ときめき竹谷くん! | ナノ

侵食する


ブツリと音がして、名前が出たかと思ったが、留守電に繋がっただけだった。
舌打ちをしたあと、留守電に言葉を残す。


「名前、おばさんと話が終わったら電話くれよ。俺、お前が明日遊ぶって言う相手が気になって聞いただけなんだし。あと俺、お前の全部知ってるぞ。明日遊びに行く友達、いつも学校帰りにアイスを食べに行く友達か?それとも服の趣味が一緒の子か?つーかどこに行くんだよ。危ないところじゃねぇだろうな。俺を誘ってくれたら一番なんだけど…。そうだよ、何で俺を誘ってくれなかったんだ?あ、そうか!お前俺の大学の時間知らねぇもんな、悪い悪い!でも俺、お前に全部合わせるからさ!だからいつでも俺を頼ってくれよ。そりゃあできないこともあるけど、お前のためになら何でもやるぜ!俺と一緒ならお前を守ることできるし、安全だ。だからさ、早く電話に出てくんねぇ?声聞かせてくれ、独り言呟いてるみたいで恥ずかしいじゃん。そこにいるんだろ?だって名前、今ベットから立ち上がった。どこ行くん―――あ……」


が、やはり途中で切られた。
画面を少し見下ろしたあと、もう一度名前にかけるが、やはり留守電に繋がった。


「なぁ名前、俺別に怒ってねぇよ。名前にも私生活ってあるんだし。でもよ、質問にはきちんと答えくれねぇと…。こっちだって……色々と準備があるじゃん…。だからさぁ、早く教えてくれ。名前が心配なだけなんだって…。お前は弱いから……俺が守ってやんねぇといけないからっ…。教えてくれ、心配なんだ…。―――なんで…切るんだよ…!」


今回は早めに切られてしまい、八左ヱ門は泣きそうな顔で頭を垂れたあと、震える手でもう一度名前に電話をかける。出るのはやはり機械音。


「俺、名前が心配なんだ…。ほんとだぜ?名前が心配なだけなんだって…何で解ってくんねぇの…?お前の泣き顔とか、泣き声とか見たくないし聞きたくないから…!だから俺……お前を守ろうと…っ。なぁ頼むから声を聞かせてくれ…。そして教えてくれ、名前。相手は誰だ?」


頼む。と、強い気持ちをこめて、今度は八左ヱ門自ら通話終了ボタンを押して、耳から携帯を離した。
だけど名前から折り返しの電話も、メールもなく、翌日を向けた。
色々な感情がぐるぐると胸の中を回って、消化できない。名前のことで頭いっぱいで、携帯をずっと見てしまう。
携帯の中の名前は自分に笑いかけてくれる。怒ってもくれる。
顔を見ていたら声も聞きたくなったので、携帯で録音していた名前の声を聞く。
名前の明るい声に口元は緩む。名前の生の声を聞きたい、名前を呼んでほしい、顔を見たい、笑ってほしい、抱きしめたい。
やだやだ、名前をうちに閉じ込めたい。
寝ている間以外、ずっと名前のことばかりを考えてしまう。


「……朝…」


ぼんやりと色々考えていたら、朝がやってきてしまった。
今日は名前が自分の知らない子と遊びに行く日…。
自分の知らない人間なんて危険だ。そいつがどんな人間か気になって仕方ないし、名前を任せられない。
時刻は朝の五時。
寝不足の目でふらりと立ち上がったあと、服を羽織って静かに部屋を出た。
朝早いので人はおらず、八左ヱ門は誰に見られることなく実家へと戻って来た。その隣には名前が住む家。
懐かしくはない。ほぼ毎日のように名前の家には来ている。
合鍵で実家に入り、自分の部屋に向かって窓を開くと名前の部屋が見えた。
カーテンは閉めておらず、それを見た八左ヱ門は「全く…」と呆れる。


「よっと…」


窓を開け、名前の部屋の窓に手を伸ばして開けると、やっぱり開いた。
昔からそうだ。名前は無防備で、ちょっと大雑把。だから余計心配になる。


「何で携帯がこんな離れた位置にあるんだよ…。いつもは頭の傍に置いてんだろ。留守番も聞いたのに出ないとか……やっぱり何か隠してるよな」


簡単に名前の部屋に侵入したあと、ベットで眠っている名前の隣に立って、愛しそうな目で見下ろす。
でも次第に怪しくなっていき、呟く声も大きくなっていった。


「いくら部屋とは言え、何でこんな恰好なんだよ…。もう止めてくれ…。俺以外の前でこんな無防備なことしないでくれよっ」
「ん……」
「なぁ名前。俺もう我慢できねぇや…。やっぱりお前はここにいたらダメだ。俺がきちんと面倒見るから、守るから」
「…た、けや………えッ!?」
「だから、お前は昔みたいに俺を頼って、俺だけに甘えてくれ。俺だけを見てくれ、な?」


目を見開いて飛び起きた名前のお腹を殴って、気絶させた。
名前には手をあげたくなかったけど、しょうがない。
名前を担ぎ、窓を飛び越えて自室へと戻り、自分の服を背中にかけてあげる。


「服とかは昼間に持ってきてやろう。おばさんたちにもきちんと説明して…」


背負って外に出るも、ただおんぶをしているだけなのに怪しいことはない。
八左ヱ門も挙動不審ではないし、なんだか幸せそうな表情をしている。
カップルがいちゃいちゃしているようにしか見えない。


「これからはいっぱい一緒にいられるな!朝から名前を見れて、学校送って、名前と一緒に飯食って、んで一緒に寝る。こんな幸せなことってねぇよ!俺、名前がいるだけで幸せなんだ。お前も俺がいて幸せだろ?」


純粋な気持ちで背中の名前に話しかけるも、名前が答えることはなかった。
だと言うのに八左ヱ門は「そうか、そうだよな!」と一人で頷いて、背負い直す。


「好きだぜ、名前。お前しか見れねぇほど愛してるから、名前も早くそうなってくれ」


これからのことを考えると、この胸のときめきが消えることはなかった。


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