ときめき竹谷くん! | ナノ

百面相の彼


「おい名前、いい加減起きろ」
「んー…もうちょっとぉ…」
「だーもう!毎朝毎朝ほんっとこいつは…!今日こそ知らねぇからなっ。遅刻しちまえ!」


朝から双子の兄である八左ヱ門の怒声が鳴り響く。
二段ベットの下で寝ている妹、名前の布団をひっぺ返して起こそうとするが、名前は背中を向けて起きようとしない。
毎朝のことに八左ヱ門は怒って布団を投げ捨てたあと、部屋から出て行く。
階段を下り、用意されていた朝食をパクパクと胃に運んで、牛乳を一気に飲み干す。
食器を片付け制服に着替えたあと、時計を見る。そろそろ起きないと学校に間に合わない。


「俺は起こした。でも名前が起きなかったから知らない」


高校生にもなって朝が起きれないとは情けない。
自分は悪くないと言い聞かせて玄関に向かったが、踵を返して階段を駆け上る。


「名前っ、起きろ!遅刻すんぞ!もう八時過ぎてる!」
「―――えっ!きゃー!またこんな時間に起きちゃった!」
「早くしろ!ほら、制服!」
「ありがとう、八左ヱ門!と、とりあえずトイレ行ってくるー!」
「早くしろよー!」


あのまま学校に向かえばいいのに、必ず八左ヱ門は名前を起こしてあげる。
遅刻したら反省してきちんと起きるだろうと思うのだが、完全に放置することができない。
だから名前が甘えているのだが、捨てきることができない八左ヱ門。
口は悪いけど、やっぱり名前は可愛い双子の妹。
制服や靴下を用意してあげたあと、靴をはいて玄関に向かう。
玄関の横に置いていた自転車のカゴに鞄をいれ、椅子に座って名前を待つ。


「いってきまぁす!」
「ほら乗れよ」
「ありがとう!」


どたばたと玄関を飛び出し、自転車の後ろに乗る。手には朝食のパン。
名前が乗ったのを確認して自転車をこぎだし学校へと向かった。
そして今日も兄、八左ヱ門のおかげで名前は遅刻することはなかった。


「お前よ、何で初めに声かけたとき起きねぇんだ?」
「だって……」
「明日は絶対ぇに起こさねぇぞ!」
「そう言って起こしてくれるよねー」
「明日は絶対だ。絶対の絶対だ!」


名前も、八左ヱ門が自分を甘やかしてくれるのを解っているから、甘えている。
八左ヱ門も解っている。甘えられ、利用されているのは解っている。だけど、生粋のいい人八左ヱ門は見捨てることができない。


「お兄ちゃん、明日はちゃんと起きるからー」
「そっ、そういうときだけ甘えてくるな!あと、恥ずかしいから腕絡めてくんな!」
「え、嬉しいでしょ?」
「嬉しくない!離れねぇと今日一日口きいてやんねぇからな!」
「えー…。解った…」


学校に到着し、自転車置き場から教室に向かう最中も騒がしい双子。
名前腕を絡めただけで真っ赤に染まる八左ヱ門。
可愛い反応をしてくれる兄で遊ぶのが名前の日課であるが、今日は少し機嫌が悪いらしい。
絶対に嫌うことはないが、怒られるのは嫌なので素直に手を離し、後ろからとぼとぼとついて行く。
悲しそうな顔をする名前を見て、ちょっとだけ良心が痛んだ八左ヱ門だったが、「甘やかしちゃダメだ」と我慢する。
距離をあけたまま一緒に教室に向かっていると、名前の気配が消えて振り返る。


「すみません、前見てなくて…」
「いや、俺こそごめんなー」


離れたところで知らない男と名前が話しているではないか。
無意識に舌打ちをして急いで名前の元へと向かう。
名前と男の間に割って入り、名前を背中で隠して男を睨みつける。


「すみません、俺の妹が」
「え?ああ、妹?」
「八左ヱ門?」
「こいつ朝に弱くてボーっとしてるんす。周りも見ねぇし」
「いやいや、ただぶつかっただけだし…。何もそんな睨まな「では、失礼します」
「ちょっと八左ヱ門っ」


名前の手首を強めに握りしめ、先輩から逃げるようにその場を立ち去った。
掴んだまま教室へ向かい、椅子に名前を座らせてキッと睨み、朝のように怒鳴りつけた。


「何でお前はいっつも危ないことするんだよ!」
「あ、危ないってぶつかっただけじゃん」
「ちゃんと俺の目の届く範囲にいろって言ってんだろ!」
「だって八左ヱ門が離れろって言うから…」
「何かあったらすぐ俺を呼べってこの間も言った!」
「八左ヱ門……言ってること無茶苦茶すぎるよ…。それだと、二十四時間八左ヱ門の横にいて、何かあるたびに八左ヱ門に頼れってことじゃない」
「そうしろって言ってんの!」


勢いのまま答えると口を開けたまま真っ赤になって硬直する。
クラスメイトは「いつものことか…」という空気で特に双子を気にしている人はいない。


「ち、違う…!違くないけど…っ、そうじゃないんだ…!ああ…くそぉ…」


真っ赤になった顔を腕で隠そうとする八左ヱ門。
口では冷たいこと言ったり、きついこと言ったりする。今みたいに無茶苦茶なことを言うけど、全部自分を心配してのこと。
それが解っているからムカついたりしない。
真っ赤になった八左ヱ門の両頬を包み込み、ニコッと笑うと片方の目に涙を浮かべた。恥ずかしさがそろそろ限界突破しそうだ。


「ありがとう、八左ヱ門。じゃあ今日も一緒に帰ろうね?」
「あっ当たり前だろ!帰り道も危ねぇからな!」
「あと、アイス食べたい!」
「お前この間太ったって言ってたじゃねぇか!」
「食べたい…」
「一口だけな!ま、……まぁちょっとぐらい太ってもお前は可愛いけどよ…」
「わーい、ありがとう八左ヱ門!大好き!」
「くっつくなよ暑いだろ!お前にくっつかれても嬉しくねぇっつーの!」
「じゃあ他の人に抱きつく」
「止めろよバカが!抱きつくのは俺だけって前に約束したじゃん!泣くぞ!」
「八左ヱ門に泣かれたら困るから止めときます!」


照れたり、怒ったり、泣いたり…。
短時間で八左ヱ門の百面相を見れるのは名前がいるときだけ。
八左ヱ門の世界は名前を中心に回っているのだった。


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