夢/マフィア後輩 | ナノ

境界線と限度


あれからと言うもの。七松は私を執拗に構うようになってきた。
構ってきた当初は「すぐに飽きるだろ」と思って反応しないようにしていたのだが、さすがに我慢ができなくなってきた…。
なんというか、本当にうざい。私を見るたびに楽しそうに声をかけ、からかい、バカにし、そして満足して去って行く…。
身勝手なのもムカつくが、何より一方的にバカにされるのがムカつく!
そこで私も文句を言ってやればいいものの、反応したら余計笑うから絶対にしたくない。
他の奴らとはそれなりに、ほんとーにそれなりにだが、仲良くやれている。特に食満さんはいい人だ。歳が私たちに近いってのもあるけど、根っからのいい人。何でマフィアをしているのか不思議でならない…。
だと言うのにあの男だけは好きになれん。
確かに私は生き様は格好いいと言ったが、お前に惚れた覚えなどない!というか、惚れるわけがない!


「おっ!」
「…」


屋敷の無駄に広く、無駄に長い廊下を歩いていると向こうから七松がやって来て踵を返す。
本当はその向こうにある部屋に入りたかったのに…。
やっぱり楽しそうな声をあげて私に近づいてくる七松から早歩きで逃げるが、あっという間に前に回り込まれてしまった。
ニヤニヤと私を見下ろしてくるこの男を殴り飛ばしてやりたい!それと、スーツぐらいまともに着やがれ!


「お前は本当にとろいな!」
「すみません、邪魔です。どいてください」


なるべく感情を殺して目の前をどくように伝えるも、どくわけがない。ああ、解ってるさ。


「なぁなぁ吾妻。また一緒に仕事しないか?」
「結構です。あなたと仕事したら毎回出血多量でいつか死んでしまいそうです」
「だってお前便利なんだもん」


あとこれが嫌いだ。
私を…私たちを「道具」としか見ていない。
確かに立花さんたちも私たちを道具のように使っているが、まだ理性というか、情がある。
でも七松にはそれがない。本当に道具としか見てない。だから前も遠慮なく私に向かって発砲したわけで…。
そりゃあ痛くないですよ?でもいい気分じゃないよね?寝れば治るけど、心臓を撃たれたら死にますよ?出血が酷ければ死にますよ?
何度も伝えたのにこいつは解ってない。ムカつく。


「嫌です。私を人間扱いしない男は大嫌いです」
「だってお前ら人間じゃないだろ?」
「ほんっとムカつくな、お前。そういうお前も人間じゃねぇよ」
「口悪いなー。仙蔵に代わって私が躾してやろうか?」
「お前が喧嘩売ってくるからだろ。いいからどけ!私は八左ヱ門と食満さんのところに用があるんだ!」
「……。お前、最近留三郎と仲がいいな」
「食満さんは話しやすいし、真面目だし、優しいし、何よりお前と違って私をちゃんと人間として扱ってくれる。八左ヱ門に至っては大事な男だ」


八左ヱ門は昔からずっといる大事な人だ。
勿論八左ヱ門だけじゃない。兵助も勘右衛門も三郎も雷蔵も…。私たち六人は血は繋がってないけど、家族みたいな存在。
もしかしたら家族以上の絆があるかもしれない。
大事すぎて立花に「依存はもう止めろ」って怒られたけど。うるさいやい。


「食満さんだけじゃなくお前以外は仲間だと見てくれたしな」
「―――お前みたいな弱い奴が仲間だなんて信じられない」
「…あ?」


七松を下から睨みつけると、彼も鋭い目で私を見下していた。
それだけじゃなく、殺気も微かに感じる…。私が何をしたというんだ。こんな言い争い、いつものことなのに…。
無視できないほど腹が立って七松の胸倉を掴む。


「お前…どれだけ私たちをバカにすれば気が済むんだ」
「お前らじゃなく、お前だお前。吾妻」
「はぁ?」


胸倉を掴んだとしても奴のほうが身長が高いので全然意味がない。
だけど掴まずにいられない。睨まずにはいられない。


「他の奴らに比べて弱いじゃないか。それに、他の奴らは強くなってるっていうのに、お前は弱いままだ」


だってそれは、皆は男で私は女だから。
なんてこと口が裂けても言えるわけがなく、ギリッと唇を噛みしめると鉄の味が広がる。


「私たちの盾にしかなれない。ただそれだけだ。賢くもないしな」
「黙れ!」
「吾妻は弱いな」
「うるさいって言ってるだろ!」
「それより役に立つことを見つけたらどうだ?」


鼻で笑ったあと、胸倉を掴んでいた私の手首を捻りあげ、耳に顔を近づけて低く囁いた。


「性欲処理とか」
「ッゲス野郎!」
「まぁお前にそんな色気なんてないから勃つもんも勃たないけど。本当にお前は役立たずだ。お前、ここにいる意味があるのか?」


ここにいる意味があるのか?
意味なんてあるか。ここにいたくないに決まってる。マフィアになりたくてなったわけじゃない。お前たちが…私たちをここに縛っているんだろう?
……もしかして…。
もしかして立花もそう思っているのか?私一人がいなくなったら全員も消えるに違いないからここに置いてる、とか…。


「………」
「身の程を知れ、吾妻」


吾妻との会話はとても面白い。いい暇つぶしになるから好きだ。
今日も遊んでやろうかと思ったが、なんだか気に食わない。何が気に食わないか解らないけど、無性に虐めたくなった。
いつもはこいつの様子を見ながら、ギリギリのラインで遊んでいるんだが、今だけは無理。
ぐちゃぐちゃに泣かせてやりたい。そう、こいつの涙が見たい。泣かない女を泣かせてみたい。
女が泣くところなんてよく見るけど、こいつの涙は見たことがない。“私”で怯えたことも、泣いたこともないから見てみたい。


「でも気づいたみたいだな。他の奴らを手放さないためのお前だ。お前が欲しいわけじゃない」


屈辱だろうなぁ、こんなこと言われて。
ほら、泣くか怒るか何かしろ。きっと楽しい。お前の反応は飽きない。
お前は私を見てろ。


「―――失礼します」
「……あ?」
「私、お仕事の途中なんです」


初めて私に頭を下げたかと思えば、返答なく踵を返した。
名前を呼んでも無反応。いつもだったら殺気を飛ばしてくるくせに、それもなかった。


「…うーん…」


楽しくない。全く楽しくない。何か反応しろよなー…。
絶対に楽しませてくれる反応をしてくれると思ったのに、残念だ。


「どんな顔してたんだろ」


ああ、顔を見るのを忘れていた。
あいつは解りやすいからな。顔だけでも見ればよかったー。


「まぁいいや。仕事も終わったし遊びに行ってこよー!」


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