ときめき竹谷くん! | ナノ

大人の遊び


「八左ヱ門さん!」


制服を着た女の子が、スーツを着た青年に声をかけると、青年は振り返って笑顔を見せた。
一緒にいた会社仲間と一、二回会話をして、駆け寄ってくる名前に八左ヱ門も近づく。


「ごめんなさい、八左ヱ門さん。いきなり会社に来て迷惑でしたか…?」
「そんなことねぇって。嬉しい。でもどうしてここに?」
「友達と近くまで来たので、ついで…って言い方は失礼ですけど、いないかなぁって思って…」
「そっか。いや、どういう理由であれ俺は嬉しいぞ。ありがとう、名前」


控え気味に呟く名前に、八左ヱ門は軽く笑って頭をぽんぽんと撫でてあげると、名前の表情は幼さを残す笑顔に変わった。
名前の笑顔を見た八左ヱ門も笑顔になって、頭を撫でていた手を頬に移動させ、ムニッとつまんだ。


「痛いです」
「名前の頬は柔らけぇよなー!可愛いし触り心地最高!」
「また子供扱いしてー…。確かに私は高校生ですけど、八左ヱ門さんの彼女ですよ?」
「そういうこと言うのが子供だっつーの」
「…子供みたいな私は嫌いですか?」
「いいや、そういうところ含めて好きになったから。ほら、友達待ってんだろ?行けよ」
「はーい…」


つまんだ手を離して、「ごめんな」と言うように頬を撫でて、名前の後ろに目をやる。
後ろには名前の友達が退屈そうに待っていた。


「でも八左ヱ門さんの顔が久しぶりに見えて嬉しかったです!」
「ああ、俺もだよ。またメールするから。最近忙しくてごめんな」
「いえっ。八左ヱ門さんは社会人ですから!」
「名前ばっかに甘えて悪い」
「でも、あとからたくさん甘やかしてくれるでしょう?」
「おうよ!あ、でも、大人の…がつくけどよ」


名前の額にキスをしたあと、含み笑いで囁く。
名前は反応に困った顔をして笑い、友達の元へと走って行った。
手を振って見送った八左ヱ門は一緒にいた同僚の兵助の元へと戻る。


「あれが彼女?本当に高校生だったんだ…」
「可愛いだろー。さすがに高校生だから手は出せねぇけど、すっげぇ幸せ」


年齢もそこそこ離れている。
高校生と社会人なので、なかなか時間が合わないこともあるが、喧嘩することはない。
逆にそれが不安になることもある。
あのぐらいの年齢だと、好きな人と一緒にいたいはず。なのにデートなんて滅多にない。もっと我儘を言ってほしいとも思う。
もしかしたら、他に好きな人が…と思うときもある。あまりにも彼女は素直すぎるのだ。


「なぁ兵助。あのぐらいの年なら、「仕事と私、どっちが大事なのよ!」って思うよな」
「俺もそこまで解らないけど、そう思う子もいるだろうな」
「名前……俺のこともうそんなに好きじゃねぇとか?」
「それはないと思うぞ。八左ヱ門と一緒にいるときの彼女、凄く幸せそうだったのだ」
「兵助に言われると安心する。でも、もうちょっと……」


会話を途中で切り、沈黙のまま歩き出す。


「八左ヱ門?」
「いーこと考えた」
「………やりすぎて嫌われても知らないぞ」
「大丈夫大丈夫!」


軽快に笑う八左ヱ門を見て、兵助は呆れるように溜息をはいた。
それから数日間。八左ヱ門は名前にメールを送らなかった。
メールを受信しても、「今忙しいから」と素っ気ない態度をとる。電話にも絶対に出ない。
あまりやりすぎると名前が泣いてしまうかもしれない。嫌われるかもしれない。
そう思っていたけど、名前からはいつものようにメールが届く。
まだ大丈夫と様子を見ながら作戦をすすめた。
そして、一週間が経ったころ、「会いたい」と素っ気ないメールを送った。
するとすぐに「はい!」と可愛い絵文字つきで返信が届き、いつ何時に会うかなどを決め、その日もそれで終了。


「はぁ、はぁ…!」


約束の日。
名前は学校が終わると同時に八左ヱ門が務めている会社に向かった。
何もした覚えがないのに、いきなり素っ気なくなってしまった八左ヱ門がなんだか怖い。
もしかして別れ話をするために今日呼んだのかもしれない。
だとしても、八左ヱ門に呼ばれたのが凄く嬉しくて走る速度を落とさなかった。


「八左ヱ門さんどこだろ…」


会社の近くになって、一度を足を止める。
乱れた髪や制服を直したあと、呼吸を静めて離れた場所から会社を覗く。
たまに来る程度で慣れているわけではない。
どこを見ても学生はいないから、目立つ存在になっており、居心地は悪かったが離れようとはしなかった。


「あ…いた…」


早く八左ヱ門を見つけて、この居心地の悪さから解放されたかった。
必死に八左ヱ門を探し、見つけた名前はパッと顔を明るくして彼の元へと駆け寄って行く。
しかし、近づくにつれ…八左ヱ門の表情が見えるにつれ速度が落ち、少し手前で足が止まった。
ついさっきまでは笑っていたのに、今は複雑な表情をしている。
八左ヱ門は同僚の女性と並んで楽しそうに談笑しながら歩いていた。
横顔しか見えなかったけど、自分のときとは何だか違う笑顔に見えて悲しくなる。
年齢が離れているから彼の知らない顔はたくさんあるに決まっている。解っている。そんなことでいちいち傷ついていたら心がもたない。
知らないならこれから知っていこうと思っていたけど、実際に目の前でそれを見ると、外であろうが泣きたくなってしまった。


「(何で女の人と話してるんですか…。…私にはそんな風に笑ってくれないくせに…!その人誰ですか。今日は私と約束してたのに…)」


醜い感情がじわじわと生まれ、ギュッと拳を握りしめる。
「八左ヱ門さん!」と名前を呼んで、八左ヱ門の隣にいる女から奪い取りたい。
そんなことをしたら「子供だな」と思われるかもしれない。だからできない。これ以上のこの距離を離したくない。


「は、…八左ヱ門さん…」
「お、名前。どうしたんだ?」


冷静になって、大人な彼には大人な対応をするしかないと思った名前は、二人に近づいて控え目に声をかけた。
八左ヱ門はすぐに振り返ってくれたが、首を傾げて聞いてきた。


「え……だ、だって…今日…」
「あっ!今日だっけ?やべぇな……。悪い、名前。今日まだちょっと仕事が残ってるから…。すまねぇ」
「…」
「竹谷くん、そろそろ行かないと」
「そうだな。ほんっとゴメンな!またメールするから!」
「…」
「名前ー?」
「はい…」
「仕事なんだ、解ってくれるよな?」
「…はい。また…メールしてください。お疲れ様です」
「おう!」


聞き分けのいい名前の頭をガシガシと撫でたあと、余韻に浸ることなくさっさと会社へ戻って行った。
名前は八左ヱ門の背中を見ることなく、踵を返して逃げるように会社から去って行く。
それが解っていたのか、会社に戻ったはずの八左ヱ門は振り返り、逃げている名前の背中を見つめた。


「見たかよ!すっげぇ可愛くね!?」
「あんたねぇ、性格悪すぎ…。すっごく傷ついていたわよ?」



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