跡とこれから 「何で私が…」 「ごちゃごちゃ言うな。死んだら仙蔵に怒鳴られるぞ」 「…」 葬式参列したら、劣化人間に襲われ、事態は騒然。 なんとか倒したものの、千梅が銃で撃たれ、睡眠薬で強制的に眠らされた。 葬式会場はすぐに綺麗にされ、何事もなかったかのように進み、焼香と挨拶を手短に終わらせてアジトへと戻る。 劣化人間の死体は他ファミリーが片付けてくれたが、今頃伊作の元に届いているだろう。 解剖して、劣化人間のことを詳しく調べる必要があるので、死体はいくらあっても嬉しい。 嬉しいなんておかしい表現だが、このおかげでたくさんの情報を得ることができるので、間違っていない。 アジトに戻って来た留三郎と小平太と、眠っている間に見た目の傷はすっかり癒えた千梅は廊下を歩いていた。 千梅は小平太に抱っこされ、留三郎の後ろをついて行く。 「起こせばいいだろ」 「睡眠薬飲んでんのに起きるか。伊作の薬だぞ」 千梅を持ちたくないと文句を言う小平太だが、留三郎はこのまま仙蔵の元に報告しに行かない。 小平太には報告できないだろ。と言われ、仕方なく抱き上げたのだが、面倒だと思ってしまう。 だって、千梅は仲間ではない。 確かに自分に向かってくる目や、挑戦的な態度は気に入っている。叩き潰してやりたい。(同盟を結んだからもうできないが) そういう目で千梅を見ているから、こんな優しいことなどしたくない。 だからと言って自分には報告ができないので、大人しく「解った」と呟き、使われていない部屋へと連れて行った。 「もー、治ったんなら起きろ」 ベットに投げるように寝かせたあと、窮屈だったネクタイを緩めてそこらへんに投げ捨てる。 穴が開いた服から傷口を見ると、やはり綺麗な肌に戻っており、千梅の呼吸も穏やか。 傷が治癒する場面を見るのはこれで二回目だが、摩訶不思議なことに首を少しだけ傾けた。 「なんかムカつくんだよなぁ…」 壁になってくれたとき、「よくやった」と思ったのに、「ハチ」と呼ばれたとき殺意が生まれた。 自分は八左ヱ門ではない。あいつと間違えてほしくない。 千梅の口から八左ヱ門の名前出て嫉妬したとかそういう可愛いものではない。 敵対している、いつか殺したいと思っている人間と間違えてほしくないのだ。 「……あの目はよかったぞ」 自分を心底心配するような目はよかった。 叩き潰したいと思っている相手だが、その目は初めて見たから嬉しかったと、小平太は笑って千梅の隣に座る。 前もこんなことをしたなと思いながらも千梅の唇に手を伸ばして親指を這わす。 しかし今回は拒絶することがなかった。余程伊作の薬が効いているんだろう。 「……」 視線を千梅の唇から喉元に移動させ、もう一つ思ったことを思いだした。 「便利な力だが、傷が残らんのが悔しいな」 小平太は動物みたいに、所有物の証を残すことを好む。 喧嘩をして、ボロボロになった相手を見るのが好きだ。自分がそいつより強いというのが目に見えて解るからだ。 だが、千梅にその傷を残すことができない。自分が強いって目で見て確認できない。 それが何だか気に食わない。 私より弱いくせに傷を残せない。負けた気分だ。弱いくせに! 「…う……」 いつの間にか唇を触っていた手が肩に移動し、ベットに押し付けていた。 カプリと首筋に噛みついて、犬歯を食い込ませるとようやく声をもらす。 嬉しくて噛みつく力を強めると、今度は悲鳴をもらした。 口を離すと真っ赤に充血している。 もう少し力を加え、傷にすると治癒してしまうからダメだ。これは前回から学んだ。 噛み跡だけを残して、ついでにキスマークもつけると、これも消えなかった。 「よし!」 満足気に笑ったあと、千梅から離れ部屋をあとにする。 残された千梅は薬の効果が切れるまで、かなり久しぶりに深い睡眠をとることができた。 「やはり小平太を行かせたのは失敗だったな」 「ああ。あいつ吐かせようとする前に暴れたからな。何で連れて行かせたんだよ」 「あいつが世話になったと言うからだ。…今思えば暴れたい口実だったんだと気付かされたよ」 「バカが」 仙蔵に報告に向かった留三郎はチッと舌打ちをし、ネクタイを緩める。 小平太ほどではないが、自分もあまりスーツを着ていたくない。 着てもいいのだが、きっちりと着ているとムズムズしてくる。 皺になるから腕まくりもしたくないのだが、動きにくくて好きじゃない。 目の前の仙蔵は猫のような目でジッと留三郎を黙って見上げ、留三郎は「なんだよ…」と少し背中が反った。この目は苦手だ。 「吾妻はどうだった?」 「…ああ、あいつな。あいつなら今寝てる」 「報告は丁寧に」 「お前はボスじゃねぇけどな」 ガリガリと後頭部をかいて顔を背けたあと、片方の手を腰についてポツリと呟く。 「根強いトラウマを持ってるな。大体どんなことがあったのか想像できるほどだ」 「長次からも不破と久々知から同じような報告を受けた。まぁだがそれはいい。興味がない。力はどうだった?」 「酷ぇ奴だな…。力は便利だ。あと始末が面倒くせぇが、多少の無茶な作戦もできるし、場を有利に動かすことができる。小平太とのコンビネーションも悪くねぇと思うぞ。吾妻自身も強いしな」 「そうかそうか。では劣化とあいつらの関係は何か掴めたか?」 「いや、全然。あいつら、吾妻を見ても襲ってこなかったぜ」 「……吾妻たちが目当てではない、ということだな」 「動き解んねぇなぁ。どっから出て来てんのかも気になるしよ」 「レゴーラの奴らだと言うことは解っている」 「やっぱそうなるのか?確かに薬を作れるとしたらあいつらだけどよ…」 「劣化が多く出没しているのは私たちが統治している地区ばかりだ。殺された人間も、我々に関わりがある人間ばかり。レゴーラしかおらんだろ」 「じゃあ何で吾妻たちを襲ってんだよ。俺らの同盟だからか?」 「それもあるだろうが、その言葉通り、「劣化」してんじゃないのか?そこらへんまでは知らん。ともかく、劣化人間…いや、レゴーラが我々に喧嘩を売ってきていることはよぉく解った」 椅子を引いて立ち上がった仙蔵は、両手を机についたままニヤリと笑う。 レゴーラファミリーが何を思ってか、喧嘩を売り出した。 しかも、作ってはいけないものを大量に作ってだ。 喧嘩を売られたなら買おうではないか。冷戦状態とは言え、いつでも彼らの消す準備はできている。 おまけにこっちには「完成品」の吾妻たちがいる。これを使えば作戦の幅が広がるに違いない。 「あいつらがいなくても潰すことはできるが、仲間や部下の損失は限りなく少なくしたいからな」 「あいつらが死んだとしてもか?」 「わざわざ言わせるな、留三郎」 そこまで答えたあと、留三郎に「全員の仕事が終わったら会議を開くぞ」とだけ残して、部屋から出て行く。 留三郎は一度息をついて、部屋に置かれてあったパソコンに手を伸ばし、幹部メンバー全員に会議のことを伝える。 小平太は絶対にメールは見ないので、直接電話をかけると、大声で返事をされ鼓膜を痛めるのだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |