女装実習の段 その四 「―――で、今回のビリは伊作か…」 文次郎の溜息混じりの言葉に、留三郎と私は周囲を見渡して伊作探していた。 きっとどこかで転んでいるに違いない…。 留三郎もそう思ったみたいで、そわそわと落ちつかない態度だった。 「心配だな。私が見て来よう」 「じゃあ俺も―――いや待て千秋、帰って来た。おーい伊作ー!」 「と、留さーん…!」 町に探しに行こうと腰をあげると、留三郎に止められた。 視線の先には綺麗だった着物が砂で汚れ、よれよれになっている伊作。 それを着ている本人も満身創痍気味で、助けを求めるよう留三郎の名前を呼んで、倒れた。 「「伊作!」」 「留三郎と千秋が保護者みたいだな」 仙蔵の言葉に小平太が笑っていたが、「笑うってないで助けろ」と注意している場合ではない。 伊作に近づいて見ると悲惨さがよく解る。不運だと聞いていたが、ここまでとは…。 着物はボロボロで髪の毛はボサボサ。足には犬に噛まれた跡があった。 「なんとか秘密を聞きだすことができたんだけど、しつこく誘われてさぁ…。うう、気持ち悪い…!」 「おいしっかりしろ伊作!」 「お水飲むか?」 「う、うん、ありがとう千秋。犬にも噛まれるし参ったよ…」 「実習も終わったことだし着替えるか?持って来てやるからちょっとそこに座って待ってろ」 「ごめんよ留三郎…。千秋も迷惑かけてごめんね」 「気にするな。私はいつも伊作に迷惑かけてる!」 「千秋っ…!」 水を持たせてあげると、その手をギュッと握られ、涙を流しながら何度も「ありがとう」とお礼を言われた。 大したことなんてしてないのに…。ちょっと恥ずかしかったけど、それ以上に何だか嬉しくて笑って伊作の頭を撫でてあげる。 涙目で見上げてくる伊作は本当に可愛い。 「ということだ。仙蔵、着替えさせていいか?」 「ああ構わん。着物は高いからな」 「伊作の心配してやれよ!」 「伊作っくーん、私お腹空いてきたから早くねー」 「……小平太も着替えたほうがいい…。裾が破れている…」 「おお、そうだな!」 小平太はその場で着物を脱ぎ出し、褌姿になった。 すぐに目を背けて伊作の手を取って近くの石に座らせる。 あいつのああいったところが苦手だ!いや、自分を女として見てほしいからではなく、品がない! いくら友人だけしかいないからと言って、外で褌姿になるのはおかしいだろう!? 「ごめんね、千秋。もー…ほんと疲れ、ったあああ!?」 「うわっ!」 伊作の手を取って石に座らせると、石が揺らいで伊作が私に向かって倒れてきた。 小平太のことを考えて油断していたため、咄嗟のことに対応できず、伊作に押し倒されてしまう。 「伊作ッ、千秋ッ!?」 「いっ、たた…。伊作、大丈夫か?」 「ご、ごめん千秋!」 私の胸に顔を埋め、先ほどより涙目になった伊作が謝りながら顔をあげる。 すると言葉を詰まらせ、私の胸をジッと見つめてきた。 もしかしてと思って自分の胸を見ると、サラシが露わになっているではないか…! 伊作が倒れるとき、私の着物を掴んだのだろう。 できるだけ平常心を保ちながら着物を戻すと、伊作の顔から血の気が引いていくのが解った。 「千秋、今の「この間ケガを負ってな!」 「伊作、服。千秋も大丈夫か?」 「ああ、全く問題ない!」 「いや、そっちのケガのほう。鍛錬に励むのもいいが、ほどほどにしとけよ」 ぽんぽんと頭を叩いて、伊作に私服を渡す留三郎。 よ、よかった。バレてはない! 伊作がチラチラと私を見てくるが、気にしないようにしよう…。 それとも伊作にはバレてしまったのだろうか…!それは困る!せっかく仲良くなれたのに…。 「今伊作っくんの声がしなかったか?」 「小平太、早く上も着ろ…」 「どうせ転んだんだろ。お前は本当に不運だな」 「留三郎だけでなく、とうとう千秋にまで不運がうつったか。さすが伊作だな」 でも幸いなことに伊作と留三郎にしか見られてない。 あとの四人は伊作の悲鳴を聞いて私たちに近づいてきた。 伊作が不運なのは知っているが、私まで巻き込まれるのは勘弁してもらいたい…。 いや、ケガですむならそれでいいのだが、女をバラされてしまうのは止めてもらいたい。…違う、私が油断していたからだ…。伊作は悪くない。 だが、伊作の近くにいるのは危ないと思い着物を整え、仙蔵の元へと向かおうとすると、後ろからまた伊作の悲鳴が聞こえ、そのあと背中に衝撃が走る。 「お、おい大丈夫か!?」 「――うっ、伊作…!」 「鼻打ったーっ。ごめんよ千秋!」 どうしてか…、伊作に背中から押し倒され、胸を強く打ちつけた。 息が一瞬止まり、打った額を擦りながら起き上がって、背中の伊作に文句を言ってやろうと思ったが、その場の雰囲気が変わったのが解った。 伊作に背中の襟を掴まれ、そのまま引っ張られてしまったせいで、整えたはずの着物が乱れ、サラシまで解けてしまった。 そのせいで、今度はサラシではなく自分の胸が晒されてしまった。 「千秋?え、皆もどうしたの?」 仙蔵は相変わらず冷静に私を見ている。きっと今の状況を処理しているのだろう。 文次郎は首から徐々に真っ赤になっていき、すぐに顔を反らす。 小平太は満面な笑みを浮かべていた。 長次はすぐに視線を反らして、留三郎は真っ赤になりながらも目が離せない状態。 すぐにサラシで胸を隠したが、ドキドキと心臓が跳ねる…。 「こ、これは…っ!」 なんて言い訳すればいいのか全く思い浮かんでこなかった。 もう素直に女だと言うべきなのだろうが、その考えすらも浮かんでこない。 とにかく何か喋らないといけないと思って口を開くも、何も出てこない。 情けない話だ。女だとバレないよう気をつけていたのに、いつの間にか同級生の前で警戒を解いていた。失態だ…。 顔を歪め、俯くと影が差して肩に何かがかかった。 かけられたのは長次の私服、目の前には長次と仙蔵。 「…千秋、とりあえず着ろ」 「長次…」 「話はあとで聞こう。まずは帰宅が先だ」 そう言って先を歩き出す仙蔵に、文次郎もついて行く。 小平太は私に駆け寄ってきたが、長次が首根っこを掴んで先を歩き出した。 「千秋…その…」 「行くぞ、伊作」 「あ、留さん…」 伊作が声をかけようとするのを、まだほんのり赤い顔をした留三郎が止めて、歩き出す。 私は長次の服を着て、彼らからかなり距離を取って学園へと戻ることにした。 もしこれで彼らから変な目で見られようと、彼らは悪くない。 女なのに忍たまにいるのがおかしいんだ。 ………だから、女に生まれたくなかったんだ…。どうして私は女なんだ…! 自然と溢れた涙を拭い、彼らになんて説明するか考える。 だけど説明を考えながら、どうすれば彼らに嫌われないですむか考えてる女々しい自分がいることに気づき、学園に帰るまで何度か自分の頬を叩いた。 ( TOPへ △ | ▽ ) |