わんこ飼いました 「明日、遊びに行っていい?」 名前の楽しそうな声と、嬉しそうな顔に今まで我慢してきたものがぷつんと音をたてて切れた。 高校生にも関わらず、名前との同居を許してくれた両親は、彼氏である八左ヱ門を信頼しきっている。 勿論、八左ヱ門がそういう風に接してきたからだ。 手は出していない。まだ出す気はない。好きな子のためなら我慢だってできる。 それ以上に名前と一緒にいたいと強く思ってしまう。 好きで、大好きで、心の底から愛している。できるだけ一緒にいたい、だから同居した。 「竹谷先輩?」 誰にも触れてほしくない。自分だけを見てほしい。自分だけにその笑顔を向けてほしい。 名前の全てを独占するために同居したのに、何故彼女はこんなことを言うんだろうか。 最初は、彼女の言葉が理解できなかった。 言葉の意味を理解した瞬間、愛しい彼女に憎しみが湧く。 「誰と?」 「……えっと…。学校の友達と…」 「何で?」 「なんっ……え…。ど、土曜日だから遊びに行こうって…」 「あはは、違う違う。何で遊びに行くんだって聞いてんの」 「あ、遊びたい、から…」 「はぁ?」 夕食をすませ、一息ついてからの言葉だった。 目の前に座り、お茶を飲もうと持っているコップが微かに震えている。 八左ヱ門は普段優しくて、信頼できる年上のお兄さんであり、恋人。 そんな彼が初めて見せる淡々とした言葉と、冷たい表情に戸惑いを隠せない。 なんて答えたらいいか解らず、素直に理由を伝えると八左ヱ門の目がほんのり見開いて、低い声を出した。 「いや、遊んでいいぞ?でもな、何で友達なの?」 「……」 「もしかして男もいんの?だったら余計に行かすことできねぇなぁ」 「違うっ。お、女友達と遊びに行くだけであって「女友達と遊びに行かなくても、俺がいるじゃん。何で俺じゃねぇの?」 八左ヱ門の変わりように怖くなった名前は、彼をこれ以上怒らせないようにと否定をした。 だけど八左ヱ門は別の箇所を攻めてきた。 同居する前からこんなことはあった。 「誰と?」「どこで?」は勿論、きちんと何時までには帰宅すること、何をしているかメールすること…。 そういう細かいことを言われていたが、ここまで責められることは初めて。 今までも許してくれたから、今回も許してくれるだろうと思っていた名前だったが、同居することによって独占欲が強くなってしまったのだ。 気が付かず、言ってしまった名前は言葉を失い、睨んでくる八左ヱ門をただ見つめることしかできなかった。 「その友達の変わりにもなれる。名前を楽しませてあげることもできる。それに、女友達だと危険だ…。他の奴はどうでもいいけど、お前が他の男に触れられたら……そいつを殺したくなる」 穏やかな口調に変わって、優しく、宥めるような口調で言ってくる八左ヱ門。 だけど確実に狂気を含んでいる。 「普通じゃない。怖い」と思った瞬間、名前の心の声が聞こえたのか、ニッコリと笑って立ち上がった。 「た、竹谷先輩…」 「俺な、できるだけ名前には笑っていて欲しいんだ。だって笑ってる名前はすっごく可愛いからな!」 近づいてくる八左ヱ門から本能的に逃げようとしたが、腰がいつの間にか抜けていて立てなかった。 大した距離ではなかったので、あっという間に捕まってしまい、手首をグッと握りしめる。 怖いのに、笑顔のまま。それが余計怖くて、奥歯がガチガチと音をたてた。 「だから許してきた。犬もな、外で遊ぶのは大好きだもん。でもそれがいけなかったなぁ……。そうだよな、自由を知ると野生に帰りたくなるもんな、そうだよな、うん」 「…い、…いやだ…。竹谷せんぱい…!」 「名前は賢いから解ってくれると思ったのに残念だ。しょうがない、俺がきちんと躾してやるからな!大丈夫、名前も知ってるだろ?俺は、生き物を飼ったら最期まで面倒見る男だ。安心してくれ!」 今度は名前が彼の言っている言葉を理解できなかったが、身体だけは震えていた。 そして次の言葉にさらに恐怖した。 「じゃあまず、携帯没収な」 「え!?」 「大丈夫、お前専用のは明日買ってくるから。それと、友達と話すのも禁止。男友達と口聞いたらお仕置きな?」 「…」 「暴力振るって躾するのは簡単だけど、痛いの嫌だろう?なら守ってくれるよな?」 「…そ、そんなの無理だ―――」 全てを言い切る前に頬に鋭い痛みが走って、倒れそうになったのを、手首を引っ張って止められた。 名前がさらに混乱して、頬に手を添えると、手の冷たさが気持ちよかった。違う、頬が熱を持っているのだ。 「あはは、しょうがねぇなぁもう…」 苦笑する八左ヱ門はいつもと変わらない顔だった。 八左ヱ門に叩かれたと解った瞬間、今目の前にいるのは本当の八左ヱ門ではないと否定し続ける。 でもどうあがいても目の前の彼は八左ヱ門だ。 自分の手の上から八左ヱ門の大きな手が添えられ、顔を近づけて微笑む。 「好きだぜ、名前。すっげぇお前のことが好きなんだ。好きすぎてな、たまにお前を殺したくなる。だから、人間って思わないようにするわ」 「……え…?」 「犬だと思えば、もう少し我慢できる。大好きなお前を殺さなくてすむ」 意味が解らなかった。彼の言っている意味が全く解らない。脈絡もない、怖い、逃げたい。 涙を流し、腰や背中が震えていると、目を細めて口を開け、笑った。 「でも、食いたくなるほど名前のこと愛してる」 八重歯が見えた瞬間、違う痛みが襲ってきた。 翌日。 大学が休みな八左ヱ門は近くのショッピングモールに遊びに来ていた。 人がたくさん行き交う中、誰ともぶつかることなくすいすいと進んで行き、お目当ての店を見つける。 たくさんの可愛い犬や猫。可愛い服や首輪、おやつなどが売られているお店。 健全な男の子には少し場違いに見えたが、八左ヱ門は楽しそうに首輪を選んでいる。 そんな彼に後ろから声をかける人がいた。大学の友人で、比較的に八左ヱ門と仲のいい人物。 「お前なにしてんの?」 「なんだ、お前か。最近犬を飼い始めてよー。首輪選んでんの。早いうちから慣れさしとかないと…」 「え、犬飼ったの?まじで?」 「おう可愛いメスをな」 「まじか!あ、じゃあちゃんと避妊しとかねぇと」 「―――あぁ、あれはいいんだよ」 「は?避妊がどれだけ大事かお前知ってんだろ?つかお前が教えてくれたんじゃん」 「だから、いいんだって。産ませる気満々だから」 「あ、なるほど。じゃあ赤ちゃん産まれたら見せてくれよな」 「勿論!」 「じゃ、俺これからデートだから!お前もあんまり犬に構いすぎるなよー。彼女の名前ちゃんだっけ?嫉妬するぞ」 「ははっ、それは嬉しいな。じゃ」 とびっきりの笑顔を友人に向けて別れた。 ( TOPへ △ | ▽ ) |