夢/マフィア後輩 | ナノ

誇りと刺青


レゴーラファミリーが壊滅して、この街は完全にアルモニアファミリーが統治するようになった。
最初は不平不満などをこぼすファミリーがいたが、アルモニアファミリーの早急な対応や、有無を言わさない権力に誰もが黙り、素直に従う。
そのおかげで、レゴーラが壊滅したあとも、この街の平穏は保たれていた。


「そう言えばお前たち、刺青は消さんのか?」


騒動も治まり、元の静かだが忙しい毎日を過ごしているアルモニアファミリー。
そして彼らの傘下に加わった六人の野良犬は、今はもう飼い犬へとなっていた。
元々復讐を果たすために結成しただけで、レゴーラのボスを倒したら自分たちは一般人に戻るつもりだった。
しかし、その前に彼らの傘下に加わると誓ってしまった以上、これからも彼らに従わないといけない。
六人は本物のマフィアになってしまい、一般人に戻れなくなった。
そんな彼らの飼い主は同情することなく彼らを毎日こき使っているが、ここ最近仕事がなく、のほほんとした毎日を過ごしている。
「犬一匹ずつに部屋なんて勿体ない」と言う理由から、六人には一つの大きな部屋しか与えられていない。
そこは仙蔵たちの部屋を通らないと行けない部屋。
部屋の中に部屋がある少し変わったその部屋は、彼らがこの屋敷に来るようになってから与えられたあの部屋だ。
面倒だと言う理由でそのまま使っているのもある。


「はい、刺青はこのままでいいです。これは大事なものなので…」


仙蔵たちの部屋は幹部部屋と呼ばれており、その幹部部屋のソファに堂々と座っている兵助に仙蔵は話しかける。
敵対しているときに比べて、かなり大人しくなった彼らは仙蔵たちに敬語で話すようになった。
感謝している部分もあるんだろう。穏やかな口調で返事をする兵助に、仙蔵は「そうか」とだけ答えてコーヒーを一口含んだ。


「それより、千梅たちはまだ帰らないのですか?」
「忙しいみたいだな」


大人しくなったとは言っても、彼らの仲間に対する依存がなくなったわけではない。
千梅たちは他の幹部たちに連れられ、外にでかけている。
仲間を傷つけるのは例えお前たちでも許さない。と言った目で仙蔵を睨みつける兵助。
特に、千梅と小平太が一緒にでかけた。千梅を散々傷つけ、今も千梅で遊んでいる小平太だけは六人の中で一番嫌いなままだ。
千梅も嫌がっているが、仙蔵の言葉には逆らえない。
大人しくついて行った千梅を見送った兵助は、彼女のことが心配でならなかった。
それらを全部解っていて、「忙しいみたいだな」としか返さない仙蔵も冷たい人間だ。


「何故千梅とあの男を?」
「相性がいいからに決まっているだろう」
「だとしたら八左ヱ門や勘右衛門とかのほうがいいかと」
「お前たちを一緒にはできん。まだ躾中だからな」
「そうですか。では潮江さんや食満さんでお願いします」
「あの二人は甘いからダメだ。いいから早く書類を片付けろ」
「……」


兵助が心配している千梅は、小平太と一緒にカフェに来ていた。
わざとなのか、忘れているのか解らないが、そのカフェは小平太が千梅をナンパし、誘拐したお店。
目の前に座る小平太から身体ごと背けて、携帯に目を落とす。
二人の仕事はそこでとある人物から荷物を受け取ること。簡単な仕事なのに、何故か二人も回された。
最初から今までずっと不満そうな、不機嫌そうな表情の千梅。
小平太は出された飲み物を早々に飲み干して、目の前の千梅をニヤニヤと見ていた。


「なぁ吾妻」
「…」
「少しぐらい一般人らしくしたらどうだ?」
「お前がそこにいる限り無理だ。こっちを向くな、話かけるな」
「そうは言っても私たち、恋人だろう?」
「仮初めのな」


私服姿の二人は一応、恋人同士という設定で、一般人を装っている。だから余計に不機嫌なのだ。
話しかけるなオーラと、わずかな殺気を飛ばす千梅を見るのはとても楽しかった。
能力は勿論、反応が面白い。軽くつついただけで過剰に反応するのが滑稽でたまらない。
だから下の名前を呼ぶと、猫のように毛を逆立ててくる。


「面白いなぁ、お前は」
「ふざけるなっ」
「だが一般人らしくなれないお前は本当に未熟者で愚かだ」
「っうるさい!もうお前一人で仕事しろ!私は帰る!」
「いつになったら成長するんだ?もう怖いものはないぞ?」
「黙れ!お前がいる―――……なんだ…?」
「やはりきたか」


テーブルを力強く叩いて立ち上がったあと、屋敷に帰ろうとする千梅の背後に一人の黒いスーツを着た男がやってきた。
振り返り顔を見上げると、冷たい目。すぐに彼らが一般人じゃないと解り、身構える。
小平太は解っていたようで、ゆっくりと立ち上がったあと懐から銃を取り出し、容赦なく千梅に向かって発砲。
千梅を人質にとり、小平太が抵抗しないようにとしたはずなのに、千梅ごと撃ち抜かれ、その場に倒れて周囲は騒然とする。
千梅は解っていたのか、小平太と一緒になってからかは解らないが、痛覚は消していたので血を吐き出すだけ。


「おー、その能力は本当に便利だ」
「テメェ…」
「口が悪いぞ、千梅」


ニコッと笑ったあと、地面に倒れている男に近寄る。
千梅は止血をして、小平太と一緒に男を見下した。


「お前、レゴーラの残党だろう?復讐のために私たちを呼び出したんだろうが、残念だったな」
「ぐ、ぎ…っ!きさま、ら……なんか…ッ」
「じゃあな」


再び発砲音が街に響いて、男は絶命。
これで仕事は終わりだと思ったが、逃げたはずの一般人が数名二人に近づいてきた。
それらは一般人ではなく、この男の仲間でありレゴーラの残党。


「出てくる出てくる!私が相手をしてやるから死にたい奴から来い!」
「はぁ…」


楽しそうに吠える小平太と、服を赤く染めた千梅。
小平太が襲い掛かってくる敵を簡単に倒し、千梅はそのサポートに回る。
小平太と八左ヱ門が同じような動きや考えなので、千梅も慣れた様子で小平太を支えることができる。
だから、小平太は千梅を気に入っていた。
遊ぶのも楽しいが、自分の動きやすいそうに道を作ってくれたり、邪魔だと思っている奴を排除してくれるのは助かる。
思いっきり暴れることができる。戦うのが大好きな自分にとって、何より嬉しいことだ。


「あ、しまった…。暴れすぎた…」
「あああああもう…!」


ほぼ全員倒したころ、ようやく街の警察がやって来た。
いくら裏で警察と繋がっているとは言え、仙蔵に怒られてしまうし捕まりたくはない。
胸倉を掴んで殴っていた敵を手離し、頭を抱えている千梅の手をとって走り出す。
離せと千梅が抵抗しても無視をして、パトカーで追いかけてくる車を振り切ろうとする。


「おい!」
「遅い」
「っわ」


グイッと千梅の腕を引き寄せて、抱きかかえる。
お姫様だっこなんてものではなく、肩に担がれた色気のないもの。
八左ヱ門と一緒に逃げるときもこんな感じなので特に文句はなかったが、いい気はしない。
大通りから路地裏に入り、警察を振り切ったあと、ようやくおろしてくれた。


「当分の間ジッとしとかないとダメだな。また仙蔵に怒られてしまう」


車を振り切ったため、さすがの小平太も汗を流していた。
それを狭い路地裏で見たあと、離れろと胸を押して距離を取る。
じめじめと太陽の光りが届かない路地裏。人気は勿論なく、二人きりを嫌がる千梅はあからさまに警戒をする。


「……もう手は出さんぞ?」
「っうるさい!違う!」


小平太の言葉にカッと顔が赤くなって怒鳴ると、小平太は「図星か」とケタケタと笑った。
全てを見透かすような小平太の言葉に羞恥心が込み上げて、小平太を殴る。
だけど、思ったより出血が酷くてキレのいいパンチはできず、簡単に阻止された。
手首を捕まれ、ニヤッと笑ったあと壁に押し付けて身体を密着させる。
反対の手で頬を殴ってきたので、その手も掴んで千梅の頭の上で拘束した。


「なんだ、私にまた食べられると思ったのか?」
「違うって言ってるだろ!離せバカ!」
「自意識過剰な女」
「ッ殺すぞ…!」
「殺せるものならな。まぁお前に殺されるほど私は弱くないから絶対に無理だ」


目だけで見下してくる小平太に、瞳孔を開いて睨みつけてやるも小平太は涼しい顔をしている。
寧ろその殺意が気持ちいいと言った顔だ。
それが悔しくて抵抗しても勝てない。どうあがいても小平太に勝てない。
悔しすぎて涙を目じりに溜めると、ペロリと舐められ、またバカにする。


「貴様なんて死んでしまえ…!どうせお前は暴れたいだけだろ…!何も考えず、ただ暴れることしか考えてない単細胞バカはさっさと死ね!」
「…」
「心の中で私たちのことをバカにしやがってっ…!」
「…まるで、悲劇のヒロインだな」
「っ違う!」
「悲しい過去をもった私たちをバカにしやがってとしか聞こえん」
「違うそうじゃない!お前がバカにするからだ!」
「どうせ、苦労することなくこの地位にのぼりつめた私には解らないだろう。と言いたいんだろう?バカか」


小平太の目が細くなってわずかな殺気を飛ばす。
腕を掴む力が強まり、さらに身体を密着させて顔も近づけた。


「貴様らこそ私たちのことを知らないくせになにをほざく」
「…それ、…は…」
「確かに私はバカだ。だが、お前たちよりは賢い」
「……」
「あの日、文次郎と仙蔵に拾ってもらってから私には大きな借りができた。そしてこの刺青に誓ったんだ。邪魔をする者は私が全て排除すると」


腕の拘束を解いたあと、千梅の右腕を掴んで自分の心臓を触らせた。
元々胸元のボタンを外していたというのもあるが、暴れてさらに露わになっていた心臓に彫られた刺青。
小平太の鼓動が手を通して自分の心臓音とリンクした。


「この刺青はその証だ。だからこの刺青は絶対に傷つけさせん。私の誓いは誰にも傷つけさせん。傷つけられたときは潔く死んでやる」


解るか?と低く囁く小平太。
刺青は誓いの証。証を傷つけたくないから、大事な心臓の場所に彫ったという。そして、証を傷つけられたとき、邪魔者を排除することができなかった愚か者として、潔く死を選ぶという。
誓いは小平太にとって誇りでもあった。
その大事な誇りを心臓に刻み、いつでも死を覚悟して過ごしているお前たちに私の何が解る。


「何も解らないくせに、ガキみたいなことを言うな」
「……」
「…。あとはもう自分で帰れ。見つかっても知らん」


千梅から離れ、ふいっと踵を返して小平太は千梅から離れて行く。
千梅はその場にしゃがみこみ、小平太の先ほどの言葉を何度も繰り返していた。


「お前たちの過去なんて知るか…。だって……何も喋らないじゃないか…」


彼らの過去なんて知らない。何かを隠していることは知っているが、喋ろうとしない。
聞こうとも思わないからこのままでいたら、こんな風に言われてしまう。
じゃあ話せばいいだろ。と、責任転換のような、ただのワガママのような、だけど正当な理由を胸の中だけで愚痴った。


「…」


小平太の心臓を触っていた手のひらをジッと見て、ギュッと握りしめると微かに温かかった。


「刺青……私たちと一緒だ…」


小平太の生き様や誇りなどを全部ではないが聞いて、素直に頷くことができた。
誇りを傷つけられることは、小平太の中で許されないこと。傷つけられたと同時に死を選ぶなんて…。


「…そこだけは…」


認めてやらないこともないと呟く前に、蹲ったまま静かに路地裏で眠りについた。


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