夢/マフィア後輩 | ナノ

白い部屋と作戦


誘拐をされた兵助と雷蔵は恐怖故に意識を絶っていた。
静かに寝息を立てる二人を、助手席から愛しそうに見るのは、レゴーラファミリーのボスである両城正。
レゴーラをまとめるボスだと言うのに、彼は柔らかい雰囲気をまとっており、二人の名前を呼ぶ声色も優しかった。
それが逆に恐ろしく聞こえるのか、運転をしていた部下はハンドルを強く握りしめる。


「こんなにたくましくなって…」


心の底から「嬉しい」という感情が言葉にのって、彼らに伝える。
だが、二人は目を覚ますことはなかった。
スピードを出した車はアルモニアファミリーが統治する地区から遠く離れ、自分たちが統治する地区へと戻って来た。
レゴーラファミリーのアジトは屋敷ではなく、高層ビル。
そのビルの前で車は停車し、手で部下に合図すると兵助と雷蔵を担いでボスの後ろをついて行く。
ビルに入るとその場にいた人間が全員ボスに頭をさげる。
ボスはニコニコと笑顔で軽く手をあげて答え、エレベーターに一緒に乗り込んで、とある部屋へと向かった。


「―――う……」
「おはよう、兵助」
「ッ……あ…ああ…!」


エレベーターに乗って、上へと向かっていると兵助が目を覚ます。
すぐにボスが声をかけてあげると、全身が震えあがって目を見開く。
それから何があったかを思い出し、担がれている状態で暴れた。


「こらこら、こんな狭いところで暴れたらダメだよ。昔も言ったよね?兵助は賢い子だから覚えてると思うんだけど…」
「うわあああ!来るなぁあああ!」


暴れたせいで床に落とされ、腰をついたまま逃げようとするのだが、こんな狭い中だと距離をとることもできない。
あの兵助が声をあげ、両手でボスを遠ざけようと動かす。
兵助の声で雷蔵も目を覚ますと、彼も兵助と同じような反応を示して、タイミングよく扉が開く。
そこの階だけは何故か窓がなく、暗い。
異様な雰囲気に二人は恐怖で声を失う。
グラグラと揺らぐ頭と、乾く口内。汗すらも出てこない。


「ほら立ってごらん。ちゃんと自分で歩いて」


そんな彼らにやはり優しい声をかけるボス。
座りこんでいる兵助の腕を掴み、無理やり立たせると兵助は力なく素直に立ち上がる。
二人の目は廊下に向いたまま。
兵助とボス、部下に下ろして貰った雷蔵がエレベーターから降りると、扉は閉まる。
暗い廊下の先には一つの光りが見えた。


「兵助、歩いて」


先に兵助とボスが歩きだし、雷蔵と部下も続く。
近づくにつれ呼吸が乱れ始める二人だったが、ボスは関係なしに歩き続ける。
光りがもれる部屋に辿り着き、ボスが中に入って二人を振り返ると、二人は呼吸を止めた。


「懐かしいだろう?昔のままにしてるんだよ」


両手を広げて嬉しそうに話すボス。
そこの部屋は白かった。壁も、天井も、ソファも、全てが真っ白に染まっており、余計眩しく感じる。
ボスは床に転がっていた白いクマのぬいぐるみを拾って、部屋に入って来ない二人に近づく。


「ほら雷蔵。君が気に入ってたクマのぬいぐるみだよ。これもあの時のままだ」
「……」
「二人とも、長い散歩だったね、おかえり」


ぬいぐるみを雷蔵に手渡したあと、両手で二人を抱きしめる。
後頭部に手を添え、何度も「お帰り」と言うボスに二人の何かが崩れ落ちてしまった。
だから、「お帰り」と言われるのも、言うのも嫌いだったんだ。


「ごめんなさい……」
「ん?どうして謝るんだい、雷蔵。君たちは散歩してたんだ。ちょっと帰って来るのが遅くて心配したけど、探すのも僕の役目だからね。ほら、外は怖かっただろう?もう安心だよ。ここには何もないからね」
「ごめんなさいボス…。ごめんなさい…!僕、悪い子…で…!」
「そうだねぇ…。雷蔵は兵助たちに比べて何もできない子だからね。でも、そんな君にもできることが一つあるじゃないか!」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいボス…。許して下さい…!」


ギュっと爪をたててぬいぐるみを抱きしめたあと、ボロボロと涙をこぼして謝罪を続ける。
ボスは二人から離れて兵助の頭を撫で、雷蔵にニコリと微笑む。


「雷蔵が「戻って来て」って言えば、三郎も戻って来てくれる。これは君にしかできないことだよ。だから、―――できるよね?」


その瞬間、鋭い目つき…マフィアの目になったボスに雷蔵はひたすら謝り続けた。


「ほら泣かないの。身体は大きくなっても昔のままなんだね。可愛い可愛い、僕の息子たち。早く…あとの四人にも会いたいな」


再び抱きしめてあげたあと、口角をあげた。


「くそっ…!いつまで待機なんだよ!」
「落ち着け八左ヱ門。準備もなく襲撃するなど、いくらアルモニアでも無理だ」
「だけどよ三郎…!」
「はっちゃん落ち着いて。待機してるときに体力使うなんてバカバカしいよ?」
「ハチ、頼むから声をあげないでくれ…」


事情を話し、同盟ではなく傘下に加わり、誓いのために小平太の手の甲にキスをしてから一日が過ぎた。
四人には待機が命じられ、用意された一つの狭い部屋に押し込まれている。
元々一緒に寝たり、くっついたりしている彼らにとってそんなことはどうでもよく、それより早く二人を助けたい気持ちでいっぱいだった。
だが、準備もなく助けに行くことなど不可能。ましては相手はこの街を支える二大ファミリーの一つだ。
頭では解っているものの、気持ちを抑えることができない八左ヱ門。
弱々しい千梅の声で喋るのを止め、「すまん」と謝って隣に座る。


「兵助と雷蔵……大丈夫かな…」


千梅が自身の足を抱きかかえ、顔を埋めてから呟くも、誰も答えてくれない。
そもそも、仲間の心配をしている場合じゃない。
自分たちもボスを見ただけであんなに動揺したのに、助けに行くことができるのか?まともに戦うことができるのか?
徐々に慣れてきたとは言え、目の前にすると絶対に動けない。でも助けたい気持ちはある。


「おい、準備しろ。でかけるぞ」


気まずい雰囲気の部屋に入ってきたのは、留三郎だった。
それだけを伝えると扉を開けたまま去って行った。
とうとう来たのだと四人は覚悟を決めるように目を瞑ったあと、準備を始める。


「来たか」


準備と言っても、身なりを整えるだけだったのですぐに仙蔵たちがいる部屋にやって来た。
見慣れた幹部は全員揃っており、四人が入って来ても誰一人目を向けずに、仙蔵の言葉を待っている。


「今日、幸いなことにレゴーラファミリーのボスがアジトにいないらしい。何でも、他の街に商談中とかなんとか…」
「誘拐したあとにか?」
「文次郎、あっちのボスはお前より忙しいのだよ」
「うるせぇ。大体、俺ぁボスじゃなくて、ここを任されてるだけだ」
「じゃあさ!今のうちにいけどんで突撃して、ぶっ壊せばいいんだな!?」
「そうではないが、そうだな」
「……罠だろう…?」
「ああ、きっと罠だ。だが、小細工なんて必要ない。勿論、作戦は立てているがな」
「さすが仙蔵だね。あ、怪我しても知らないからねー。僕だって久しぶりに暴れたいし、新しく開発したこれ、使いたいんだよねぇ…」
「で、仙蔵。どういう作戦でいくんだ?」


彼らは楽しそうに話していた。
罠だと知っていながらこんなにも楽しそうな表情をしているなんて信じられない。
自分たちも笑うことはあるものの、ここまで好戦的ではない。
これが彼らの本当の顔だとしたら、なんて―――。


「小平太と竹谷、私と鉢屋、文次郎と尾浜、長次と留三郎と吾妻でコンビを組み、派手に暴れろ。伊作はいつも通りここに残って全員の指示と本部への連絡を頼む」


それから細かな説明をする仙蔵だったが、三郎たちの耳には届いてなかった。
これからあそこに戻るというのに、仲間が近くにいないなんて!
彼らがいるものの、一人であそこへなんて行けない、いられない。
だが話はさっさと進み、いつの間にか終わっていた。


「おい竹谷。お前、私の邪魔をしたらお前も殺すからな」
「……」
「…なんだその目は。お前……。…はぁ、つまらん。仙蔵、先に行くぞ」
「待機してるんだぞ」
「解ってるー」


黙り込んでいる八左ヱ門を見た小平太は、視線を逸らしてから溜息を吐く。
「興味を失った」とでも言うような溜息だった。
小平太が部屋を一番に後にしたあと、文次郎が勘右衛門を連れ、留三郎が千梅を連れて外へと出る。


「鉢屋、貴様には私のサポートをしてもらう。それから、不破と久々知の奪還だ」
「………八左ヱ門…」
「解ってる。大丈夫。俺が一番年上だし、お前らに比べたら強い。だから、あの二人を頼んだぞ」
「…ああ。助けたらすぐに連絡する」
「馴れ合いはいいから小平太を追いかけろ」
「うっせぇ」
「悪口は聞こえん声で言え」


悪態をついた八左ヱ門は急いで小平太のあとを追い、部屋には仙蔵と三郎の二人。
一人になることにまだ多少の違和感があり、落ち着かない様子で仙蔵に話しかける。


「絶対にあの二人を助けると言え」
「助けて下さいだろう?まぁ今はいい。躾はこれが終わったあとまとめて行ってやる。行くぞ」


これから危険なことをすると言うのに、仙蔵の顔から余裕が消えることはなかった。


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