女装実習の段 その三 「長次、今回の課題はなんだっけ」 「…何でもいいから男の秘密を聞きだすこと。だ」 町へ向かいながら目の前を歩いていた小平太が課題について長次に聞いた。 長次はいつもと変わらない様子で説明してあげると、さらに前を歩いていた文次郎が呆れるような顔で小平太を見ていた。 小平太は人の話を聞くのが苦手だからな。だが、長次の話になるとちゃんと聞くのは何故だ。 「私にかかればすぐに終わるな。しかし、全員が終わらないと帰れないから早く終わらせろ。特に文次郎と小平太」 「ああ、勿論だ!」 「ギンギンに頑張るぞ!」 「お前ら、返事だけはいいな…」 仙蔵は六年の中で一番優秀だ。それに一番女装も似合っている。さすが作法委員長! きっと今回もすぐに終わらせるんだろうが、全員が終わらないと帰れないので、小平太と文次郎に何度も「しっかりしろよ」と注意する。 どうやら毎回遅いらしい。二人とも可愛いし綺麗なのにな…。きっと私のほうが似合ってないと思うぞ。 「しかし町までこの恰好で行くのは辛いな…」 「千秋、歩きにくそうだけど大丈夫?」 着物なんて幼いころからも着ていなかった。もっぱら袴だ。 それに乱れやすい。大きな動作もできない…。もし今襲われたりしたらどうしようか…。そればかり考えてしまう。 「き、着物は慣れてなくてな…。伊作は私より慣れてるな」 「まぁね」 「でもお前女顔なんだし、女装して内部偵察とかしてたんじゃねぇの?」 留三郎の素朴な疑問に、言葉を詰まらせる。 女として、くノ一としての仕事も多く依頼されていたのだが、私はそれらを全て断った。「くノ一は嫌だ」のそんな子供みたいな理由で。 解っているが、どうしても嫌悪が走ってしまう…。 私は忍者なのに、みなが私をくノ一として見てくるのが嫌いだ。 「その仕事は全て断っていた」 「あ…。い、今の失言だったか?悪い…」 「いや…。私もすぐ腹を立ててしまう…。悪い癖なのは解っているが、なかなか治せなくてな…。気にするな!」 きっと冷たい言い方だったんだと思う。 それに気付いて留三郎がすぐに謝ってきたので、気にしないように笑って流すと、ほっとした顔で「ごめんな」とまた謝ってくれた。 伊作も優しいが、留三郎も優しいな! 「千秋ー、歩きにくいなら私がおぶってやろうか?」 「しかし、そうやって甘やかされるのは嫌いだ」 女扱いされても、私の気持ちに気づいて留三郎みたいに謝ってくれるのはなんとも思わない。 だが、小平太みたいに私の気持ちを無視されると腹が立つ。 というか小平太は最近私を女扱いしすぎだ! 前に「女扱いするな」と言って文句を言ったのだが、彼は首を傾げるだけ。きっと無意識なんだろう。たちが悪い! 「………無理だけはするな」 「無理はせん、大丈夫だ」 「―――うひゃあああ!いっ…たた…」 「…小平太、私より伊作をおぶったほうがよくないか?」 「そうだな!伊作っくん、大丈夫か?」 「だ、大丈夫ー…」 それに私より伊作のほうが大変そうだ。 先ほどから何度か転んでいる。着物が破けないだけマシだが、こうも転び続けるとケガしてしまうぞ? だけど何度も転んで半泣き状態になった伊作を見ると、やっぱり疑問に思ってしまう。 「仙蔵、やはり伊作は女なのではないだろうか。凄く可愛いぞ」 「残念ながらついている」 「そうか…。伊作のドジっ子ぷりはなかなか胸にくるな!」 「衣服が乱れたら尚のことよしだな」 「ちょ、ちょっと仙蔵、千秋。変なこと言わないでっ…うわあああ!」 「伊作ぅううう!」 「ドジっ子な女の子は可愛いな!」 「私には到底真似できないことだな」 「…ドジっ子っていうレベルじゃねぇだろ」 最後に文次郎が突っ込みを入れて、目的地の町へと辿り着いた。 たくさんの商人が行き交う町で、色々な人がいる。 町の様子を近くの森から覗き見て、自分の身だしなみを整える。 「伊作、町に入る前に化粧し直すか?」 「留三郎、私も手伝うぞ」 「ごめんよ、留さん、千秋…」 「先生方が隠れながら採点をしているから嘘はつけんぞ」 「バカタレ。忍者が嘘などつくか」 「よーし、今回も文次郎より早く終わらせてやる!」 「私も頑張るぞ!」 「ぼ、僕はケガしないようにしないと…」 「長次、私たちは一緒に組まないか?」 「構わない…」 「では解散」 仙蔵の言葉で終わり、私たちはそれぞれ町へと入って行った。 早く終わらせて着物を脱ぎたい!あとやはり私には女装は向いていない! 「もし、そこの殿方」 伊作に言われた「女らしさ」を意識し、優しそうな男を見つけて声をかける。 伊作たちがいないから恥ずかしくもない。よし、さっさと終わらせてやる! 「ほう…、私が一番ではないとは初めてだ」 「女装は苦手だが、駆け引きは得意だ」 早く終わりたいからの一心で、最初に声をかけた男からさっさと秘密を聞き、適当に流して集合場所へと戻ってきた。 それから少しして仙蔵が戻ってくると、驚いた顔で私を見た。 「早く着物を脱ぎたいから終わらせただけだろう?」 「そうとも言う。しかし仙蔵はやはり早いな」 「この顔立ちのおかげで、昔から女装に関して優秀だ」 「……男なのにイヤだと思わないのか?」 「思わない。忍者なら、利用するものは全て利用したい。これが武器となるなら私は嫌だと思わない」 「そう、か…」 笑って髪の毛を触る仙蔵の仕草はそこらへんにいる女の子より品があり、綺麗だった。 慣れてる仕草なのか、違和感もない。自然だ。 それに比べて私はどうだろうか。髪の毛の手入れは滅多にしないし、着物を着ているというのに足を揃えることなく石の上に座っている。 「千秋はどうしてそこまで女扱いされるのを嫌がる」 「………嫌いではないぞ。くノ一も女性ももバカにしているわけではない」 くノ一をバカにしているわけではない。ただ、自分がくノ一になるのが想像できないのだ。 それに自分がなりたいのは忍者だ。男と肩を並べたい。だから女だと言われるとムキになって反抗してしまう。 それにくノ一の考えと私の考えはなかなか合わないということ。 私は鍛錬をして己を鍛えたいのに、彼女たちはあまり探求をしない。(それでも十分強いのだが) くノ一は身体が武器だ。傷つくのを嫌がる。私は平気だ。 そう言った考えが違うと、伝えようとしたが、声を発する前に止まる。 …これは、自分が女であると遠回しに言ってないか? 「どうした?」 「いや……。まぁ、こんな顔だからな、いつも女扱いされるのだ。しつこいと嫌いになるだろう?大体私は雄々しくありたいし、もっと強くなりたい」 「千秋は文次郎と同じく鍛錬バカだな」 「鍛錬は好きだ!身体を動かすとスッキリするし、何より強くなってるって実感できるからな!」 「実家を継ぐため、忍び組頭になるため、か…。私と同じ年齢なのに凄いな、千秋は」 私の隣に座って笑う仙蔵。 綺麗なはずなのに、何だか格好よく見えた。ああ、やはり彼は男だ。 「…すっ、凄くなどない!私より仙蔵のほうが凄いぞ!器用だし、口も達者だし、優雅だし…。私の持ってないものばかり持っていて羨ましい!」 「私はお前のそういった素直さが羨ましいよ。私は少々捻くれているからな」 「っ、あ…!」 「褒められるのが苦手なのだな。これはいいことを聞いた…」 「頼む、私で遊ばないでくれ…。仙蔵が本気を出したら勝てない気がする…」 「ハハハ!」 ( TOPへ △ | ▽ ) |