ときめき竹谷くん! | ナノ

首輪


もし、八左ヱ門さんと付き合っていなければ、絶対に入らないしお世話にならないお店に入った。
入る前は緊張して、何度か「今日は止めて明日にしよう」と思い、数歩離れてまた戻ってを繰り返してしまった。
ありったけの勇気と気合いをこめ、入ったお店はメンズショップ。
服とか帽子とか鞄とか…。目的であるメンズ用香水も販売しているお店。
当たり前だけど女の子用のお店とは雰囲気も置いているものも全然違って、さらに緊張してしまった。
その場に立ち尽くしていると格好いいお兄さんが笑顔で近づいて「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。


「何かお探しですか?」
「は、はい!あのっ、香水が欲しいです!」


声をかけられて、張り切って答えたけど、張り切りすぎて裏声になってしまった…。
汗がじわりと滲んで「すみません」と謝るとお兄さんは少しだけ笑って香水が置いているコーナーに案内してくれた。
格好いい入れ物に、大人っぽい匂い。少しきつかったけど、これを微かにつけたらきっといい匂いなんだろうなぁ…。
それを八左ヱ門さんで想像すると思わず頬が緩んでしまった。


「これ格好いいなぁ…。でもこっちも格好いい。匂いはどうだろう……八左ヱ門さんにお似合いの香水って…なんだろ?」
「贈り物ですか?」
「はい。えーっと…。大人の男性にお勧めな香水ってどれですか?」


いくつかテスターを匂ってみたけど、どれも八左ヱ門さんに似合いすぎて…。私一人では決められなかった。
だからお兄さんに意見を求めると一緒に悩んでくれた。
定番なのでいくか、お兄さんのお勧めでいくか、女性に好まれそうなものでいくか、


「あとはやはり彼女さんの好みだと思いますよ」
「…彼女って言ってないのに何で解ったんですか?」
「先ほどからずっとニヤニヤされてましたので」
「す、すみません…」
「いえいえ。とても幸せそうなので僕まで幸せになりましたよ」


お兄さんはいい人だ!
苦笑して、もう一度テスターを匂った。
うん、やっぱりどれもいい匂い。この中から絞るのはなかなか…。


「すみません、これください」


時間がかかるとは思っていたけど、思っていた以上にかかってしまった。
が、なんとか決定。そして購入!
お兄さんは始終ずっと笑って、一緒に悩んでくれた。優しい人だ。また来ようと思う。
選んだ香水を包んでもらい、小さな紙袋に入れてもらってお店をあとにする。


「八左ヱ門さんの好みと違ったらどうしようかなぁ…。でもつけてもらいたいな」


そろそろ八左ヱ門さんの誕生日。
大人の八左ヱ門さんに誕生日プレゼントを選ぶのはかなり難しい…。だって、大学生の私が買わなくても欲しいものを買える社会人だもん。
趣味だって……解っているつもりだけど、やっぱりズレとかあるし。
香水も、好みがあるから最初は嫌だったんだけど、私が選んだ香水をつけてくれたら、私のものだって実感できるから…。


「八左ヱ門さんの言葉を借りるなら、「マーキング」ってやつだね」


だって八左ヱ門さん格好いいんだもん。
いつも笑顔だし、優しいし、強いし…。とにかくあんな人がモテないわけがない!
彼女としてはそれが不安なわけですよ。束縛だってしたいと思うわけですよ。
子供っぽい考えだから口には出さず、「お誕生日おめでとうございます。八左ヱ門さんに似合いそうな香水を見つけたので…」って言って渡すけど。
前に「我儘は言っていい。子供なんて関係ない」って言ってくれたけど、私はどうしても気にしてしまう。
気にしすぎてたまに胸が辛くなるけど、これもいい恋をしている証拠だよね!


「八左ヱ門さんの誕生日まで部屋に隠しておこう。バレたら意味ないもんね」


香水が入った紙袋をギュッと握りしめ、軽くなった足で自宅に帰っていると携帯が鳴った。
液晶画面には「八左ヱ門さん」の文字。


「メール?どうしたんだろ」


受信メールを開くと、「課題置いてあるけど大丈夫なの?」という絵文字がない文面が映った。


「………やばい!」


昨日、八左ヱ門さんのお部屋に遊びに行って、課題を持って帰るの忘れてた!
あれは明日必要だから絶対に取りに行かないと!
慌てて「取りに行きます!」と返信して、八左ヱ門さんのアパートへと向かう。
まだ夜中じゃないけど、夜の遅い時間にはあまりお邪魔したくない。毎日仕事で忙しいからゆっくり休んでほしいもん。
息を切らしつつなんとか早い時間に到着し、乱れた髪の毛を軽く整えてベルを押した。


「おー、早かったな」
「すみません、八左ヱ門さん!」
「いや、別にいいって。それより転ばなかったか?」
「はい、それはもう!」
「何もそんな息切らさなくても…。あ、もしかしてすぐ必要だったのか?だったら俺が持ってたのに…」
「違うんです。夜遅くに来るのは迷惑かなって思って…」
「俺は別に構わねぇよ。けど、正解だったな」
「え?」
「もうちょい遅かったら帰す気なかったから」


目を細めて笑う八左ヱ門さんは本気だ…!
格好いいと思うけど、たまに背筋がゾクッとする。
「狼」って言葉は八左ヱ門さんにぴったりだ。
反応に困っているといつもの八左ヱ門さんに戻って、玄関に置いていた私の鞄を掴む。


「ほいこれ、課題」
「…すみません、本当に」
「いやいや。気づいていたのにわざと言わなかった俺も俺だから」
「え……?」
「だって、こうして会える口実が作れるだろ?」


ニコニコと悪ぶれる様子もなく言うものだから、「はぁ」としか答えることができなかった。
なんだか今日も八左ヱ門さんに振り回されてしまう…。
でもそれが嬉しいと思ってしまう。やっぱり八左ヱ門さんが好きだもん。


「そんなことしなくても、言えば会いに来ます」
「ほんとに?」
「嘘なんてつきませんよ」
「浮気中でも?」
「え?」


変わらず八左ヱ門さんの顔は笑っている。ニコニコと、作った笑顔を顔に張り付けている。
「浮気」という言葉に身に覚えがなかったけど、胸がヒヤリとした。
その瞬間、八左ヱ門さんに手首を捕まれ、部屋に強制的に入れられる。
バタン!と少し強めにドアを閉める音がしたあと、今度はバンッ!と音がして身体がビクリと反応する。
壁に押し付けられ、逃げないようにドアに手をつく八左ヱ門さん。まだ笑っている。


「俺、言ったよな。普通の人間より鼻がいいって」
「え……っと…」
「ああでも、鼻がよくなくても嫌でも匂うよ。誰と会ってた?」


張り付いた笑顔のまま、低い声で淡々と聞いてくる八左ヱ門さん。
怒ってる…。もの凄く怒ってます…!
距離をグッと縮めて、「早く答えろよ」と言わんばかりのオーラを放つ。
それに圧されて喋れないでいると、八左ヱ門さんの機嫌はさらに悪くなった。


「に、匂いって…」
「香水。お前の香水じゃねぇだろ。つか、名前香水つけねぇのに何で?満員電車に乗った?それとも合コン中だった?」
「ち、違います…」
「じゃあ何で香水がお前の身体からするんだよ。身体から匂うってことは、香水をつけた男と密着してたっつーことだろ?」


次第に張り付いていた笑顔も消え、余裕もなく怒った表情が私を見下ろす。
浮気なんてしてない。あなたの誕生日プレゼントを選んでたんです。
って言いたい。だけどそれだと折角のプレゼントが…。


「言い訳しねぇってことはやっぱり浮気してたのか」
「ち、違います!してないですっ」
「じゃあ何してたか言えるよな?」
「それは…」
「名前、もう一度聞く。これが最後だ。誰と会ってた?」


最後の質問は優しい口調だったけど、強い圧力を感じた。
嘘をついたらきっと八左ヱ門さんは私とすぐに別れるだろう。それは嫌だ。


「なぁ、泣きそうな顔するなよ。俺のほうが泣きてぇのに」
「………っ…誕生日、プレゼントを…」
「…は?」
「八左ヱ門さん、…今度誕生日だから……。そのプレゼントを選んで…。香水……」
「……え?俺の…?は?」
「ごめんなさい…」
「ええええ!?わっ、ちょ、っ、あ、待って!たんまたんま!」


今度は顔を真っ赤に染めて、慌てて私から離れた。
色々言ってたけど、私はその反応を見ることができなくて、俯いていた。
誤解を解くことはできたけど、サプライズにはならなかったし、こういうことで渡したくはなかったな…。
もうちょっと私に演技力とか、対抗できるだけの口があれば……。今さらだけど。


「っ名前!ごめん!俺なんか勘違いしてた!」
「……」
「名前ちゃーん!許してくれー!」


慌てた様子で私を抱きしめ、力を込めて謝り続ける八左ヱ門さん。
こんなところは幼くて可愛いと思うけど、今はそう思えなかった。
はぁ…。フライングであげるのは少し嫌だけど、バレたらもうしょうがないよね…。


「八左ヱ門さん。早いですけど、これ誕生日プレゼントです」
「ごめんな名前!本当にごめん!でもプレゼントはすっげぇ嬉しいから!」


凄く気を使ってくれて何度もお礼を言うけど、私のテンションはあまりあがらなかった。
…………でも…。今さっきの八左ヱ門さんは怖かったけど、今思えばあれは嫉妬だよね?嫉妬したんだよね?
それを思うとバレてよかったかな?
嫉妬してくれるなんて…。不謹慎だけど嬉しいなー…。八左ヱ門さん、私のこと好きなんだって実感できる。嬉しい。


「俺これ毎日つけるから!」
「八左ヱ門さん」
「な、なんでしょうか!?」
「それ、お店のお兄さんと一緒に選らんだものなんです」
「―――……」
「嫉妬しますか?」


いつもはこんなこと言わない。こんな誘い文句、絶対に言わない。
でも、もっとあなたからの愛を感じたいのです。八左ヱ門さんが好きなんです。
顔をあげて、鋭くなった八左ヱ門さんの瞳を見ると、目の奥が光っているように見えた。


「なんだ、やっぱり浮気してんじゃねぇか」
「首輪つけておかないからですよ」
「ほー…」


ニヤリと笑った八左ヱ門さんは私の首にソッと手を添えて、軽く締める。呼吸は普通にできる。苦しくない。
ドクドクと脈打つ頸動脈を私も感じながら、八左ヱ門さんをジッと見つめ続けた。


「じゃあ、外に出たくねぇって言いたくなるほど跡つけてやるから覚悟しろ。誘ったのは名前だからな?」


微かに笑うと犬歯が見えて、カプリと音をたてて首を噛まれてしまった。


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