誇りと刺青 「…」 千梅を路地裏に置いたまま、小平太は大通りに戻って来た。 パトカーや警察たちはおらず、先ほど近辺で人殺しがあったというのに街中は活気に溢れている。 だが今の小平太にはそんなことどうでもよく、不機嫌な表情でズカズカと大股で屋敷へ足を運ぶ。 先ほどまで楽しい気分だった。 千梅の反応は想像通りのものばかりだし、久しぶりに暴れることもできた。千梅との相性も悪くない。 路地裏でのやりとりも楽しかった。千梅が悔しがる顔も思い出すと何だかほわんとする。 きっとこんなことを留三郎あたりに言うと、「歪んでんな」と言われてしまうだろう。 歪んでるつもりはないし、大体千梅が面白いのは事実だ。その魅力に気づいてないだけだと言われるたびに思ってしまう。 なのに、今はその気持ちが冷めている。 「……どうした、小平太。仕事は終わったのか?」 「始末した。私寝る」 「…」 屋敷に戻ると、丁度長次とすれ違った。 珍しく不機嫌な小平太を見た長次は声をかけたが、小平太は喋りたくないオーラを出して自室へと向かう。 汚れた服のままベットに飛び込んで、何も考えないように目を閉じて、浅い睡眠についた。 「――お―ろ」 眠りについたと思ったら、叩き起こされる。 寝起きはそれなりにいいほうだが、気怠く身体を起こすと長次が自分を見下ろしていた。 「なんだ?」と拙い口調で聞くと、胸倉を掴まれて無理やり歩かされる。 長次の意味の解らない行動に戸惑う小平太。 これが他の人間だったら手を払うのだが、相手は長次。しかも機嫌が悪そうだ。 「ちょ、長次?」 「吾妻を置いてきたな」 「え…?」 「吾妻が襲われている」 「……」 「行け。あとで私たちも向かうから、場所を知らせろ」 「…。わか、った」 小平太が少しの間寝ているときに千梅から連絡が入って、始末したはずのレゴーラ残党に襲われていると報告を受けた。 連絡を受けた仙蔵はすぐに「解った」とだけ伝え、小平太を向かわせるよう長次に頼んだ。 その場に一緒にいた兵助は戸惑ったが、仙蔵がそれを止める。 千梅がどこにいるか探ろうとするも、電話は襲われていると報告を受けたあと切れて解らない。 携帯からどこにいるのか調べてみたが、反応なし。きっと壊されたんだろう。 だからつい先ほどまで一緒にいて、すぐに動ける小平太を向かわせろと仙蔵が的確な指示を出した。 詰めが甘いというより、大雑把なことばかりする小平太に長次は怒り、冷たく彼を突き放す。 「ったく…」 怒られた小平太は後頭部をかいたあと、先ほどの場所へと走って向かう。 襲われたと言っても千梅のことだ、うまいこと攻撃を回避しているだろう。怪我だって……。 「あ、やば…」 自分が発砲したのを思い出して、若干焦りが生まれた。 「―――っはぁ…!はぁ…ッ」 その千梅は、止血した場所を手で押さえて入り組む路地裏を逃げていた。 蹲り、少しだけ仮眠をとって怪我を完治させようとしていたところを、まだ残っていたレゴーラの人間に襲われた。 仮眠とは言え、気配に敏感な千梅は攻撃を避けることができたが、次々襲ってくる攻撃に逃げることしかできない。 無理やりな体勢で逃げ惑うから、傷口が再び開き始めて体力を奪っていく。 「っんとに…!やっぱりあの男と関わるべきじゃない、ね…」 後ろを見ると自分をしつこく追ってくる敵。 どうしようかと逃げながら考えていたが、目の前に現れた人間に足が止まった。 「千梅、おねえちゃん…?ボスに、見せてもらった写真、に、似てる…」 「―――」 全員殺したはずの劣化人間に千梅は言葉を失い、徐々に芯から震え始めた。 もう怖いことなんてない。ボスはいない。 解っているが、劣化人間なんてもう見たくなかった。 自分と同じ年ぐらいのその子はゆっくり近づいて、千梅に手を伸ばす。 ハッと気づいた千梅はその手を掴んで、一本背負いをした。 それと同時に傷口からプシュッと血が飛ぶ。完全に傷口が開いてしまった。 眉間にしわを寄せつつ、劣化人間から離れようとするが、彼はなんともない表情をしていた。 「私と同じ力か…!」 「あと、八左ヱ門おにいちゃんといっしょ、なんだ」 千梅を掴む力は八左ヱ門と同じぐらい強く、骨が軋んだ。 痛覚を消しているから大丈夫なものの、このままでは危ない。 しかし、助けてくれる人なんていない。体力もそろそろ限界。敵は大人数。 「勝てるわけないだろ…!くそっ!」 「まって、おねえちゃん。いっしょに、帰ろうよ」 「黙れ!」 混乱気味に路地裏を走り回ったせいで、敵に囲まれ逃げ場を失う。 千梅を捕まえようとする劣化人間を避けるのは簡単だが、残党の人間に捕まってしまった。 暴れて、抵抗して、逃げて…。それを繰り返す千梅。 「が、はっ…!……っ」 抵抗するせいで殴られ、蹴られ、叩きつけられ、千梅はとうとう地面に伏してしまった。 痛くはないが、呼吸が苦しくてたまらない。 手や足に力が入らないし、何だか視界がかすむ。 腹部を抑えていた手を見ると、ねちゃ…と黒と赤が混じった血がぼんやり見えた。 「(血を流しすぎたせいで手が震えているのか…)」 拳を握ることもできず、地面に伏したまま隣に立つ男を見上げる。 「さぁ千梅。死ぬか、レゴーラに戻って再建を図るか…」 彼らの目的は逃げているときに聞いた。 小平太を襲ったのはカムフラージュで、本当の目的は一緒に来るであろう千梅か他の五人。 六人を捕まえて、協力させたらきっと再建できると彼らは何度も千梅を説得しようとしたのだ。 「誰が…っ、お前らなんかと…!」 「だがあいつらとも不仲だろう?」 「…」 確かにあいつらも嫌いだ。 今日だって嫌だったのに、無理やり命令した仙蔵を何度も憎んだ。 小平太だって嫌いだ。自分をバカにし、遊びやがってと赤く染まった歯をギリッと噛みしめる。 まだ敵対していたときだって酷いことをされた。あれも結局は彼の遊びと、鬱憤晴らし。 思い出すと憎しみが湧いてくるが、つい先ほどの言葉を思い出して、フッと口元を緩めた。 「嫌いだ…。だけど、あいつのほうが……お前らよりマシ、だ…!」 「なんだと!?」 「…お前らより生き様が格好いいんだよ…っ!」 「よく解ってるじゃないか」 上から声が聞こえたかと思ったら、次には悲鳴を聞こえた。 霞む視界でその声の主を探すと、小平太が楽しそうに暴れているのが見えた。 「ハ、チ…か?」 しかし、朦朧とした意識の中では小平太かどうかが解らず、千梅は呟く。 勝手に八左ヱ門だと認識し、安心したかのように目を閉じて、戦いが終わるのを待った。 「おい」 「……」 残党との戦いはすぐに終わったものの、劣化人間の始末に時間がかかってしまった小平太。 身体に切り傷が刻まれていたが、刺青の場所だけは綺麗なままだった。 口端も切れており、顔も若干腫れていた。 寝ている千梅を抱き上げて声をかけると、だるそうに目を開けて小平太に見せたことのない笑顔を向ける。 さすがの小平太もそれにはビックリして、言葉を失った。 なんだ、こんな顔もできるんじゃないか。と、ついさっきまで千梅に苛立っていた気持ちはなくなり、小平太も口元に笑みを浮かべる。 「おい、私が「ハチ、ありがとう…。いつもごめんね」 私が倒してやったぞ。なんて、子供みたいな台詞を言い切る前に千梅が小平太の頬に手を伸ばしてお礼を言う。 こんなに近いのに顔が誰か解っていない千梅。出血が酷いから早く病院に連れて行かないといけないのに、小平太は目を吊り上げた。 「私は竹谷ではない!お前を助けたのは私だ。私を見ろ!」 何でそんな台詞が出てきたか解らないが、自分が助けてあげたのに、自分じゃなく他の人間にお礼を言うのが気に食わない。 この感情がなんて言うものなのかも解らない。 恋愛からくる嫉妬?そもそも千梅に惚れた覚えがない。 じゃあなんだ?気に入っているものが他の男の名前を呼ぶから?独占欲? それは何だかしっくりきたが、もう少し複雑な感情がある。 お前を助けたのは私だと、路地裏で叫び、反響する。 その声を聞いた千梅の瞳は揺れ、やはり微笑む。しかし、頬に添えていた手をおろした。 「七松のくせにボロボロなんてざまぁない…」 「瀕死のお前に言われたくない」 「明日には……治ってる…」 「おい、気絶する前に言うことがあるんじゃないか?」 「………そのまま死んでしまえばよかったんだ」 「素直じゃない女だな。私の生き様に惚れたくせに」 「…」 「気絶のフリか?まぁいい、しょうがないから連れて帰ってやる」 死んだように眠った千梅を今度は優しく抱き上げ、死体を適当に避けてから屋敷へと帰って行った。 ( TOPへ △ | ▽ ) |