断ち切りと片割れ 心臓が痛む。何も考えず、体力の配分も考えず階段を駆け上がって、目的の部屋に入った。 そこには人間だったものが地面に伏せていたが、三郎は気にすることなく床に座り込む。 連れていた八左ヱ門も一緒に座り、チラリと彼を横目で見ると大量の汗を流していた。 目が霞んでおり、時々薬の副作用で表情を歪めてギリッと歯を食いしばる。 「は、ち…!しっかりしろ…」 「……」 八左ヱ門に打たれた薬は自分には投与されたことがない。だけど、どれだけ辛いか、痛いかは八左ヱ門の表情を見るだけで解る。 だから、「しっかりしろ」なんて酷い言葉だとは解っている。でも「今」しっかりしないと仲間を助けることができない。 とは言っても、自分の膝は盛大に笑っていた。 自分より重たい八左ヱ門を連れて階段を何十階もあがるのはさすがにしんどい。 座り込んでから立ち上がることができない三郎の額からも汗が流れており、顎を伝って床に落ちた。 もう立ち上がることができない。体力が尽き果てたからもあるが、やはりあの男の前に出るのは精神的にくるものがあった。 昔の記憶…トラウマが三郎をジワジワと支配していき、眩暈をおこす。 「(早く雷蔵のところに行かないと…。二人を助けて…それから……)」 それから何ができる?そもそもあの部屋に行くことができるのか? 二人がどこにいるかは知っているが、自分たちもあそこの部屋には行きたくない。でも仲間は助けたい。 自分もそこまで精神は強くない。強くあろうとは思うが、昔のことを思い出すと気分が悪くなってしまう。 銃を両手を握りしめたまま俯いて、「誰か助けてくれ」と心の中で呟く。 アルモニアファミリーにレゴーラファミリーを潰してほしいが、それだと自分たちの根っこの部分が解決できないような気がする。 やっぱり自分たちで倒さないといけないのは解っているが、身体が動かないのだ。 根強いトラウマ、身体に染みこんだ躾が三郎の動きを止める。「動くな」と命令されたときの目が頭の中をちらついて離れない。 「っああああ…!」 「八左ヱ門?」 「こんなところで…っ、こんなところで休んでる場合じゃねぇ…っ」 拳を握りしめ、力強く立ち上がる八左ヱ門を三郎は見上げる。 たったあれだけの休憩、いや…一息しかつけなかった時間の間に八左ヱ門の体力と精神は復活していた。 それが元々持っている彼の強さなのか、薬によるものなのか解らなかったが、彼はたくましく立っている。 「怖いし、行きたくねぇけど、四人が待ってるんだ…。仲間が待ってる。助けることができるのは俺と三郎だけだ…!」 この男は昔から正義感が強かった。 最初はうざいと思っていたが、彼の前向きな性格と明るさ、たくましさに少しながらの憧れを持っていた。 仲間のなかで一番強い精神力を持っている八左ヱ門と行けば、大丈夫だと三郎は目を瞑って覚悟を決める。 「白い部屋にはここから別のエレベーターに乗る。他にも方法はあるんだろうが、こっちのほうが手っ取り早い」 「解った。行くぞ」 今度は八左ヱ門が三郎を支え、言われた通りのエレベーターに向かって乗り込む。ボタンは一つしかない。 エレベーターはぐんぐんと下降し、降りるにつれ眩暈を引きおこす。 レゴーラを潰す気ではあったが、ここには来たくなかった。 覚悟を決めたとは言え、扉が開いて暗い廊下の先に見える光りを見た途端、二人の息が止まる。 「……」 「…行くぞ」 八左ヱ門が先にエレベーターを降りて、三郎もそれに続く。 すぐに扉は閉まり、さらに暗くなる。だからこそ余計に先に見える光りが眩しく見える。 光りが怖いなんておかしい話だった。 一歩、足を進めるたびに自分が幼くなる気がする。徐々に昔のことを思い出し、ぐらりと視界が揺らいで三郎は膝をついた。 「三郎、怖いか?」 「……言わせるな…」 「俺も怖い。だけど、仲間を助けたい気持ちのほうが強い」 「お前は……何でそうも強いんだろうな」 「俺が年上だからな!」 「意味がわからん」 八左ヱ門が三郎に手を貸すも、彼はもう自力で立ち上がることができない。 少しでも動けば嘔吐してしまいそうになるのを、なんとか堪えている状態だった。 「…ごめんな、三郎。気持ち悪いだろうけど、連れて行くぜ」 「ああ、私も助けたい」 解ってる。恐怖が恐怖を生むだけだって。怖いと思っているから余計に怖いんだ。 三郎は八左ヱ門に手を伸ばし、八左ヱ門はその手を握りしめて無理やり立たせる。 先ほどと同じく三郎を支えて四人がいる部屋に一歩ずつ確実に進んで行く。 近づくにつれ光りは強くなり、二人の身体は震えて足が止まる。 引きずるように足を動かすも、何メートルか手前で完全に足は動かなくなってしまった。 「竹谷、鉢屋!」 「…」 そこにやってきたのは長次と留三郎の二人。 同じくエレベーターからやって来た二人は固まっている二人に駆け寄り、名前を呼んであげる。 「おい、しっかりしろ。他の奴らはどこだ?あそこの部屋でいいのか?」 留三郎が八左ヱ門に問うと、ゆっくり頷く。 すぐに留三郎が長次を見ると、長次はコクリと頷いて二人を置いて四人がいる部屋へと向かった。 「―――こりゃあ…」 「あの男の趣味を疑う……」 二人が躊躇いもなく部屋に入ると、広がる「白」。 清潔すぎて気分が悪いと留三郎が眉間にしわを寄せて、ずかずかと中に入る。 床にたくさん転がっている小さい子供用のオモチャにさらに吐き気がした。彼らは既に成人しているのに何でこんなものが…。 部屋の隅には固まっている四人の子供。 兵助は気絶している勘右衛門を抱きしめているままだし、雷蔵も千梅もどこかを見つめていた。 「こんなところで育ったら、そりゃあガキのままだな」 「トラウマも強くなるわけだ…」 「で、どうするよ長次」 「仙蔵たちもそろそろ終わる…。レゴーラはもう終わりだ。連れて逃げるぞ」 「結局こいつら役に立たなかったな」 「いい囮になったと仙蔵は呟いていたぞ」 「鬼か、あいつは」 いつもの軽口をたたき合いながら、留三郎が「おい」と兵助に話しかけると肩がビクリと震えて、怯えた目で見上げてきた。 「か、…勘右衛門を助けて…っ」 「解ったから。ほら、早く行くぞ」 「っ―――ダメだ!この部屋から勝手に出たらダメだ!怒られる!またっ…また俺の目、目が……目を…!」 兵助の腕を掴んで無理やり立たせようとしたが、兵助はそれを払って勘右衛門にさらに抱きついた。 勘右衛門は死んだように眠っており、若干冷たかった。 手を払われた留三郎は「あ?」と意味が解らないと言った声を出したが、すぐに理由を察することができた。 「どうする長次」 「……全員を運ぶなんてできない…」 「だよなぁ…」 「兵助、勘右衛門、雷蔵、千梅」 「竹谷?」 動こうとしない彼らを運ぶには、気絶させるしかないが、そのあと運ぶのも大変だ。 どうしようかと思っていると、部屋の出入口に八左ヱ門と三郎が立っていた。 名前を呼んであげると、四人…特に千梅は勢いよく顔をあげて八左ヱ門の名前を呼ぶ。 三郎が雷蔵の名前を呼ぶと、彼もまた勢いよく顔をあげて「三郎…」とか細く名前を呼んだ。 「出よう」 八左ヱ門が四人を呼ぶ。 「ダメだ八左ヱ門…。約束してくれたんだ……用事が終わったら勘右衛門を助けてくれるって…!」 「兵助、勘右衛門はここから出て俺たちで治療してやる。だから出よう」 「ダメだって言ってるだろ!前みたいに…っ。このまままた何日も目覚めないなんて嫌だ!」 「勘右衛門は気絶しているだけだ。大丈夫。大丈夫だからここから出よう。脱走するときも出れたんだ、また出れる」 「雷蔵、おいで。その部屋はいけないよ。ここより綺麗な場所はあるだろう?」 「三郎…っ。僕…!」 「雷蔵…頑張ってくれ。私もこの部屋が怖い。入りたくない。入ったら君と同じようなことになってしまう。だから…君から私の元に来てくれないだろうか。私を助けてくれ。君の助けがないと私はダメなんだ。君は私を助ける強さを持っている…。助けてくれ」 三郎の言葉に雷蔵の震えは治まり、握りしめていたぬいぐるみを手放し、フラフラとした足取りで三郎の元へと向かう。 兵助が必死に雷蔵を引き留めていたが、雷蔵の耳には届いてなかった。 「僕……役に立ってる…?三郎や八左ヱ門みたいに力なんてないけど…、こんな僕でも役に立ってる…?」 「君はそのままでいいんだ」 「雷蔵ォ!頼むから止めてくれ!勘右衛門が…!勘右衛門が「へい…け…」っ勘右衛門!」 「俺のことばっかり考えてくれて、ありがと……。でもね、ダメだよ…少しは自分のことを考えないと……」 兵助の声に勘右衛門は目を覚まし、痛みを堪えている声で兵助を宥めた。 「かんえもんっ…」 「あはは、ちょっと兵助を甘やかしすぎたかなぁ…。俺のことを想ってくれてるのは解るよ。本音だろうね。でもね、怖いからって俺をダシに使っちゃダメだよ…」 「ッ!そんなことない!」 「じゃあ何で早く俺を連れて脱出してくれなかったの?ここにいるより、逃げ出したほうが早く治療できたよね…?」 「…違うよ、勘右衛門…。俺…そんなつもりは…っ」 「兵助が俺に依存してるの知ってるよ…。俺も皆に依存して、る……。でもね、それじゃあ成長できないって解っただろう…?やっぱり……自分自身が強くならないとダメなんだよ…。この部屋に来て、改めて解った……。だから兵助、自分の足で動け…!」 「かん、…もん…」 「いつもみたいに冷静な判断をしてくれ。俺たちはどうしたらいい?」 大丈夫だよ。とでも言うかのように血が変色して黒くなった手を兵助の頬に伸ばすと、兵助は苦しそうに目を瞑って手を握りしめた。 「怖い…」 「そうだね、俺も怖い…。こうやって決断を兵助に任せてる俺も臆病者だ」 「でもここにいたら二の舞だ。解ってる……」 「頑張ろうよ兵助。俺も頑張るからさ」 「うん、うんっ…!」 次に目を開けたとき、兵助の目は最初見たときのような鋭く、強い意志を秘めた目をしていた。 「食満さん、中在家さん。手を貸して頂けますか。俺一人じゃ勘右衛門を運ぶことができない」 「解った、手を貸そう」 長次が軽々と勘右衛門を肩に担ぎあげると、兵助も立ち上がる。 先に歩く長次に続いて、呼吸が乱れないように意識した。 留三郎は最後に残った千梅を見ると、目に涙を溜めていた。 「おい竹谷。いいのか」 「そいつの扱いは俺が一番解ってますんで。千梅、置いて行かれてぇのか?」 「っ…!」 首を左右に振ると、涙が飛んだ。 唇を噛みしめてその場から駆け出し、八左ヱ門の元へと向かって抱きつく。 こうして彼らは、自分の片割れのような存在に助けてもらい、ようやく部屋から脱出することができたのだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |