そして進みだすの段 「小平太がああは言ってくれたものの、寂しいな…」 ここに入るまで、こんな感情なんてなかった。忍者に感情は必要ないから。 だけど、いつの間にか留三郎や伊作と一緒にいて笑いあい、小平太や文次郎と鍛錬に励み、仙蔵や長次から色々なこと聞くのが当たり前になっていた。 それがなくなった途端、孤独感が離れない。 私はこの学園に入って弱くなってしまったんだろうか…。この感情は必要だったんだろうか…。強くなるのが目的なのに、色々学ぶのが目的なのに……。こんなはずじゃなかった。 答えの出ない自問自答を、六年長屋の中庭でぼんやり考えていた。 空には満月。とても綺麗な月だ。 「あれ?千秋先輩?」 「…兵助。どうした、何か用か?」 「いえ、厠から帰ってきたら気配を感じたので…。隣いいですか?」 「……ああ、構わん」 五年長屋のほうから顔を出したのは兵助。 気配に気づかないなんて…。ああ、今の私はダメだ。精神的に弱っている。こんなのでは忍者として失格だ…。 隣に座った兵助が私の溜息を聞くと、「どうかしましたか?」と優しい声で聞いてきた。 五年には私が女だとは伝えていない。だから喋ることができないでいると、彼は少し居心地悪そうな態度をとりだした。 「あの、何か失礼なことでも聞いちゃいましたか?」 「違う…。ただ、なんて言えばいいか…」 「…俺、いないほうがいいです?」 「いやいい。そこにいてくれ」 すまないと謝ると、兵助は少しだけ顔を明るくさせた。 兵助は素直でいい子だ。普段は冷静で大人しいが、豆腐のことになると熱くなるところが可愛い。 よく一緒に町にでかけたりもするから、五年の中では比較的仲がいい。 自惚れているつもりはないが、兵助も私のことを慕ってくれていると思う。 「兵助は、その…。信じていた友達に裏切られたらどうする?」 「え?」 「すまない、変なことを聞いた…」 「いえ、そのようなことは…。そうですね、その時はビックリしたり怒ったりすると思いますが、多分許すと思います」 どんな理由か解りませんが。とつけたし、彼も月を眺めた。 「そうか、兵助は優しいな」 「そうでしょうか?友達なら当たり前だと思うのですが…」 「友達か…」 「喧嘩、されたのですか?」 「みたいな感じだ」 苦笑して答えたのに、何故か兵助が悲しそうな表情を浮かべた。 「でもきっと仲直りできますよ!」 「ああ、ありがとう兵助。そう言ってくれるだけでも嬉しいよ」 「だって千秋先輩たち六年は仲がいいではありませんか。今はまだ謝りにくいかもしれませんが、この壁を乗り越えたら、きっと強くなれると思うんです」 「…強く…か」 「人は壁に当たって強くなるんです。壁を登る段階が人を成長させるんです。だから、今こうやって考えてる千秋先輩は昨日より確実に強くなってますよ」 普段見せない優しい笑顔で励まされ、思わず目頭が熱くなってしまった。 単純かもしれないが、兵助のその言葉に救われた。 いや、小平太に救われ、兵助に背中を押してもらった感じだ。 「すまない兵助、気を使わせた」 「いえ。いつも美味しい豆腐を奢ってもらってますから、これぐらい!」 「ははっ、兵助は本当に豆腐が好きだな」 「はい、勿論!」 「でももう夜遅い。私はそろそろ部屋に戻るとするよ。兵助も戻れ。付き合わせてしまって悪かったな」 「いえ、千秋先輩とご一緒できて嬉しかったです」 「私もだ。では、おやすみ」 「おやすみなさい」 先に私が背中を向け、部屋へと戻る。 昨日より少しだけ心が軽くなった。きっと明日から頑張れる…。 何度も小平太と兵助にお礼を言って、その日は久しぶりに深い眠りにつくことができた。 「そう言えば千秋先輩の寝間着姿初めてみた。あとあんな悲しそうな顔も…。……可愛らしかったなんて言ったら、きっと怒られるだろうな…」 ( TOPへ △ | ▽ ) |