋が女の子にしか見えなくなっていく。 千秋が女の子に間違えられるのが嫌いなことを知っているので、絶対に口に出すことはない。 それに、 「どうした?」 「いえ、刀を持つ姿がよくお似合いだと思いまして…」 「そうか?それは嬉しいな」 袴姿で腰に刀を差して威風堂々と歩く姿は、とても雄々しい。 凛とした表情も自分たちより大人びて見える。 小さいころから大人しかいない世界にいたからだろうか。 色々なことを考えていると、いつの間にか町へ到着していた。 「兵助、案内してくれるか?」 「お任せ下さい!」 町へ到着すると豆腐への想いが強くなり、緩みっぱなしの口元を引き締め、千秋を評判のいい豆腐屋さんへと案内する。 そこは甘味処と隣同士になっており、買った豆腐を甘味処に置かれている椅子に座って食べていいことになっている。 時間帯がよかったのか、特に込んでおらず、スムーズに購入し、椅子に座って二人して豆腐を頬張った。 「少し…大豆の味が強いな」 「ですね。ですが俺は好きです。大豆そのものの味がして美味しいです!」 「ああ、私も好きだ」 豆腐をこれほど美味しく食べる人物は、兵助以外にはいないだろう。 キャラが変わったかのように喋りながら、そして笑いながら食べ続ける兵助を見て、千秋も思わず笑みがこぼれる。 やはり兵助は素直で可愛い。三郎とは天と地ほど差がある。 「すまない兵助。少しばかり席をはずしていいだろうか?」 「どうかされましたか?」 「伊作たちに土産を買って帰ろうと思ってな」 「あ、なら俺も付き合います」 「構わん。もう何丁か頼んでいるから食べててくれ。兵助なら食べれるだろう?」 「勿論です!」 「ではな。すぐ戻る」 「行ってらっしゃい!」 無邪気に笑いながら千秋を見送り、一人になった兵助は黙々と豆腐を食べ続けた。 一人で食べることは好きだし、一人で行動するのも慣れているので、一人にされても別になんと思わない。 一人で食べるのが苦手もしくは嫌いなのは勘右衛門と八左ヱ門ぐらいだ。違う意味では雷蔵も。 「んー…勘ちゃんたちにも買って帰るかな…。いや、でも…皆そんなに豆腐好きじゃないしなぁ…。こんなに美味しいのに」 ブツブツと独り言を呟いていると、影が差して顔をあげると、一人の男が立っていた。 何でわざわざ俺の前に?と疑問に思ったが、口に出すことなく、ただ見上げていた。 「お前、一人か?」 「え?」 「んなもん食ってねぇで、あっちで一緒に酒でも飲まねぇか?」 「あ?」 男の言葉に理解できず、何度か聞き返していると、どうやら自分をナンパしているらしい。 何故、男である俺を?と首を傾げたが、やっぱり口に出すことなく、適当にあしらっていた。 今、千秋がいないでよかったとも思った。でも、どんな感情でかは解らなかった。 「いいから来いよ!」 「な、何をする!」 強引に腕を掴まれ、連れて行かれそうになる兵助。 手に豆腐を持っていたため、力強く男を拒絶できない。激しく動いてしまうと豆腐が崩れてしまう! 本来なら簡単にあしらえるのに…。そうは思うが、やはり豆腐が大事だ。 「いい加減にしろ!俺は男だぞ!」 「面白い冗談を言う女だな。お前みたいな綺麗な顔をした女なんていねぇだろ」 「あァ!?」 男だと言うのに、女だと言われると腹が立つ。千秋が怒る理由もよく解った。 綺麗な顔立ちをしているとたまに言われていたが自覚はなかった。 女装実習だって、見た目は褒められ、いい点数を貰えるも、態度や仕草がダメだとよく指摘されていた。 だから女に間違えられるなんて絶対にないと思っていた。 どうやって男を退治しようかと考えていると、兵助の腕を掴んでいた男の腕を、誰かが掴んだ。 「私の連れに何をする」 横から入ってきたのは、お土産を大量に買って戻ってきた千秋だった。 男を鋭く睨み、ギリッと掴んでいた手に力を込めると、男は兵助から手を離す。 兵助と男の間に千秋が入り、背中で兵助を庇ってから、「私の連れに何か用か?」と問う。 自分より身長が低い千秋だったが、その背中は大きく、たくましく、安心する。 「何だテメェは!」 「私はこいつの連れだ。用件があるなら私が聞こう」 「テメェに用はねぇんだよ!」 「そうか。なら去れ。私もお前に用はない。兵助、大丈夫か?」 キッパリ言い放った千秋は兵助を振り返り、掴まれていた腕に手を伸ばす。 強く握られていたため、赤くなっていたが、痛みはなさそうだった。 「―――先輩後ろ!」 背中を見せた千秋に男が殴りかかる。 叫び声に、兵助を突き放して乱暴に椅子に座らせ、殴りかかってきた男の拳をしゃがんで避け、喉元にいつの間にか抜刀していた刀を突き立てる。 その際、お土産を地面に落してしまった。 「やる、というなら私も全力でやらせてもらおう」 「っ…!」 「さあ、どうする?」 千秋の質問に男は後ずさり、千秋と兵助を睨みながらその場から去って行った。 町の人たちに見られていたが、千秋が深く頭を下げると元の静かな町へと戻る。 「ふう、土産が台無しだ…。兵助」 「あっ…。はい!」 「すまんな、大丈夫か?」 落としたお土産を拾い、土埃を払ったあと、兵助に近づいて手を差し出す。 今まで見たことのないような優しい笑みと、優しい問いかけに、兵助の心臓は飛び跳ねた。 体験したことのない感情に疑問を抱きつつも、出された手に恐る恐る自分の手を乗せると、強く引っ張られた。 「どこも怪我はないな?」 「な、ない、ですっ…」 「お前ならあんな奴、あしらえただろう?」 「あ…あの…、すみません…」 「……。どうした?やはりどこか痛んだか?私が突き飛ばしたときか?」 ドキドキとうるさい心臓と、熱を帯びる身体。きっと顔が赤くなっているだろう。 そんな顔を見られたくないと、兵助が俯くと、千秋は眉間にシワを寄せて覗きこんできた。 視線が合うと、さらにうるさくなる心臓。 何か答えないと怪しまれてしまうと思うものの、口が自分の思う通りに動いてくれない。 「兵助?」 「ッすみません!ちょっと体調が悪くなったので勘右衛門たちへのお土産を買って、帰ってもいいでしょうか!?」 「そ、それは構わないが…。体調が悪いのか?大丈夫か?」 「はいッ」 「歩くのが辛いなら私がおぶるが「大丈夫です!」 千秋と一緒にいるのが、千秋と話すのが恥ずかしくなって、顔を見ないままお土産の豆腐を何丁か買ったあと、早歩きで学園へと戻る。 千秋が何度か声をかけてきたが、「大丈夫です」のみで、顔を一切見なかった。 学園につくころには、千秋は兵助の後ろを歩くようにして、声もかけないようにしていた。 「千秋先輩、今日はありがとうございました。では失礼します!」 「あ、ああ…。…兵助、辛くなったら早めに伊作に言えよ?」 「はい!」 学園門前につくと、前髪で目を隠し、千秋と視線を合わすのを誤魔化してから挨拶をしたあと、千秋と別れた。 最後まで気遣ってくれる千秋にまた胸がうるさくなる。なんて表現していいか解らない。 十分離れたあと、足を止め、振り返って千秋を見た。 「おお、丁度いいところに。留三郎、伊作、土産だ」 「おー、うまそうな饅頭だな」 「美味しそうだねー。どこか行ってたの?」 「兵助と豆腐を食べて来た」 「また豆腐かよ…」 「豆腐をバカにするなよ、留三郎。あれは栄養価の高い食べ物だぞ」 「あはは、久々知と同じこと言ってる!ねぇ千秋。僕ら委員会も終わったし、これ一緒に食べない?」 「お、いいな。お茶持って来てやるよ」 「おねがーい!僕、部屋片付けてくるねー」 「私は着替えて来よう。伊作、転ぶなよ」 「転ばないよう気をつけるよ」 仲のいい、は組の光景を見て、うるさかった心臓もようやく平常を保ち始めた。 しかし、先ほどの感情とは違うものが今度は襲ってくる。 寂しいような、悲しいような、…少し、腹が立つような…。 「……俺も勘ちゃんたちに土産を渡さないと…」 三人が散って行くのを見たあと、自分も前を向いて歩きだす。 これが恋だと気づくには、まだまだ時間がかかりそうだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |