夢/とある子供の我儘 | ナノ

元通りと企みの段


「ふう…」


今日も一日を一人で過ごした。
つい先日まで一人だったから苦ではないが、少しだけ寂しい感じはあった。
留三郎や伊作たちと出会って、私は変わってしまったんだと自覚したが、それが必要か不要かはまだ解らない。
でも、兵助に言われたように、悩んでいる今の私は成長している途中なんだろう。
そう思うと一人で過ごす時間も悪くないと思い始めていた。


「おや、今日もお一人ですか、千秋先輩」
「三郎か」


放課後、六年長屋と五年長屋の近くにある中庭で鍛錬に励んでいると、三郎が姿を現わした。
三郎は何かにつけ私の正体を暴こうとしくる後輩で、今もまた私をジッと観察してくる。
彼のこういった目は嫌いではない。こっちもバレないようにと身が引き締まるからな。


「最近お一人でいられることが多いですね。あ、七松先輩は別ですが。どうかされたのですか?」
「別になにもない。ただ、あいつらは委員会が忙しくてあまり声をかけてないだけだ」
「そう言えば千秋先輩は委員会に所属されていませんでしたね。よかったら学級委員長委員会へいかがでしょう」
「断る。私は鍛錬に励みたいから委員会に属するつもりはない」
「それは残念ですねぇ…。そしたら四六時中千秋先輩と一緒にいられるのに…」
「三郎は本当に私が好きだな」
「ええ、好いてますよ。本心を隠した人の内を明かすのは、最高に楽しいです」
「趣味が悪い」


ハッと笑って廊下に腰を下ろすと、三郎も隣に座って、いつの間にか用意していた湯呑みにお茶を注いで、私に渡してくれた。
湯呑みを持ったまま空を見上げると、空は朱色に染まりつつあり、遠くで鴉が鳴いていた。


「こういった駆け引きも好きですが、さっさと明かしたらどうですか?」
「もし、明かしたとしたらお前は私に興味をなくしてしまうだろう?」
「千秋先輩が楽しい方であれば、より一層興味は魅かれます。ようするに、そのあと次第です」
「なるほど…」


いつもだったら、遠まわしに嫌味を言ったり、言葉遊びをしたりするのだが、今日に限っては何も出てこず、大人しくお茶を啜った。
三郎も「おかしい」と思ったのか、湯呑みを持ったまま私の横顔を見てきた。多分、少しだけ驚いていると思う。
そうだろうな。ここ最近の私は元気がないからな。


「元気のない千秋先輩とは珍しい…。まるで愛しい人に振られてしまった女性のような顔をしてますよ」
「そうか、そう見えるか?」
「……。ええ。私、そういった女性の顔を見るのは好きですよ」
「そう…見えるのか…」


やはり、寂しいものは寂しいんだろう。
早く留三郎たちと話したい。彼らはゆっくりと私を受け入れてくれているみたいだが、私は待ち切れない…!
居心地がいいんだッ。彼らと一緒に鍛錬に励んだり、学んだり、笑ったりするのが好きなんだ。
本当に女々しい奴だな、私は。いくら小平太や兵助に慰められても、彼らが態度で示してくれないと元気になれない。
今までこんな感情なんてなかったから、どうしたらいいかも解らない。
忍びになることばかり考えていたから、こういった人間として必要なことが欠けていたのを最近感じ始めた。


「では、違う意味で泣かせて差し上げましょうか?」


俯いていると、顔に影が差して、湯呑みをするりと取られてしまった。
コトンと湯呑みを廊下に置いたあと腕を掴まれ、後ろへと倒されてしまい、目の前には悪戯心に火がついた三郎がニヤニヤと笑っていた。
押し倒されたと脳が理解しても、身体がすぐに反応してくれず、当分の間、下から三郎を見上げていた。


「……何をしている」
「あまりにも無防備だったのでつい」
「ついで許されることか。貴様は男を抱く趣味があるのか?」
「千秋先輩が女であれば関係のないお話ですよね?」
「……」
「どうしました?いつものように反論してきたらどうですか?ま、もう無駄だと思いますけどね」


抵抗しようとしたが、三郎が両手首を強く押さえつけているため身動き一つ取れなかった。
後輩相手なら絶対に勝てると思っていた。例え、力であろうとも…。
だがどうだ。本気を出した三郎に、私の力では抵抗することができない。何故だ?


「(私が女だからか…ッ!)」


改めてで実感する事実に、沸々と歯がゆさが湧いてくる。
一年しか違わないのに!たった一つしたの後輩にも抑えつけられるなんて…ッ。


「三郎、離せ!」
「おや…、感情的になるのは初めてですね」
「あまり調子に乗るなよ。悪戯で済む問題ではない」
「ではご自分の力で脱出してみたらいかがですか?つい先日まで戦場で活躍されていたのでしょう?」


今日の私は本当にダメだった。
何を言われても、なんて反論すればいいか全く解らない。
力を振り絞って腕を振り解こうとするも、すぐに床に抑えつけられる。
余裕じゃない私に比べ、三郎はいつまで経っても余裕そうに笑っていた。


「そういった顔もいいですね、そそられます。純粋な子も好きなんですが、反抗的な女性も好きなんですよ」
「だからッ!私は女ではないと何度言わせば解るんだ!」
「しかし先日の女性の恰好は見事でしたよ。私は立花先輩より千秋先輩のほうが魅力的に見えました」
「あ…れは女装実習だ。女になった訳ではない!」
「そうですね、女性に戻ったんですよね」
「違うッ!」
「それも、制服を脱がせば解ることです。暴いて見せると言ったら千秋先輩言いましたよね?「それは楽しみだ」と…」
「クッ…!」


王手。と言うように笑って、私の両手を片手で拘束し、空いた手を制服に伸ばした。
脱がされたらバレてしまう。―――いや、もう六年にはバレてしまったのだし、五年にバレても問題ないかもしれない…。
そう投げやりに諦め、力を弱めた矢先、


「おい鉢屋、千秋に何してんだよ」
「えー、鉢屋ってそういう趣味があったの?」
「留三郎、…伊作…!」


留三郎と伊作が姿を現わし、声をかけて三郎の動きを止めた。
怒っている様子の留三郎と、三郎の行動に驚いている伊作。
二人が現れると三郎は露骨に嫌そうな顔になって、舌打ちをしたあと私を解放してくれた。
すぐに伊作が近づいて「何してたの?」と優しく気遣い、留三郎は三郎に説教をしていたが、三郎はそっぽを向いて聞き流していた。


「千秋先輩が無防備だったからつい」
「ついで男を襲うんじゃねぇよ!驚いたわ!」
「…。千秋先輩は女なんだし、問題はなりませんよ?」
「え、何言ってるの鉢屋。千秋は男の子だよ?確かに女の子らしい顔立ちしてるけど…。僕たち確認済みだし違うよ。ね、留さん?」
「おうよ!解ったら五年長屋に帰れ!」
「冷たい先輩ですねぇ…。そんなに冷たいと下級生たちに嫌われちゃいますよ?」
「テメェにだけは言われたくねぇなァ!」


留三郎が強制的に三郎を追い出し、なんとか危機は回避できた。
…私はな何故あのとき投げやりになってしまったんだろうか…。今思うと恐ろしい。
いや、今はそれより二人にお礼を言わなければ!


「すまない、二人とも助かった」
「ううん、気にしないで。僕たち友達なんだから助けあわないとね!」
「伊作…」
「それより千秋、言いたいことがある」


留三郎の真剣な声に、身体に余計な力が加わった。
姿勢を正して留三郎を見ると、彼は照れ臭そうに目を背けて頭をかきだす。


「い、今まで悪かったな。…その、若干避けてた…」
「……」
「でも嫌いになったってことじゃないからね!ちょっと気持ちを整理していただけで……その…ごめん…」
「悪かった」


真剣な声だったから、「友達を辞めたい」などと言われるんだと思って覚悟をしていたのに、二人揃って頭を下げられ、謝罪された。
その言葉の意味を脳みそで理解すると同時に身体から余計な力が抜け、ハァ…と長い溜息がもれる。
謝罪なんかより、二人と久しぶりに会話できたことのほうが嬉しかった。


「こちらこそすまない。そしてありがとう!」


嬉しくなって二人まとめて抱き締めると、伊作は抱き締め返して、留三郎は「離れろ!」と怒る。
ああ、これも久しぶりだ!今さっきまでの暗い気持ちもあっという間に消え去ってしまった。やはり、言葉より行動だな!


「そうだ。久しぶりに三人でお団子食べに行かない?留さん、委員会はもう終わったんでしょ?」
「ああ。今日はそのつもりで早く切り上げた」
「僕も僕も!もちろん、行くよね?」
「ああ。お前たちと話したいことがいっぱいあるんだ!」


こうして、ようやく私はいつもの自分を取り戻せることができたのだった。


「(まぁ証拠を掴むことはできなかったが、あの表情を見れたのは収穫だったな)」


食満先輩に強制退場をくらい、五年長屋へと戻って屋根へとあがった。
そこは夕日が一望できる場所で、考え事をしているときによく利用する場所。
下では六年の三人が何か話しているが、ハッキリとは聞きとれない。
それでいい。千秋先輩が女だと言うことは、私のこの手で暴きたいからな。他人から聞くなんて楽しくない。
とは言っても、千秋先輩が女なのは確か。解っているが、あのやりとりが好きだから、今まで無理やりなことなんてしなかった。
だけど今日初めて無理やり抑えつけた。一つ上の先輩で、戦場で活躍していた戦忍びとは言え所詮は女。力でねじ伏せるのは簡単だった。


「(呆けた顔も、そのあとの強気な目も……。また見たいなぁ…)」


千秋先輩に女性らしい魅力があるのか?と言われると、答えるのに渋ってしまう。
女性らしい。というより、先輩の雰囲気や性格が好きだ。話していて楽しいと感じる。


「(そしてあの「女」という言葉に過剰に反応するのもよかった)」


六年生と喧嘩をしている今回だからかもしれないが、千秋先輩が感情的になった。いつもは冷静で、適当に私の言葉を交していくのに、だ。
何故あの人が過剰に反応し、拒絶するのか解らないが、あのときの目は今までのどの目よりも興奮した。
真っ直ぐ見る目が揺らいだあの目。女に戻ったとも思った。


「ま、あれぐらいで取り乱すなんてまだまだ子供だな、千秋先輩も」


きっと女だとバレても、千秋先輩なら私を楽しませてくれると思う。
思うし、楽しませてもらおうと思う。その為の弱点も見つけたわけだしな。


「おーおー…、仲がいいことで」


そろそろ門限だと言うのに私服に着替えて学園を出ていく三人を見て、私も自室へと戻って行った。





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