ときめき竹谷くん! | ナノ

ピュア系わんこ


「名前せんぱーい!」


大きい身体だけで十分目立つというのに、大きい声で名前を呼んで手をぶんぶんと振り回す。
それを見たクラスメイトはクスクスと笑い、私は恥ずかしくなった。見世物じゃないよ…。


「名前先輩っ」
「解ったから大きな声出さないでくれる?」
「だって返事がないから聞こえてないと思って…。すみません」


恥ずかしくてちょっと強めの口調で言うと、振っていた手と幻覚の尻尾を止めてシュンと凹んだ。
わざとかどうか知らないけど、こんな顔されたらそれ以上強く言えない。


「もう…。怒ってないからそんな顔しないでくれる?」
「怒ってないっすか?」
「怒ってないよ」
「よかった!」


パッと顔をあげ、また尻尾を振るから笑われる。
確かに可愛いんだけど、あんた男でしょ?何でちょっとヘタレなのよ。
一応ハチとは恋人の関係だけど、これじゃあ飼い主とそのペットだ。
友達に「忠犬ハチ公」なんて呼ばれるたびに否定してきたけど、最近そうなんじゃないかと思い始める。


「名前先輩、今日はどこ行きます?」
「今日はちょっと勉強したいから図書室行っていい?」
「え?」
「勿論、一年生の君も試験期間でしょ?」
「あはは…」


ハチは身体を動かすほうが好きだ。部活も運動部に所属している。
普段は部活で一緒に帰れないけど、今日から当分は一緒に帰れる。それは試験期間中だからだ。
本当は私だって街に出てデートしたいよ。でも試験は大事なわけでして…。
しかもハチは一年にも関わらずレギュラーをとっている。レギュラーが赤点とったらダメだよねぇ?


「ねぇ?」
「…名前先輩が……教えてくれるなら…」
「勿論そのつもりです」
「え、ほんとっすか!?やった!」
「何で喜ぶのよ」
「だって先輩に教えてもらえるんですよ!?嬉しいじゃないっすか!」


裏表のない性格だから、そんなことを言われてしまえば自惚れじゃなく、素直に喜んでしまう。
廊下で大声出してほしくなかったけど、もういいや…。
足取りが軽いハチを連れて図書室に向かうと、ハチと仲良しの雷蔵くんがいた。
軽く挨拶して図書室の一番奥の机へと向かう。
試験中だと言うのに利用者はあまり多くない。


「名前先輩、俺、どっちに座ったほうがいいですか?」
「どっちって?」
「隣と前!」
「声大きい。別にどっちでもいいよ。ハチが見やすいようで」
「んー…俺としては目の前に座ってる名前先輩も見たいっす…。でも隣に座って匂いかぎたいし…。でも近くてドキドキしちゃうっ」
「そういう意味じゃないから。あと、あんまり喋らないこと。雷蔵くんにも笑われてるよ」
「だって先輩と一緒に勉強とかめちゃくちゃ嬉しいんすもん!」
「解ったから静かに!」
「あの、八左ヱ門、名前先輩。もう少し声小さく…」


ほら見ろっ、雷蔵くんに怒られたじゃないか!
仕方ないので自分の隣に座らせることにして、教科書とノートを取り出す。
ハチも同じように開いたけど、それからどうしたらいいか解っていない顔でただ見ていた。
これでどうやって高校受験に合格したのか…。


「範囲は?」
「えっと…ここから、ここです」
「数学だったら習った公式をきちんと覚えて、基本問題解いて。それをひたすら繰り返す」
「えー…」
「帰る?」
「すみません」


それ以上我儘言ったり、いらないこと言ったら怒るからね。
という気持ちを込めてにっこり笑うと、それを察してくれて、大人しくシャーペンを手にとった。
それから少しの間沈黙が続く。
たまに「名前先輩、教えてください」と制服を掴んで頼ってくるので、そこは丁寧に教えてあげた。
真面目なハチ、ちょっと格好いいじゃん。
元々集中力はあるほうだから、一度集中するとふざけることなく頑張っている。これが何時間も持てばいいんだけど…。


「名前先輩…俺ちょっと休憩します…。頭いてぇ…」
「まぁ…ハチにしてはよく頑張ったほうだし。いいよ」
「漫画あるかな…」
「あるわけないでしょ。はい、飴あげる」
「あざっす!」


持っていた飴をあげると、子供のように喜んで口に含んだ。
私は、休憩するには区切りが悪かったので再びシャーペンを持って問題を解く。
解らないところは先輩に聞こうかなぁ…。
ペンを止めてノートに書かれた問題と睨めっこをしていると、横から視線を感じて振り向く。


「なに?すっごいだらしない顔してるよ」
「え?…し、してました?」
「うん、してた」
「え、っと…。すみません、名前先輩」
「謝るようなことしたの?」


いきなり謝られても…。
でもハチの顔をよくよく見ると、耳まで真っ赤に染まっていた。
何を考えていたんだ?破廉恥なこと?
確かにハチはそういうのが好きだって雷蔵くんや三郎くんから聞くけど、私の前だとそういうことを話さない。
手を繋ぐだけでも緊張するような子だし…。
私もそこまで得意じゃないから、つられて顔に熱が集まった。


「俺……。昨日名前先輩の夢見たんす」
「へっ…夢?」
「はい。しかも図書室で今みたいに一緒に勉強してたんすよ」
「ほー。それ夢じゃなくてデジャヴなんじゃない?」
「えっ!?」


デジャヴという言葉にさらに真っ赤になって驚きの声をあげた。
な、なに?私そんなおかしいこと言った?言ってないよね?


「そのっ…。俺…あの、その夢で…。名前先輩と一緒に本探してて、えっと…あの陰で名前先輩のこと抱いたんす」
「……」
「人に見られるかもしれないっていうのもあって、その…すみません、めっちゃ興奮しました。あ、でも名前先輩すっげぇ可愛かったんで!」
「そんなことわざわざ口にしなくていいよ!」
「った!」


照れ屋なくせにわざわざそんなこと口にする!?しないよね!
しかも……なにそれっ!聞きたくなかった!って言うか、私から聞いたわけじゃないや!
照れ顔でそんなこと言われても、なんか信じれないよ!恥ずかしいならそんな恥ずかしいこと言わないでほしい!
あとわざわざ感想とかも聞いてないからーっ。
頭を軽く叩いて広げていたものを全部鞄に詰め込み、図書室をあとにする。
後ろから私の名前を呼ぶ声がしたが、振り返ることなく靴箱へと足早に向かった。


「名前先輩!」
「うるさい!」
「す、すみません…!俺…、先輩がデジャヴって言うから…その、恥ずかしくなって…」
「このエロ犬!何でそっちを謝るのよ!」
「ち、違うんすか!?」
「違うよ!バカッ」
「待って下さいよ、先輩!」


純粋なのか純粋じゃないのか全く解らない!
男の子なんだからそういうことに興味があるのは解る。解るけど、なんか違った!
あんな可愛い顔でそんなこと言わないでほしい。
解ってるよ。ハチは可愛いけど男の子だってことぐらい。このまま、可愛いままのハチなんていない。


「(だからって図書室であんな爆弾発言する!?)」
「名前先輩っ」


ハチを置いて靴にはきかえ、外に出ると手首を捕まれた。
あんなことを言われたあとだから、身体が無意識に警戒していて、心臓が飛び跳ねる。
振り払おうとしたけど、ハチの力が強くてできなかった。


「待ってください!」
「離して!」
「謝りますから!すみませんっ」
「うん、解った!別に怒ってない!」
「怒ってるじゃないですか!」
「いっ…」


捕まれた手を強引に引っ張られ、近くの壁に押し付けられた。
左右を両手で塞がれ、目の前に少し屈んで私を睨んでくるハチ。
何でハチも怒っているのか解らなかった。いや、私は怒ってない。怒ってないもん!


「じゃあ何で声あげたんすか」
「それは……」
「言い方もいつもよりきついっす」
「…」
「どうしたら許してくれますか…?」


こんな強引なことをしておいて…。怖い目で睨んだあと、すぐに捨てられた犬のような目になるの卑怯すぎ…。


「別に……怒ってないの、これは本当…。ただちょっと驚いて…」
「俺…名前先輩が思っているほど、………純粋な男じゃないっす」
「……」
「可愛い可愛いって言ってくれるのは嬉しいっす。名前先輩になら何言われても嬉しいんです。でも…」


俯いて、私だけにしか聞こえない声で喋っていた。
低い声。見たことない表情…。なんだか戸惑っているみたいだ。
だけど覚悟を決めたのか、一度言葉をきったあと、長い息を吐き出し…。


「俺、男っすよ?」


鋭い目つきで私の目を捕え、ハッキリとした声で伝えてきた。
当たり前のことを言われたのに心臓が早まる。
解ってるよ…。でもハチは可愛いし、照れ屋だし、純粋だし…。
そんな顔を見たいようで見たくなかった…。だから今さっき怒ったんだ。ううん、怒ってたんじゃなくて驚いてたんだ。
だって……こんな格好いいハチなんて知らないもん…。


「何か言って下さいよ」
「…離れて」
「それは嫌っす。離れたら逃げるじゃないっすか」
「もう逃げないよ。私のほうこそごめん」
「……怒ってないです?」
「うん。だから離れて?」


だってもう恥ずかしいじゃない。
こんな格好いいハチが目の前にいると、呼吸がうまくできないもん。
いつの間にか俯いていた私に、ハチが優しく名前を呼んだ。


「名前先輩。離れて欲しい?」
「だから、そう言ってるじゃない」
「じゃあキスしてくれますか?」
「え?」
「名前先輩からキスしてくれたら離れてあげます」
「ちょっとハチ」
「名前先輩、キスして」


顔をあげると、ニヤニヤと笑っているではないか!
わ、私で遊んでる…。あのハチが私で遊んでる!飼い犬に手を噛まれるとはこういうことなのか!


「先輩?」
「調子に乗るなバカハチ!」


こんな、いつ人が来るところでこんなことできるわけないでしょ!
手首は掴まれてなかったのでハチの脇を掴み、くすぐってやる。


「もう当分の間顔見せないでね!勉強、真面目にしなさいよ!」
「ちょ、せんぱっ…!卑怯っすよぉおおお!」


笑い崩れたハチを置いて、校門から逃げ出した。
わんこじゃないハチはまだ当分の間見たくないや!


TOPへ |

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -