境界線と限度 「んー…」 最近何だか楽しくない。 仕事は相変わらず楽しい。仙蔵に怒られるのはうるさいと思うけど、暴れられるのはやっぱりスッキリする。 でも…でもなんかおかしい。 時々竹谷で遊んでその鬱憤を晴らすのに、すぐモヤモヤして気持ち悪くなる。 きっと欲求不満なんだと思って女を抱けば、スッキリした。でもすぐにモヤモヤする。なんだこれ。 「なんか面白くないなぁ」 所詮セックスも遊びだが、ヤればスッキリしてた。 でも最近は何かが足りない。 前まで噛みついて「痛い」と悲鳴をあげる声を聞くのが楽しかったのに、今はそう思わない。寧ろうるさいと思ってしまって、口を手で覆うこともある。 なんだろうな。声を我慢して、押し殺してるのほうが好きだ。面白い。 必死に声を殺しているのにそれが漏れたとき、そこに優越感を感じてしまう。勝ったと感じる。それが気持ちいいし、楽しいし、興奮する。 あと、傷跡をつけたからって恋人面されるのも鬱陶しい。 私は好きなようにヤりたいし、付き合いたい。わずらしいのは嫌いだ。 だって私の人生メインは女じゃない。仲間と一緒に野望を果たすのが目標。そのためのちょっとしたお遊びなのに…。 「……だから、吾妻は便利だったなぁ…」 長次に言ったら、「ベットの上でも戦うのか…」と呆れられそうだけど、そっちのほうが楽しくないか?甘いだけだと胸やけをおこしてしまうぞ、私は。 あの反抗的な目で見られるのも悪くない。どっちが強いか教えてやりたい。で、負けたときに見るあいつの目は何でこんなにも―――。 「あいつのことばっかだな、私」 でもあいつに会ってない。見ることはあるが、話しかけても無視される。 いつもみたいな無視じゃなく、本当に興味がないような無視。全く私を見ようとしない。 ムカついて一度肩を掴んだが、一度も私を見なかった。 ああ、思い出すだけで腹が立つな。なんだあれ。あれを思い出すとまたモヤモヤしてきた。 「ちょーじ、あの女ムカつく!」 「……お前はいつも唐突だな…」 「だって!」 困ったときは長次だ! 仕事を早々に終わらせ、読書中の長次に話しかけると栞を挟んで私に身体を向けてくれる。 「お前は吾妻をどうしたいんだ」 「どうしたいって………どうしたいんだ?」 「自分でも解らないなら、話しかけるべきじゃない」 「……長次、何か隠してるだろ」 「気づかないお前のほうがおかしい」 「教えろ」 「自分で気づけ」 「何で私があいつを気遣わないといけないんだ!」 「小平太…、吾妻はもう仲間だ。気に食わないだろうが仲間だ。それを傷つけてどうする」 「傷つく?あいつが?ははっ、長次も冗談を言うんだな」 「小平太」 長次は感情を顔に出さない分、声にハッキリ出る。 殺気がこもった声色で私の名前を呼んで、いつも以上い鋭く睨んできた。 長次が怒るなんてよくあるが、こんな風に怒るのは滅多にない。 普通の奴ならこの睨みだけで身体が震えるだろう。 「謝れとは言わん。だが、これ以上無暗に、意味もなく傷つけるなら厳罰だ」 「…私何もしてない」 「無意識のうちに酷いことを言っている。その癖をどうにかしろと言ってるだろう…」 「無意識なら無理だ」 「その性格を直さない限り無理だな。ともかく…、千梅はお前のせいで気づいている。きちんと、小平太なりに詫びろ。それから、嫉妬はもう少し可愛いものにしろ」 それだけ言って、本を持ったまま立ち上がり部屋から出て行く。 最後に名前を呼んだけど、一度も振り返ることなかった。 なんだよー…私があいつに何したって言うんだよー…。 本当のことを言ったまでだぞ?現に吾妻があいつらの中で一番弱いじゃないか。 それに、嫉妬ってなんだ。私が吾妻に嫉妬するわけないだろ。私のほうが強いんだし! 「あいつが竹谷の話をしなければよかったんだ」 いつもいつも、口を開けばあいつらの名前ばかり。 私たちの傘下に加わったなら何故私たちの名前を呼ばん。何故依存しない。 いや、して欲しいわけじゃない。でもあいつ、……あーもう!ごちゃごちゃうるさい!細かいこと考えるの大嫌いだ! 「でも何かしないと長次に怒られるし…。とりあえず文次郎に聞いてみるか」 長次がいた部屋をあとにし、文次郎の仕事部屋に行こうとしたら丁度文次郎が前からやって来た。ついでに留三郎も。 こいつら、犬猿だとかって言われているのに仲良しだよな…。でも戦闘に置いてはナイスコンビだと思う。勿論私と長次には劣るけど! 二人の名前を呼んで足を止めさせたあと、長次に言われたことを話すと二人は同じような顔で呆れた顔を私に向けた。やっぱり似た者同士だな。 「小平太は言葉にするのがダメだから、態度で示すほうがいいんじゃねぇのか?」 「千梅はああ見えて可愛いもんが好きらしいぜ」 「留三郎お前…。何でそんなこと知ってんだよ…」 「いや、普通に話して…」 …だから何でそんなことまで知ってるんだ、留三郎は。 いやそれより、吾妻が可愛いもの好き?ははっ、面白いな!あいつが好みそうなものと言えば、銃とかメリケンサックとかじゃないのか? 「あー…。あれだ小平太、無難に花にしとけ」 「おー、花はいいぜ。きっと千梅も喜ぶだろ」 「…あと留三郎。お前いつの間に下の名前で呼んでんだよ…」 「んだよ今さっきから!俺があいつらをどう呼ぼうといいだろ!」 「あんだけあいつらのこと嫌ってたのに驚いてんだよ!」 目の前で口論を始めたと思ったら、掴みかかって殴り合いを始める二人。 花かー…。花ってよく解らないんだよなぁ…。 でも、買って置いとくだけなんて簡単だ!あ、そうだ。また長次に教えてもらおう! 前に黄色のバラを持って行くときに教えてもらった花言葉ってやつも面白かった! 「長次、花言葉教えて!」 「……。小平太にしてはなかなか賢い選択だな」 「文次郎と留三郎に教えてもらった!」 「…で、その二人は?」 「廊下で喧嘩してるー」 「また…仙蔵の怒鳴り声が響くな」 長次が言ってたようにすぐに仙蔵の怒鳴り声が響いた。よかったー、これで私は怒られなくてすむ。 「花言葉はちょっと面白かった!でもあいつじゃ気づかないだろうなぁ…。あ、でもそれがいいか!」 「そうだな…。だが気持ちは大切だ……。マーがレッドでいいだろう。今のお前にはこれがぴったりだ」 「マーガレット?ふーん…。じゃあそれ買ってくる!あ、意味は?」 「……貞節、誠実…」 「謝ってないけどいいの?謝る気ないから別にいいけど」 「誠実という言葉にはそういうニュアンスも含まれている…。大丈夫だから買って来い」 「行ってくるー!」 「…………。心に秘めた愛、真実の友情…小平太には言えないな」 長次に言われた通り、屋敷近くの花屋に行ってマーガレットを購入。 よし、これをあいつにあげれば任務は完了だな!さすが私、仕事が早いっ。 綺麗に整えてもらった花束を素手で持ったまま屋敷に戻り、あいつらの部屋へと向かう。 今日は確か全員仕事に出ていたな…。まぁ都合がいい。あいつらの部屋にある机に花を置いて、あとは様子を見るだけ! ふふふ、なかなか粋なことをするじゃないか、私!反応が楽しみだなー。 あいつのことだ、きっと笑うに違いない。普段私のことをバカにしてるが、これで見直すだろう! 「長次、買って置いて来た!あとはあいつの反応を待つだけだ!」 「そうか、偉かったな」 長次に褒められたあと、部下と一緒に鍛錬に励んでいたけど、あまり集中することできなくて、早々に部屋に戻って来た。 「(おっ!)」 そしたらタイミングよく千梅が部屋に戻って行くところが見えたので、気配を消して後を追う。 気配を消しているとは言え、私に気付かないなんてまだまだな。やっぱりあいつは弱い。 きっと竹谷や鉢屋だったら気づいてるぞ。 そんな弱い奴に私も何でこんなに構ってるんだろうな…。意味が解らん。 それでもあいつの反応は楽しいから好きだ。きっと今回も面白い反応をしてくれるに違いない! 「…花?え、誰が?」 花には一応宛名だけ書いたメッセージカードをいれている。 だからあの花が誰宛かっていうのは見て解るはずだ。 「―――ふ…」 私が置いた花束を優しく抱え、宛名だけを書いたメッセージカードを持って微かに笑った。 横からしか見えなかったが、確かに笑った。 見た瞬間、今までのもやもやが消えて、思わず心の中で「勝った!」と呟いてしまう。 だってあいつが私に笑ったんだ。笑わないと思ってた奴が笑った。嬉しい。 「おい「食満さんか潮江さんかな…。それとも八左ヱ門たちか?」 だと言うのにこれだ。 吾妻は本当に鈍感だ。バカだ。何で解らない。 またモヤモヤして大股で吾妻に近づき、肩を掴んでこちらを向かせると、ようやく気づいて目を見開いた。 「その花を置いたのは私だ」 「…は?」 「だから、その花を置いたのは私だ。留三郎や文次郎ではない!何故お前は気づかない。どこまで鈍感なんだ!」 「………ではいりません。あなたからの施しは結構です。例えそれがゴミであろうと、あなたから受け取りたくありません」 先ほどの表情から一転、いつもの…また冷たい目で私を見上げて持っていた花束を突き返してきた。 可愛くない女! 「お前みたいに貧相で汚い女には勿体ない代物だったな!」 「お前からは受け取りたくないと言ってるんだ」 ムカついてその場で花を手折ると、微かに眉が寄った。 なんだ、やっぱり欲しかったんじゃないか。それなのに何故拒絶する。何故、私を拒否する。 「っ離せ!」 「お前が何に傷ついたか解らん」 「はぁ!?」 「私は無意識に人を傷つけるらしい」 「はっ!お前も感情が欠落してんじゃないの?やっぱり人間じゃなかったな!」 売り言葉に買い言葉をよくやってしまうが、今回もしてしまった。 千梅と口論しながら手折った花を床に落として足で踏みつぶすと、千梅の表情がまた変わった。 まるで自分が踏まれたように顔を歪めて目を瞑る。その表情に胸が痛くなった。 たかが花を踏んだだけだ。なのに何で…。 「お前が素直に受け取ればよかったんだ!何故、私から受け取らない!」 「お前が嫌いだからだ!お前も私のことが嫌いならもう近づいて来なければいいだろう!?いい加減にしろ!もう…っ、もう私で遊ぶな!」 感情をぶつけた吾妻はそのまま私の前から消えようとする。 それを阻止すべく手首を掴んで、自分の胸の中におさめると激しく暴れた。 「私がいつお前のこと嫌いと言った」 「はぁ!?貴様、いい加減にしろよ!」 「私は人を滅多に嫌いにならない。無関心にはよくなる。だけど…こうやって構ってるってことはお前のことは気に入ってるってことだ。何で解らない」 「……解る、わけないだろ?お前、なに言ってるんだ?」 そうか。私、こいつに興味があるんだ。いや、解っていたのかもしれない。ようやく自覚した。 別に愛しいとか、可愛いとか、独占しておきたいとかそういうことは思わない。ただ、本当に興味が湧いたんだ。 仲間として、身近な信頼できるものとして興味を抱いた。 前まで敵だった奴に信頼するなんて危ない行為だとは解っているが、こいつらは安心できる。もうこいつらは私たちに噛みついてこない。 中でもお前と竹谷は解りやすい反応をしてくれる。それが楽しくて楽しくて仕方ないんだ。 「吾妻、お前は私を見ろ。私だけを見てろ」 「………」 ああ、ようやくスッキリした。 ( TOPへ △ | ▽ ) |