願いと敬愛 昔の夢を見た。 幼くなった自分が手術台のようなベットの上で両手足を縛られ、猿轡もされていた。 目には大量の涙を溜めており、嫌だと微かな抵抗をしている。 『いい子だからジッとしててね』 自分を見下す白い服を着た男がニヤリと怪しく笑った。 手には注射器。 ゆっくりと針を腕に近づけ、チクリと刺す。 薬が投与されるたびに小さな身体がビクンと波立ったが、縛られているのでベットから落ちることはない。 目を見開き、くぐもった悲鳴をあげる自分を、何故か天井から見ていて、もがき苦しむ自分に吐き気を催し、目が覚めた。 「お、目が覚めたぞ伊作」 「うん。留三郎は仙蔵に連絡を」 同じ夢を見たのか、勘右衛門、三郎、八左ヱ門、千梅は一緒に目を覚ました。 彼らの顔色は悪く、額に汗を滲ませている。 伊作が彼らに近づくと、ビクリと震えあがり、身を寄せ合って「近づくな」と目で訴えた。 「調子は?」 『…』 「悪いみたいだね。小平太に殴られたんだし無理もないか。水飲む?」 彼らの反応をじっくり観察しながら目を細め、彼らから離れて用意していた水差しに近づく。 伊作の質問に誰も答えようとせず、「聞いてる?」と振り返ると、三郎が何かをブツブツと呟いていた。 「らいぞう………雷蔵、兵助…!早く…っ早く…!」 三郎が立ち上がって部屋から出ようとしたのだが、伊作に止められてしまった。 しかし、三郎に続いてあとの三人も部屋から逃げようとする。 二人の横を通り過ぎて部屋をあとにしたのだが、留三郎に連れられた仙蔵たちが現れ、脱出失敗。 仙蔵たちの登場に三人は過剰に反応して、部屋の奥へと戻る。 「お前たち、いい加減全てを話したらどうだ?話の内容によったら私たちが誘拐されたあの二人を助けてやろう」 あのあと、兵助と雷蔵を探したのだが、やはりどこにもいなかった。 他の仲間の目撃情報も合わせ、助手席に乗っていた男はレゴーラファミリーのボス、両城正臣(りょうじょう まさおみ)だった。 彼らが二人を誘拐したのは解ったが、理由が解らなかった。 三郎たちの過去も詳しくは知らない。明確な理由が欲しいと、仙蔵は彼らに話しかけたのだ。 「三郎…!」 「解ってる…勘右衛門。解ってる…っ」 「ハチ…私、怖い…!怖いよ…雷蔵と兵助が…。でも私たちも…次は私たちで…ッ。やだ、まだその時じゃないのに!」 「千梅…。千梅、…千梅…!」 泣きつく千梅とそれを受け入れる八左ヱ門を見て、仙蔵は眉間にシワを寄せ、不快感をむきだしにした。 ガキだとは解っていたが、これほどにまで精神が幼すぎると同情より先に苛立ってくる。 「早くしろ。じゃないと取り返しがつかんくなるぞ」 「―――解った。話すが、お前以外全員出て行ってくれ」 「何故私がお前たちの命令に従わねばならん。と…言いたいところだが、仕方ない。お前らあとで報告するから外に出てろ」 仙蔵の言葉に全員が黙って頷き、出て行く。 部屋には仙蔵と、四人の子供。 距離を十分とって、三郎が震える唇で過去のことを話した。 彼ら五人はなんらかの理由で家族に捨てられ、レゴーラファミリーに拾われた。 そこで、肉体強化を図る人体強化の初期実験体で、唯一の成功者。 だからあんな超人的な能力を持っているのだと、素直に話す。 「街にはびこっている劣化人間はその失敗か」 「……恐らく」 そこの施設は悪夢ばかりだった。 薬の副作用で精神は錯乱し、友達である彼らを殴ったりしたこともあった。 薬を飲みたくないと抵抗すれば、もっと恐ろしいこともされた。 思い出したくない。と千梅は耳を塞いで強く唇を噛みしめている。 能力を身に着けてから脱走し、復讐のために戻って来たと伝えると、仙蔵は目を細めた。 「それで私たちを利用したのだな」 「ええ、私たちの力では倒せませんので」 「だが、自分たちがやりたいことを前に、レゴーラの奴らが動きだし、あの二人を誘拐したと。何故今頃になってお前らを?」 「それがおかしいんです…っ。私たちの存在は気づいていた…。なのに今更っ…!」 「もういいだろ!早く二人を助けないと…!早く二人を助けないと!」 勘右衛門も酷く混乱しているみたいで、先ほどから同じことしか喋っていない。 三郎は頭痛に襲われ、険しい表情のまま仙蔵を見ている。「助けてくれ」と目が訴えていた。 千梅はずっと泣いており、八左ヱ門はただ黙って彼女を抱きしめ、恐怖を耐えている。 「…レゴーラファミリーはいつか潰すつもりでいた。この街の均衡は多少崩れるだろうが、お前たちが我がファミリーの傘下に加わるならいいだろう」 「………」 「いいか、同盟ではなく傘下だ。私たちの命令には今まで以上に素直に従ってもらう。それが協力の条件だ。勿論、のむよな?」 いくら彼らに壮絶な過去があろうとも、仙蔵は一切同情することなく冷たく言い放つ。 マフィアに強い恨みと恐怖を抱いている彼らに傘下に加われと言うことは、お前たちもそいつらと同格になるんだ、と脅迫しているようなものだ。 同盟とはわけが違う。だけど、頷かないと二人を助けることができない。 今を取るか未来をとるか…。 「雷蔵、と…兵助がいない未来なんて…!」 「三郎!」 「勘右衛門、八左ヱ門、千梅。きっと大丈夫。大丈夫だから、……頼む…雷蔵を助けてくれ…助けたい…っ」 三郎にとって雷蔵は特別だった。 自分と同じ顔をした愛しい半身。 彼がいるから強くなれた。彼がいるから耐えることができた。 唯一無二の存在をどうしても助けたい。 「……俺も…もし、千梅が誘拐されたら……お前と同じ選択をすると思う」 「…嫌だ、けど…。俺にとって兵助も大事なんだ…。それに、兵助のあんな顔、もう見たくない!」 「怖いよ、やだよ、もうやだ!…って叫びたい…。もう……やだ。早く終わらせたい。だから…いいよ……。三郎に従う…」 「ありがとう、すまない。……立花さん、我ら四人アルモニアファミリーの傘下に加わります」 震える瞳で仙蔵を真っ直ぐ見て、ハッキリと伝えると仙蔵はニヤリと笑って「いや」と否定した。 「お前たち四人ではなく、お前たち六人が欲しい。六人が加われ」 「…。彼らにも意志があります。それはあの二人い聞いて下さい」 「まぁいいだろう。お前たちが加わったらあいつらも加わるに決まっている。では交渉成立だな」 満足そうな表情で彼らを見たあと、踵を返して部屋をあとにし、「小平太」と何故か彼の名前を呼んだ。 小平太と一緒に、部屋の外で待っていた仲間たちも部屋に入る。 「だが、あとから「そんなの知りません」と言われても困るので、署名をして貰おうか」 最初からこの展開が解っていたのか、文次郎が持っていた一枚の紙とペンを四人に突き出す。 今すぐ書け、じゃないと助けに行かない。 と、目で伝えると三郎は舌打ちをしてひったくる。 彼らのこういう、弱者で遊んでいるところが嫌いだった。 どちらが上か思い知らされ、抵抗できないように首輪をつけ、そしてじっくり自分好みにしつけていく…。 悔しいが、やはり自分たちより裏世界にいるだけある。 全員が汚い文字で「誓約書」と書かれた紙にサインしたあと、今度は千梅が呼ばれた。 「吾妻、小平太にキスしろ」 『ッ!?』 衝撃の台詞に千梅以外の三人も言葉を失った。 仙蔵の後ろに立っていた文次郎は「おい」と彼を止めたが、長次が文次郎を止める。 小平太はきょとんとした顔で仙蔵の顔を見るが、仙蔵がくいっと顎で彼女をさすと、ハテナマークを浮かべながら千梅に近づく。 千梅は一歩下がって八左ヱ門の服を掴んだ。 八左ヱ門はすぐに千梅を背中に隠すが、仙蔵の「逆らうな」と言う命令に奥歯を強く噛みしめ、口を開いた。 「何で千梅なんすか…!」 「何故って、そっちのほうが屈辱的だろう?それに、私たちが飼い主になったんだ。お前たちの牙を削ぐところから始めないとな」 「だからって…!だからってこの男じゃなくともっ…!」 「お前たちは本当に甘いのだな。これは誓いの証だ。あとそうだな、「兵助と雷蔵を助けてください」とも懇願してみろ。格下が格上に頼みごとをするということは、それ相応の代価が必要だと言うことだ」 楽しそうに笑っている仙蔵を見て、文次郎は溜息を吐いた。 彼のこの性格だけは何度言っても直らないし、直すつもりがないらしい。 確かに牙を折ることも、どちらが格上か教えてやることも大事だ。 だからと言ってそれを彼女にやらすとなると、さすがに同情してしまった。 決して口にしないが、精神的に疲れた目で彼らを見る。 「誓いをせんと助けに行かんぞ?いいのか?」 「この野郎…!」 「………解った…」 「千梅!」 「兵助と雷蔵を早く助けないと…!だから、私の小さなプライドなんていらない…我慢してやる」 震える身体で小平太を睨みつけると、小平太も楽しそうだった。 行きたくないと気持ちは思っていても、足は小平太に向かう。 彼の目の前で足は止まり、グッと拳も奥歯も噛みしめて見上げる。 「仙蔵、屈めばいいの?」 「いや。吾妻、膝をついて小平太の手の甲にキスをしろ。あと、可愛くおねだりもしろよ?」 「テメェいい加減にしろよ!」 「ハチ!…私はいいから…。ありがとう」 「因みに手の甲へのキスは、敬愛を意味するらしい」 大嫌いな男に膝をつき、大嫌いな男にお願いをして、大嫌いな男にキスをする。 捨てるとは言ったものの、捨てきれなかった小さなプライドが千梅の動きを止める。 「(悔しい…!悔しいムカつく嫌だしたくない!)」 様々な負の感情が湧いてくる。 自分が今どんな表情をしているか解らないが、その顔で小平太を見上げると、彼は興奮気味に笑っていた。 「(ああ、その目はいつか見たあの………)」 膝をつき、ぎこちなく小平太の手をとったあと、観念したかのように愁いを帯びた表情で小平太を見る。 「おね、がいします…。兵助と雷蔵を……助けて…、ください…っ」 お願いをしたあと、骨ばった手に触れる程度のキスをした。 「(こいつらの前でこの女をまた乱暴したら、どうなるんだろうなぁ…)」 そんなことを考えている小平太を見て、文次郎はさらに呆れるのだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |