帰宅とボス アルモニアファミリーの屋敷から、仲間のいるアジトに戻って来た千梅は、自分より大きい男に抱きつかれ、おいおいと泣かれていた。 「あのね…八左ヱ門くん。君、私より年上でしょう?」 「だってお前…!帰って来るの遅ぇんだもんっ…。俺がどんだけ寂しかったと思ってんだよー!」 「そんなに寂しかったの!?嬉しいけどなんか複雑だよ!そんな泣くなって!」 「俺昨日まで一人だったんだよー!」 「俺と三郎も昨日帰って来たばかりでさ、はっちゃん昨日からずっとこんな感じ…」 「面倒な男だな…。千梅、お前も疲れたんだろうから風呂入って寝ろ」 「あ、うん」 「俺も一緒に入るぅううう!」 「バカか!」 でかい図体を引きずりながら風呂場へと向かう千梅と、離そうとしない八左ヱ門。 いい加減見かねた三郎が八左ヱ門の後頭部を殴り、耳を掴んで引き離す。 「私と千梅を引き離す気ね!」とかなんとかくだらないことを遠くで聞きながら、千梅は風呂場の扉を閉めた。 少しカビ臭いが、不便なことはない。 ボタンを一つずつ外してシャツを脱ぐと、不快しか生まれない跡が見える。 噛み跡にキスマーク。無理やりされたことも思い出して立ちくらみがした。 もう前のことだし、今は恥ずかしいとも惨めだとも思わない。あるのは憎悪のみ。 跡に指を伸ばし、跡に爪を立てる。 『千梅ー、早くお風呂入っちゃってよー!八左ヱ門がうるさくてさー!』 『千梅ー、寝る準備は整ってるから早く上がってこーい!』 『お前って男は…』 「……はぁ…。しょうがないなぁ」 だけど仲間の声を聞くと穏やかな気持ちになれる。 殺意を抱いた表情だったのが苦笑に変わり、八左ヱ門のために早くお風呂を終わらせた。 「で、どうだった?」 お風呂からあがった千梅は三郎に頭を乾かしてもらっていると、目の前に座ってお菓子を食べている勘右衛門に話しかけられた。 八左ヱ門は今までまともに寝れてなかったのか、千梅に膝枕をしてもらって寝息をたてている。 「レゴーラファミリーについて私たちの知らない情報をくれたよ。あいつらが知ってる屋敷の部屋の位置とか」 「でもあれだね、そこまで深くっていうのはなかったねぇ。ボ……あの人についてもあまり…」 「…。あ、知ってると思うけど、私たちのことは全部もうバレてるよ」 「ああ、だろうな。しかし問題ではない。あいつらにバレることはもう解っていたからな」 「でも過去は知られたくなかったよね」 「何かを犠牲にしないと、何かは得られないのだよ、勘右衛門くん」 「はいはい」 「千梅、乾いたぞ」 「ありがとう、三郎!」 ドライヤーを止めてコンセントを抜いたあと、元あった場所に戻してそのまま紅茶を注ぎに行く。 千梅はソファに奥深く座り、リラックスできる体勢になってから寝ている八左ヱ門の髪の毛で手遊びを始め、他に何があったか勘右衛門に声をかけた。 特に何もなかったと答え、三郎が淹れてくれた紅茶で喉を潤して、久しぶりに心から休めることができた。 「雷蔵と兵助は明日か明後日には戻って来るからさ、帰って来たら遊びに行こうよ。ずっと裏世界にいたんじゃ楽しくない」 「あ、それいいね!俺遊びに行きたいところたくさんあるんだー!」 「いいな。買いたいものもたくさんあるし…」 「決まり!三郎、パソコン開いて!行きたいところに目星つけとこうよ!」 「計画を立てたところで、それがスムーズに進んだ覚えがない」 「今回はちゃんと大人しく遊ぶから!」 「次はないからな」 千梅の隣に座って、使い慣れたパソコンを起動させる。 勘右衛門も千梅の足もとに移動してから、一緒に計画をたてるのだった。 「あーもう!鬱陶しい!」 「早く帰りたいのだ…」 三郎たちが遊びの計画を立てた次の日。 雷蔵と兵助はとある街中で襲われていた。 一般人は既に避難しており、その場にいるのは彼ら二人と、 「っち!とうとう私たち直接に喧嘩を売り出したか」 アルモニアファミリー幹部全員だった。 幹部全員と雷蔵、兵助による仕事があったのだが、そこを狙われてしまった。 車の陰に身をひそめ、銃弾を回避している状態。 視力のいい小平太曰く、相手はレゴーラファミリーらしい。 とうとう姿を現した…直接攻撃を仕掛けてきたかと文次郎は何故か楽しそうに笑って銃を取り出している。 他のメンバーも武器を構え、どう相手を殺すか考えているものの、劣化人間が時々邪魔をしてきてうまく動けない。 「はぁ…こんなとき仲間がいてくれたらな」 「本当にね。彼らより全然役に立つよ」 「なんだと!?」 「落ち着きなよ留三郎。でもその台詞、僕らもなんだけど。君ら二人より吾妻や竹谷のほうがよかったよ」 お互い罵り合いながらも一人一人確実に始末していく。 腕は確かなのはお互い認めているものの、性格が合わなさすぎる。 双方、「もっと素直になればいいのに。そしたら使ってやる」という本音があるから協力はできない。 「仕方ねぇなぁ…。小平太、長次!お前らいけるか?」 「おう、任せろ!」 「…行ける」 「援護はいつも通り俺と留三郎だ。仙蔵と伊作はその周りを頼む」 文次郎が銃弾を詰め替え、ガシャンと装備し直してから仲間に声をかける。 銃撃が止み、劣化人間が車を超えて襲い掛かってきたのを小平太が拳で殴り飛ばす。 その隙をついて長次が顔を出し、数名の劣化人間を撃ち殺した。 文次郎と留三郎も一緒に顔を出して、レゴーラファミリーの人間に発砲させないように威嚇射撃を続ける。 「どうする兵助」 「…仕方ないが俺らも援護しよう」 「そうだね…。僕らも援護する側だからね…」 嫌だけど、ここで死にたくはない。 兵助と雷蔵は黙って頷き、戦況を把握しながら彼らの援護を務める。 小平太たちは真っ直ぐレゴーラに突撃している。 自分たちは彼らに近づくことができない(詳しく言うと、近づけない)ので、色んなところから湧いてくる劣化人間を始末する。 文次郎たちからは離れ、二人で劣化人間に向かう。 兵助と雷蔵に何かあったとき、文次郎たちは助けて行けない距離が生まれた。 そしてタイミングよく、文次郎たち側のほうに三郎たちが姿を現した。 兵助と雷蔵の帰りを美味しいご飯を作って迎えるため、外出していたところだった。 「騒ぎが聞こえたからまさかと思えば…」 「っえ…!?兵助!雷蔵!」 「ハチ、援護しよう!」 「だな!」 「タイミングがいいな!おいお前ら、手伝え!」 四人の存在に気付いた仙蔵はすぐに彼らを呼び、手伝うように命令するのだが、四人は兵助と雷蔵を見つけ、目を見開いた。 自分たちと彼ら二人の間に一台のワゴン車が凄いスピードで割って入る。 窓ガラスは全て黒かったが、助手席に座っている人物だけはよく見えた。 「ボ、ス……ッ!」 視力のいい八左ヱ門が彼の存在に気付いた瞬間、膝から崩れ落ちてその場に座り込む。 八左ヱ門の言葉を聞いた三人は顔から血の気が引いて、脂汗が流れ始める。 近くにいる仙蔵が「早くしろ!」と怒声を浴びせかけるが、彼らは車を……男を見つめたまま動こうとしない。 ボスと呼ばれた男は人当りよさそうなおじさんで、ニコリと目尻にシワを作って笑顔を向け、すぐに前を向いた。 それと同時に車は動きだし、その場から去って行く。 車の向こうにいたはずの兵助と雷蔵はなく、さらに目を見開く四人。 額に青筋を浮かべた仙蔵が彼らが見ているものに視線を向け、一瞬だったが助手席の男と視線を合わした。 「レゴーラのボスが何故…?」 「仙蔵、あいつら引き上げて行くよ」 「なに?」 男が車で引き上げたのを確認してか、敵は潔く引き上げて行く。 劣化人間も一緒に引き上げて行くのだが、戦いで理性を失った劣化人間だけは戦うのを止めず、小平太や長次にトドメをさされてその命を終わらせた。 片付けや警戒は下っ端や文次郎たちに任せ、仙蔵と伊作は三郎たちに近づく。 彼らはまだ兵助と雷蔵がいた場所を見ていた。 「おい、何をボーっとしている」 「仙蔵…。不破と久々知がいなくなってる」 「どうせそこらへんに隠れてるんだろう」 「違う……。雷蔵が…っ。雷蔵が!雷蔵が連れ去られた!雷蔵!雷蔵雷蔵雷蔵!」 「兵助ぇええ!兵助を早く助けないと!じゃないと兵助がまた壊れちゃう!やだやだッ、止めてくれ!もう嫌だ!」 「早くあいつらを助けに…!っ動けよ…。俺の足…動けってば!」 ようやく口を開いたかと思えば、酷く混乱、困惑していた。 彼らが取り乱すことは知ってるし、何度か見たことあったが、ここまで絶望している彼らの表情は見たことがなかった。 声を聞きつけた文次郎たちも彼らの乱れた様子に首を捻る。 千梅に至っては言葉を発することができず、ひたすら胃袋のものを吐き出していた。 「どうする仙蔵。眠らせようか?」 「そしたら話ができん。文次郎、足か腕を撃ち抜け」 「それだといざとなったら役に立たんだろうが…過激なんだよテメェは。留三郎、殴って意識取り戻すぞ」 「ああ」 文次郎と留三郎が三郎と勘右衛門と八左ヱ門を殴りつけ、伊作が千梅の頬を叩くも、彼らの意識はこちらに戻ってこなかった。 「ダメだな…」 「だから言ったんだ。もういい、小平太。殴って全員気絶させろ。連れて帰るぞ」 「解ったー」 仙蔵に言われ、ボロボロ姿の小平太が順番に鳩尾を殴って気絶させた。 それぞれが彼らを担ぎ、寄越した車につぎ込んでアジトへと戻る。 突然の襲撃、そして潔い撤退。相変わらず動きが解らないレゴーラファミリーだったが、彼らが目を覚ますことによって何かが解るような、そんな気がした。 ( TOPへ △ | ▽ ) |