夢/とある子供の我儘 | ナノ

女装実習の段 その一


千秋は六年になって編入してきた、ちょっと変わった男の子。
変わってるっていうのは、男の子なのに妙に女の子らしい顔と仕草を持っているって意味。
だけど性格は容姿とは反対にとても男前で、仙蔵には「伊作より男らしいな」と嫌味を言われたほど…。ま、僕自身も千秋は男前だなって思うから特に気にしていないけど。
常に忍術のことを考えてて、日々鍛錬に明け暮れる毎日。
だから武闘派な留さんや、ギンギンに忍者している文次郎、体力が有り余っている小平太とつるむことが多い。
そのときにできるケガを治療するこっちの身にもなってほしいけど、楽しそうな皆を見ると強く言えない。

そんな新しい子が入ってきた。
最初はよそよそしかったりしたけど、最近ではすっかり僕たちや忍術学園に慣れ、よく笑顔をこぼしている。
その顔を見るとやっぱり女の子っぽいな。って思うけど、誰も口に出すことはない。いや、詳しくは出せない。
だって千秋は女の子扱いされるのを嫌っている。男なんだから嫌がる気持ちは解るけど、千秋は敏感で態度は凄く解りやすい。
いくら機嫌がよくても、女の子扱いされた途端、あからさまに不機嫌になる。おまけに戻るのに時間がかかる。
普段は僕たちより忍者らしい千秋だけど、このときばかりはただの子供に戻る感じ。


「はぁあああ…」


隣を歩く千秋からは深くて重たい溜息が吐かれ、手には女性用の着物が握られていた。
今日はこれから女装をして町にでかける。
いくら六年とはいえ、変装の初歩である女装は何歳になっても完璧にしないといけないし、必要な術。
文次郎や留さん、長次や小平太も苦手だから文句を言っていたが、大切な実習だ。
仙蔵は綺麗な顔をしてるから得意だし、僕も他の皆に比べたらマシなほう。
千秋だって女の子っぽい顔をしてるんだから得意だろうと思ったんだけど、彼曰く、


「私、女装苦手なんだ…」
「え、そうなのかい?でも前に女として育てられたって…。得意とも言ってなかった?」
「あれは三郎についた嘘だ…」


苦手らしい。
「女の子っぽい顔してるから大丈夫、似合うよ!」なんて言ったらきっと不機嫌になるから、言葉を選んで話す。


「でも女装は大事だから。頑張ろうよ、ね?」
「うう、伊作ぅ…!」


目を潤ませ見上げてくる千秋は、ハッキリ言って女の子にしか見えない。
ちょっと可愛いな。って思ったりしたけど、やっぱり言葉に出さないよう気をつけて、それぞれの部屋へと戻って着替えることにした。
部屋には千秋と同じように重たい溜息を吐いている留さんが座っていて、ぶちぶちと文句を言いながら着物の袖に腕を通し始めた。
でも留さんは小平太に比べてまだマシだよね。綺麗系?そんな感じでまだセーフだと思う。
こんなこと彼に言ったらきっと怒ってしまうだろうから言わないけどね。
苦笑しながら自分も女装していると、少し離れた場所にある千秋の部屋から「いやああああ!」という悲鳴が聞こえてきた。


「今の声って…千秋か?」
「千秋だろうね。どうしたんだろ」


二人揃って廊下に顔を出すと、中途半端に着物に着替えた千秋が仙蔵に引っ張られていた。
千秋は「嫌だ!」とか「これでいい!」とかなんとか叫んでいる。
この叫び声を聞いて文次郎、小平太、長次も部屋から首を出して様子を眺めていた。
小平太はもう少し胸を小さくしたほうがいいと思うよ…。


「もうこれでいいんだ!化粧などせぬ!」
「何を言うか千秋!いくら実習とは言え、化粧もしないとはバカがすることだぞ!」
「バカでいい!しかし化粧はせん!女などには化けぬ!嫌だ!」
「お前が嫌でもこれは授業だ、我儘を言うんじゃない!せっかくこの私が手伝ってやろうというのに貴様はッ…!」
「女装は嫌いなんだ!私が化粧しても似合うはずなかろう!自分で見ていて恥ずかしいわ!」


涙目で悲鳴をあげながら仙蔵に抵抗する千秋。
抵抗するたびに着物が崩れていき、ちょっとだけ色っぽく見えた。
………ど、同級生をこんな目で見るなんて失礼だよね…!
だけどそう思ったのは僕だけじゃなく留さんもで、視線を不器用に泳がせていた。


「似合わんでもやらんと女装の意味がなかろう!文次郎だってしてるぞ!」
「文次郎はしないと女に見えんからするのだろう!?」
「なら自分はしなくとも女に見えるからいいというのか?」
「うっ…!」
「女扱いされるのは嫌いなくせに、自分から「女らしい」発言はするのだな。矛盾しているぞ、千秋」
「ぐぬぬ…。仙蔵めぇ…!」
「さあ大人しくしろ。苦手というなら私が完っ璧にしあげてやる」
「仙蔵には一生口で勝てない気がする…」
「なに、褒めても妥協はせんぞ」
「褒めてなどおらぬ…」


口で負けた千秋は大人しくなって、仙蔵と一緒に部屋に戻って行った。やっぱりというかなんというか…。


「僕たちも仙蔵には口で勝てないよね」
「あいつは話術に長けてるよな。さ、俺も化粧すっか」


他の三人も始終を見届け、部屋に戻って行った。
僕も部屋に戻って鏡を見ながら化粧をするんだけど、…うーん、何度やっても難しいなぁ。
四苦八苦しながらも化粧を終わらせ、留さんと変なところがないか確認して集合場所の門に向かうと、女の人が二人ほど立っていた。
一瞬驚いたけど、すぐに一人が仙蔵だと解って「なんだぁ」と息をつく。仕草も姿も本物にしか見えないよ。


「おお、留三郎。今回は前回に比べてマシになったな」
「適当にしたらお前がうるさいからな。…で、そっちは千秋か?」
「この私が完璧に仕上げてやったぞ。ほら、千秋、留三郎たちにも見てもらえ」
「嫌だ」
「まだ拗ねているのか」
「どうせ笑うに決まっている。私は女らしいのが似合わないからな」


顔を決して僕たちのほうに見せない千秋。
仙蔵がいくら言ってもこっちを向いてくれなかったが、「千秋…」という仙蔵の低い声にビクリと肩を震わせ、ゆっくりと…俯いて僕たちを振り返った。


「くっ…、小鳥遊家の恥だ」
「何をぬかすか、千秋。今のお前は誰が見てもただの町娘にしか見えんぞ」


俯いているからよく見えないけど、仙蔵の言うように、目の前にいるのはただの町娘だった。
変なところなんてない。本当の女の子に見える。


「千秋」
「な、なんだ…」
「よく似合ってるよ!女装でこれほど似合う忍たまって仙蔵と千秋だけじゃない?ね、留さん?」
「あ、ああ…。似合いすぎて驚いたけどな…」
「…っうるさい…。あまり私を見るな…!」


そう言って仙蔵の後ろに隠れる千秋。
耳まで真っ赤になったのを見て、声に出さないよう三人で笑うと、


「やはり私に女装は似合わないんだ!」


と叫んだ。
声に出さないように我慢してたけど、その言葉に僕たち三人は声に出して笑ってしまった。
怒って文句を言ってくるけど、女装が似合わないから怒っているのか、女扱いされるから怒っているのか解らなかった。


「千秋、よく似合ってるよ」
「うるさい!……い、伊作は可愛い…。留三郎と仙蔵は綺麗だ…!」
「当たり前だ、私は完璧だからな」
「そりゃあ嬉しいぜ。ありがとな!」
「……」


留さんの嬉しそうな声に、千秋は驚いたように目を見開き、留さんをジッと見つめた。どうしたんだろう?


「留三郎、「似合ってる」って言われて嬉しいのか?お前男だろう?」
「あん?女装の実習なんだぜ?似合ってるって言われたら嬉しいに決まってんだろ」
「そう、か…。そうだよな…!」
「だからお前も自信持てって。仙蔵が手伝ってくれたんだしな」
「わ、解った!」


そこでようやく笑ってくれた。
照れ臭そうに仙蔵の後ろから出てきて、身なりを整え、残りの仲間を四人で待った。



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