襲撃と消息 それは唐突に始まった。 「そんな雰囲気」だったのだが、まさか本当にアルモニアファミリーがレゴーラファミリーを襲撃するなんて、誰一人思わなかった。 しかしその襲撃は前から綿密に準備されていたのか、とても手際がよかった。 アルモニアファミリーが統治している地区のマフィアファミリーが彼らを支え、援護している。 おかげで仙蔵たち幹部が手を汚すことなくビルに侵入することができた。 悲鳴と怒声があがる中を悠々と歩くのは仙蔵。その後ろを銃を片手に構えた三郎が続く。 ここには一般人も一緒に働いているのだが、アルモニアファミリーとレゴーラファミリーは遠慮なく銃撃戦を始める。 一般人らしき人間は両手で頭を隠して床に伏せており、アルモニアファミリーの援護をするマフィアファミリーが彼らを助けて逃がしてあげた。 ビル周囲には他のマフィアと警官たちが警備し、誰も近づかないようにしている。 街の警官たちには彼らを止めることなどできないのだ。 「ふむ…。本当にボスはいないのか?」 こんなに派手に暴れているんだ。レゴーラのボスがそろそろ現れてもいいはずなのに、彼は一向に現れない。 前情報で商談のため不在。と聞いていたが、自分たちを誘い込む罠だと思っていた。 それを解って、それを前提に準備をして襲撃したのに姿が見えない。 「―――地下だ」 「…地下?このビルには地下はないぞ」 「いや、ある。あるんだ…」 足を止め振り返ると、三郎は視線を落として弱々しい声で呟く。 その様子から、彼らが実験された場所は地下なんだろうと推測することができ、レゴーラの黒い部分は地下かとニヤリと笑う。 「鉢屋、地下はどこだ」 「……」 「地下があるならそこへ向かうための道があるはずだ」 「…解らないんだ」 「なに?」 「いつも…あのエレベーターは……。上にあがって、下に降りるんだ」 「…」 地下の施設は隠している。だから、一般人が容易に入って来れないように細工をしているみたいだ。 それが解らなければボスに会えない。 三郎の様子を見る限り、どうやって行く知らないみたいだし、どうするか一度顎に手を添えて、すぐにエレベーターへと向かう。 「おい!」 「最上階へと向かう。鉢屋、ちゃんとついて来い」 仙蔵と三郎が最上階へと向かっている間、小平太と八左ヱ門は襲いかかってくる敵を遠慮なく殺していた。 銃撃戦は勿論、肉弾戦でも彼らに勝てるわけがなく、ロビーや階段などにはたくさんの死体が横たわり、血と肉塊で床や壁を汚した。 息をつくことなく敵は襲い掛かってくるが、二人の体力はまだ切れることはない。 それどころか、 「テメェ七松!俺の邪魔すんじゃねぇよ!」 「貴様らは本当に躾がなってないな。貴様こそ私の邪魔をするんじゃない。一緒に殺すぞ」 「躾がなってねぇのはテメェもだよ!クソ松が!」 「七松だ。名前も覚えられないほどバカだったとは…。救いようがないな」 「んだと!?」 狭い非常用階段で味方同士、喧嘩しながら戦っていた。 口論をしながらも彼らは息ぴったりで、どう動けばいいかが手に取るように解る。 八左ヱ門も内心「戦いやすい」と思っているが、絶対に口にすることはない。 自分はこの男が嫌いだし、大事な仲間を傷つけた。 それに、殺したいと思っている男と何故手を組んで一緒に戦わないといけないのか…。 「(……でも…)」 小平太と一緒に戦っているおかげで、トラウマのこの場所に来ても震えることなく戦うことができる。 八左ヱ門は元々、六人の中で精神が一番強い。仲間たちといないほうが力を発揮することができる。 それを解っていたのか、仙蔵は小平太とコンビを組ませたのだった。 八左ヱ門もそれが解っているからこそ、彼の近くでできるだけ戦っている。 「だぁから!こっちに敵吹っ飛ばすんじゃねぇよ!」 「おおっ、眼中になかった。すまんな」 「クソ野郎ォ…!」 だけどどうしても彼を好きになることはなかった。 階段上の敵が自分に発砲した銃弾を、能力で増幅させた動体視力と脚力で避け、ダンッ!と力強く床を踏んで飛び上がって殴り飛ばす。 敵が壁に吹っ飛ばされるのと同時に着地して、次の敵に狙いを定める。 壁を蹴って敵の背後に降りてから首をへし折ると、階段下の小平太が自分に銃を構えている。 小平太を睨みつけたままピタリと動きを止めると発砲音。後ろでドシャと何かが倒れる音がした。 「おい、いつまで私を見下している」 「いい眺めだな」 「調子に乗るなよ」 毎度、その場の処理が終わるとこうやって一発触発な雰囲気になるのだが、上からの足音を聞いた二人は、顔についた血を拭って駆け上がった。 「敵が下に集中しているおかげで忍び込み放題だな」 「…留三郎、油断は禁物」 「解ってるっつーの」 今回の作戦は、まず長次と留三郎と千梅が先にここの社員に変装して、侵入した。 そして、彼らが侵入しやすいように警報や防犯などを留三郎が破壊。 他にも長次が何かをしていたのだが、千梅はそれを見ることができなかった。 ここにいるだけで身体が震え、何度か誰かに「助けて下さい」と呟いた。 八左ヱ門とは違い、千梅が一番精神が弱い。それは、仲間がいないからだ。仲間がいたら多少は我慢できるのだが、今はいない。 それどころかほぼ他人の二人しかおらず、助けを求めることができない。依存もできない。 銃は手に持っているものの、カタカタと震えているので、使い物にならない。 だが、長次も留三郎も彼女を気遣うことはない。だからと言って守ってないわけでもない。 今は声をかけないほうがいいと判断したのだ。 「今回の俺たちは仙蔵と鉢屋のサポートだが、ボスさんどこにもいねぇじゃねぇか…。どうする長次」 「仙蔵から連絡が入った…。―――地下だそうだ」 「地下?このビルには地下はねぇぞ?」 「……。吾妻、…何か知ってるか…?」 「ひっ…!」 酷く錯乱している千梅は、話しかけてきた長次に銃口を向けるが、長次は顔色一つ変えることなく彼女を見ている。 千梅が長次に意識を向けている間に留三郎が背後から銃を奪いあげた。 「ダメだなこりゃ。使いもんになんねぇぞ」 「…ここに置いて行くか?」 「置いていったら余計壊れる。面倒くせぇけど連れて行くしかねぇだろ」 「何か知ってると思ったのだが……この調子ではダメだな」 「あー…どうするよ。地下つってもエレベーターは地下の表示なんてなかったし」 「他の場所から行けるはずだ…。それを探そう。仙蔵たちは最上階を目指しているらしい」 「俺らも合流すっか。おい吾妻、立てるか?」 銃を奪われた千梅はその場に座り込み、小さくなっていた。 留三郎が声をかけて手を差し出すも彼女は首を左右に振って拒絶する。 「おい吾妻、いい加減にしろ。お前は仲間を助けたくねぇのか?」 差し出した手を握りしめ、真面目な声で千梅に話しかける。 長次は二人から離れ周囲の警戒にあたった。 「仲間を助けたいと言ったのはお前だろう?プライドを捨てて小平太に懇願もしたのに、何してんだ」 「だ、って…!皆、いない…っ。ボスが…ボスが私を、私が…っ!」 「お前が男だったらぶっ飛ばしてやってたぜ」 そう言って千梅の頬を少し強めに叩いた。 叩いたあと、申し訳なさそうな表情をしたが、すぐにマフィアの顔に戻る。 「その大事な仲間はお前以上に苦しんでんだよ!今、苦しいのはお前じゃねぇんだ!仲間が大事ならトラウマにぐらい勝ちやがれ!過去を断ち切りに来たんだろ!?」 「……お前に…何が解る…っ」 「ああ、解んねぇよ。テメェらの過去なんて興味ねぇし、話だけじゃピンとこねぇ。だけど、お前たちは今を生きてるんだろ?過去にばっか縋ってんじゃねぇよ。男なら自分が死んでもいいから仲間を助けたいと言え!」 「………私…は、女だ…」 「あ…」 「でも…女だからって甘えたくない…。仲間を…兵助と雷蔵を助けたいっ…!もう過去の夢で泣きたくない…。私だって強くなりたい…!過去を断ち切りたい」 「だからここに来たんだろ。じゃあやることは解るな?」 「…あぁ……あぁ…!」 「お前は弱くねぇよ。小平太にやられたときだって自力で脱出したうえに泣き寝入りしなかったじゃねぇか。信用できねぇかもしれないが、援護は俺と長次に任せろ」 「…お前、私たちのことが憎いんだろう?」 「憎いぜ。でも、今は仲間だ。共通の敵を倒すためにはお前たちとだって手を組むさ。な、長次?」 「お前たちの力は便利だ。それに、傘下に加わると誓った以上、…割り切るしかない」 唇を噛みしめて俯いたあと、床の上で拳をギュッと握りしめる。 次に顔をあげたとき、千梅の目はもう震えていなかった。 「いや、援護は私に任せろ。嫌だけどお前たちの盾になるし、お前たちが動きやすいようにサポートしてやる」 「女に盾になってもらうなんて夢見が悪ぃよ。ほら、今度は立てるか?」 「手はいらん。一人で……―――もう…一人で歩ける」 「可愛くねぇなー…」 「らしくていいじゃないか。…留三郎、吾妻。最上階へあがるぞ」 「おう」 「ああ」 だが、最上階へあがる前に千梅が二人の前から消えてしまった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |