キスと薬 銃弾でボロボロになった車を葬式会場の近くにある駐車場に停めた留三郎。 額には大量の青筋が浮かんでおり、先に降りた千梅を無言で睨んでいる。 小平太は「ちょっと挨拶してくる」と逃げるように先に会場へと向かい、今は二人っきり。 留三郎はアルモニアファミリーの中でも比較的話しかけやすい。しかも、前に小平太に捕まって逃げたとき、助けてくれた。 まだマシなほうだと思っていただけに、今の留三郎に少しの恐怖を抱く。 「お前が小平太を恨む気持ちは解るが、俺もお前に恨みを抱いている」 「……」 「俺はお前らみたいにガキじゃねぇから、解らなかっただろうがな」 「…でも私は謝らない」 「知ってるが、今は同盟だ。そしてこれは仕事だ。お前たちも野望を達成させたいなら、どこで大人になるか解るよな?」 殺気を滲ませながら説教を終え、受付へと向かう留三郎を見て、ギュッと拳を作ってから太ももに小型銃を隠し、追いかける。 会場には黒い服に身を包んだたくさんの人間がおり、千梅の身体は強張った。 三郎たちもだが、自分もあまり人がいる場所が得意ではない。 警戒する範囲も広がるし、死角がたくさん生まれるからだ。 もしここで劣化に襲撃されたらどう戦うか。 それを頭の中でシュミレーションしながら受付で名前を書き終え、留三郎の数歩後ろを歩く。 「吾妻。誰かに何か言われたら、俺か小平太の女だと言っておけ。それだけで近づいて来ねぇから」 「……」 やはり、留三郎という男は解らない。 恨みを抱いているなら、冷たくしておけばいいのに、こうやって優しくする。 あのアルモニアファミリーの幹部、留三郎か小平太の女だと名乗れば誰も寄って来ないだろう。人嫌いな自分には助かることだ。 華やかなパーティではないにしろ、こんなにたくさん人がいればそういう目的で声をかけてくる人間もいる。 素直に頷くことはなかったが、「使わせてもらおう」という気持ちはあった。 「(にしても…。どいつもこいつも嫌な顔だな…)」 「顔に出てんだよ。隠せ」 「すみません、生まれつきなんで」 「ここでぐらい演技しろって言ってんだ」 「…。大体、本当に私が来た意味あんの?もしまた劣化が現れるなら、目的は私じゃなくて他の誰かじゃ?」 「劣化の動きは解んねぇからお前(エサ)がいたほうが色々便利なんだよ。お前たちの力もな」 「壁になろって?」 「そのための力だろ」 「違う。そのために私たちは生まれたんじゃない…。違う…好きで…っ」 「ほんっと脆すぎだな、お前たちは」 冷たい眼差しで千梅を見る留三郎だったが、突如懐から銃を取り出し、その場にいた人間に向かって「伏せろ!」と声をあげた。 いきなりのことで勿論呆然とする参列者だったが、ガシャン!と大量のお皿やコップが割れる音が響いて、悲鳴をあげる。 「劣化…!」 「小平太、お前なぁ!」 「見つけたから先に楽しませてもらってるぞ!」 どうやら挨拶に向かったはずの小平太が、会場に忍んでいた劣化人間を見つけたらしく、戦闘を開始してしまった。 留三郎は「このバカ野郎!」とキレながら、小平太の援護をする。 悲鳴をあげながらも姿勢を低くして、参列者はその場から逃げて行くのを千梅は黙って見送り、自分はどうするべきか考える。 小平太と戦っている劣化人間の目的はなんだったんだろうか…。 自分が目当てなら小平太など放っておいて自分に突撃してくればいいのに…。それとも目的があったんだろうか。何故、社長を殺したんだろうか…。 「(あーもう…こういうのは三郎とか兵助の役割だって…!)」 あまり考えるのが得意ではない千梅は溜息を吐いて銃を取り出す。 ついでに小平太も撃ってやろうとしたが、額から血を流しつつ笑って戦っているのを見て呆れた。 「ハチみたいな奴だな…」 八左ヱ門も戦いだしたら頭に血が昇り、理性を失っていく。 戦うのが楽しい!それがヒシヒシと伝わってくる。 だがあれは危険だ。あのまま放っておくと自身の限界を迎え、自滅するのがオチだ。 しかも劣化人間の能力は自分と同じタイプっぽい。 腕が折れているにも関わらず無表情。血を流しているのに苦痛の表情を浮かべない。でも人間とは思えないほどの力を発揮している。あれは火事場の馬鹿力。 だから小平太が楽しく戦っているんだろう。 「動きもハチそっくり。…ハチに失礼だよね。私もハチとあいつを一緒にしたくない」 彼らから一度視線を背けたあと、再び小平太と劣化人間を見る。 二人とも二人の世界に入っているのが第三者から見ても解り、劣化人間の背後にもう一人敵がいることに気付かなかった。 小平太と八左ヱ門をダブらせてしまっていた千梅は慌てて二人の間に向かって走り出す。 「ハチィッ!」 間に割り込んだ千梅は、劣化人間ともう一人の敵に背中を向け、攻撃を受ける。 劣化人間に強打され、もう一人に腹部を撃たれた。 痛みを消しているし、殴られる、撃たれる感触には慣れている。 だが、血は止めることができないので、「がふっ!」と口から血を吐き出した。 その吐き出された血が目の前の小平太の頬に飛び散る。 撃たれた姿を間近で見たというのに、彼の表情は変わることがない。 だが、頬に血を浴びた瞬間、千梅の顔から目を離すことができず、ニヤリと笑って衝撃で倒れる千梅を左腕で受け止めた。 「よくやったな」 千梅に聞こえない声で、しかも自分でも気づかず千梅を褒めたあと、千梅のおかげで動きが止まった劣化人間を殴り飛ばす。 千梅を抱えたまま銃を持っている敵に向かって蹴り飛ばした。 その衝撃で再び千梅が血を吐き出したが、小平太は気にすることなく地面に寝転ぶ敵の息の根を止め、留三郎の元へと向かう。 「おい、離せ…ッ」 「…ああ」 担いでいることに気付いてないような態度で返事をしたあと、千梅をおろすと足元が若干ふらついた。 それを支えたのが留三郎。 触るなと千梅が留三郎を見上げるも、呼吸を整えるのに必死でそこまで拒絶できなかった。 「私なら平気だから離せ」 「留三郎、どうかしたか?」 口から大量の血を流している千梅を見て、留三郎は複雑な感情を抱いていた。 千梅は、千梅たちは部下を殺した憎むべき相手。でも今は同盟を結んでいる。上辺だけだが、仲間だ。なのに仲間を助けてくれた。 憎んでいいのか、冷たくしていいのか、「助けてくれてありがとう」とお礼を言っていいのか…。 解らない感情に複雑な表情をしたあと、撃たれた箇所を抑えている千梅の頭をポンッと撫でたあと、すぐに背中を向けて歩き出す。 「留三郎」 留三郎の行動に不思議に思っている千梅の横を小平太が通り過ぎて彼の名前を呼ぶと、留三郎は足を止める。 振り返る留三郎と、まだ殺気を滲ませている小平太が対峙する。 「なんだ今の真似」 「なんだってなんだ」 「何で吾妻にそんなことした」 「お前を助けてくれただろ」 「あんなのなくても死ななかった」 「ああ、そうだな。でもやってくれたんだ。それに対する礼はちゃんとするさ」 「…」 「吾妻、寝れば治るんだろ。車戻ってろ」 「……」 「どうした?」 「なんでもない」 寝れば治ると簡単に言うが、眠くもないのに寝れるわけがない。 一応、どこでもすぐに寝れるよう訓練してきたが、簡単なことじゃない。 血を流しながらゆっくり車に戻って行く千梅を見た留三郎は、それを察したのか千梅を追いかけた。 それがやはり気に食わない小平太も二人を追いかける。 会場は他のファミリーが指示を出して一般人をどこかへ誘導していた。 「(伊作に言われた通り、睡眠薬持ってきたけど正解だったな…。つか伊作すげぇな)おい」 「……」 「睡眠薬だ、飲め」 車に乗せていた薬を取り出し、千梅に渡すと、千梅の動きがピタリと止まった。 本当に時間が止まってしまったんじゃないかと見間違うほど、カチカチに固まっており、次に大量の汗を流し始める。 尋常じゃない千梅の態度に留三郎は片方の眉だけをしかめて、肩を掴む。 「ごめんなさい…。もう嫌です…!許してくださいごめんなさいごめんなさい!」 「おい吾妻…?」 ガタガタと全身が震えだし、血を失ってからか、それとも恐怖でか顔面を蒼白にして謝り続ける。 「(過去のトラウマってやつか…)」 そう言えば、本部の与四郎から千梅たちに関する情報を届けてもらった。 出生は解らないが、彼らがレゴーラファミリーと関わりを持っていることを知り、何故潰したいかも直接聞いたわけではないが解った。 自分たちを実験体にし、こんな身体にした彼らに復讐をして、トラウマから解放されたいのだろう。 それが自分たちの考えであり、納得いく理由だと思う。 だからと言って、こんなことが同情の材料になるかと言えば別である。 別であるにも関わらず、目の前で怯えている千梅はただの幼い子供にしか見えず、根が優しい留三郎は「どうにかしてやりたい」と思ってしまった。 「とりあえず薬を飲め!」 飲ませようとする留三郎だったが、千梅は激しい力で抵抗してくる。 そのせいで血が止まることなく地面に飛び散っているのだが、それに気づく余裕すらない。 どうしようかと思った瞬間、予備の睡眠薬を小平太が奪い、自身の口に含む。 「小平太?」 「こっちのほうが早いぞ」 暴れる千梅の手首を掴んで、唇を重ねたあと、含んでいた薬を千梅の口に移動させる。 飲み込むまで離れないでいると、観念したのか喉を通った。 「お前とするときはいつも血の味だな」 「はぁ…はぁ…!」 「さっさと寝ろ。怪我したお前なんて役たたずだろ」 血と唾液をペッと吐き捨て、手首で口を拭ったあと会場へと戻る小平太。 小平太のキスのおかげで理性を取り戻すことができた千梅だったが、血を流しすぎたせいでまともに立つことができず、再び留三郎に支えてもらった。 「吹きかけるタイプは身体によくねぇらしい。もうちょっとしたら眠くなってくるから寝てろ」 「……あいつ、…嫌いだ、…っ死ね…!」 「でもああしねぇとお前薬飲まなかっただろ。お前の気持ちは解る。女だからアレもトラウマになってるだろうが、あのままだとお前死んでたかもしれねぇぞ」 「…」 「割り切れ。大人の世界とはそういうもんだ」 まるで自分にも言い聞かせているような発言に、千梅は言い返す言葉もなく、大人しく車の後部座席に乗って深い眠りについた。 ( TOPへ △ | ▽ ) |