ときめき竹谷くん! | ナノ

大人の遊び


手で口を押えつつ、興奮気味に話す八左ヱ門を見て、先ほどの女性は呆れた。
八左ヱ門に付き合ってほしいと言われ、付き合ったのだが、まさかこんなことをするとは思っていなかった。
彼女が可哀想だと言う女性に、八左ヱ門は「写真撮りたかったなー!」などともらす。


「嫌われても知らないからね」
「そうなる前にきちんと甘やかすさ。つーか、聞き分けがよすぎて逆に不安になるんだよ…。もっと我儘言ってほしいし、頼ってほしい」
「ああ、あんた世話焼き体質だもんね」
「そうそう。しかもあんな可愛い子だぜ?めちゃくちゃ可愛がりてぇよー…。でも、さ」
「ん?」


デレデレだった顔が、突如真剣な顔に変わった。いや、微かに口元が笑っており、名前が去った方向を睨むように見据えた。


「傷ついた顔も見たかったんだ」
「…」
「あんときのあいつ、俺のことで頭いっぱいだし、俺のことで泣きそうになってた。それって、俺のこと意識してるからだろ?俺のこと好きじゃねぇとあんな顔できねぇもん」
「あんた……性格悪すぎ」
「大人になるとどうしてもなー!」
「大人云々じゃないわよ。きちんと彼女に謝ってきなさいよ?」
「うんと甘やかす!」
「手を出さな程度にお願いします。同僚が捕まったとか聞きたくないからね」
「おー!」


仕事なんて残っていない。このまま追いかけたいけど、もう少しこの気持ちに浸っていたい。
通常通りの時間に退社して、自宅に帰る前に「夜会えないか?」とメールを送ると返信がこなかった。
さすがに少し焦った。傷ついた顔は見たかったけど、嫌われたくはない。
最低なことをしたとは思っているが、名前の気持ちを試したかった。自分だってこの年の差を不安に思うことだってあるんだ。
メールは八左ヱ門が自宅に帰宅してもなかった。


「んー…。ちょっとやばいか?」


どうすっかと、スーツから普段着に着替え、ベットにすがりながら携帯を眺める。
すると、部屋のチャイムが鳴って気のない返事をして玄関の扉を開けた。


「…名前」
「…」


誰かと思えば名前だった。
制服のときとは印象がガラリと変わる私服に着替え、携帯を片手にぽつんと立っている。
魂が抜けたかのような雰囲気をまとっており、八左ヱ門の心がズキンと痛んだ。


「名前。夜遅くに「私のこと嫌いですか…?」


だけど夜遅くに一人でここまで来るなんて危険すぎる。
怒るつもりはないが、注意をしようと思って口を開くと、すぐに遮られてしまった。
か細い声で、震えながら聞いてくる名前は、俯いてどんな表情をしているか解らないけど、泣いているように見えた。


「子供だし、八左ヱ門さんに釣り合わないかもしれない…。こうやって急に押しかけて、きっと迷惑していると思います…。でも、でも…っ、やだ…!私は、私…ッ」


泣いているようではなく、泣いていた。
震えた声で何かを訴えようとしているけど、うまく喋れない。
感情任せに喋ろうとしているから、余計に喋れないんだろう。
それがさらに子供に見えた。それと同時に愛しさが増した。
子供であろうが、そんなこと問題じゃない。そんなこと言うなら、自分はおっさんだ。若くて格好いい子なんて名前の周りにたくさんいる。不安ばかり。だからこんなことをして、愛情を確認した。そっちのほうが幼稚だ。


「八左ヱ門さんが好きなんですっ…。大好きで、大好きで…!嫌われたくないですっ…。お願いします、嫌なところがあれば直しますから……。もう子供みたいなことしませんから、嫌いにならないでください…!」


捨てないで。と言うように八左ヱ門に抱きついて、涙を流す名前。


「ごめんな、名前」


抱きついてきた名前を軽く抱きしめ、謝る。
すると名前の肩がビクリと飛び跳ね、首を左右に振った。


「とりあえず中に入れ。まだ寒いだろ」
「や、やだ…!」
「いいから」


別れ話をされると思って名前は拒絶したが、八左ヱ門からは離れようとしない。
そんなところも可愛く思って笑い、強引に部屋に入れた。


「ごめん名前。あれ全部わざとなんだ」
「…………へ?」
「話すからあっち移動しようぜ。立ってるのもしんどいだろ?」


ようやく顔をあげた名前に笑いかけ、ベットの部屋へ移動する。
とことことついてくる名前も可愛くて、口元の緩みが止まらない。
座らせて、自分も座ったあと、もう一度謝って理由を説明した。
その間、名前はぽかーんとした表情で話を聞いていた。


「怒った?」
「……怒ってない、ですけど…」
「ないですけど?」
「…我儘、言っても怒りませんか?子供だって…嫌になりませんか…?」
「名前、俺の世話焼きっぷり、知ってるだろ?」
「…。でも……」
「俺、お前が思っている以上に子供だぜ。名前が他の男と一緒にいるとイライラするし、年甲斐もなく相手に近づくなって言いたくなる。しかも、こんなことをしてお前の愛情を確認してるんだぜ?」
「でも…私のとなんか違うように見えて…」
「それはただの錯覚。お前が勝手に俺を大人だと思ってるだけで、かなり子供なの。で、名前ちゃん。折角こんなこと話したんだし、甘えねぇの?」


ニヤニヤと笑って、名前を見ると、名前は上目使いでジッと見つめ返してきた。
何か言いたい顔をしているのが解った。それと同時に「やばいな」と思ってしまった。


「抱きしめて欲しいです」


予感は的中。
男の部屋に無防備にあがって、しかもこんなことを言われてしまえば、多少は理性がぐらつくもので…。
まだ手を出したらいけないと思うけど、今の台詞にはグラッときてしまった。


「ずっと…寂しかったです…。子供扱いされてもいい、頭撫でて大丈夫だよとか、好きだよって言われて……安心したいです…」
「……ごめんな、傷つけて。名前、好きだ。愛してる」
「私も…好きです。もっともっと綺麗になって、八左ヱ門さんが私しか見れないように頑張りますから…」
「もう十分なんだけどなぁ…」
「まだ足りないですもん!」
「はいはい、頑張ってください。ところで、もう離れてもいい?」
「ダメです。それと、……キスも欲しいです」
「…それ、仕返し?」
「え?…し、して欲しい我儘を言っただけですけど…」


心の中で「仕返しだろ」と言いかえし、ハァ…と溜息を吐いて触れるだけのキスをする。
いつもより短いキスに名前は首を傾げ、眉間にしわを作った。
八左ヱ門が苦笑で答えると、名前が八左ヱ門にのしかかり、キスをする。
まさか名前からしてもらえるなんて思ってなかった八左ヱ門はバランスを崩し、背中を床で打った。


「えへ、八左ヱ門さんにキスしちゃった」
「名前ちゃん……。俺がおっさんだからよかったね」
「え?あ、八左ヱ門さんはおじさんじゃないですよ?」
「俺が名前と同じぐらいの年齢だったらもう食ってたわ」


そう笑って、名前の後頭部を押え、逃げないようにしてから大人のキスをした。


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