ドレスと車内 「絶対に断る!」 あまり来たくないアルモニアファミリーのアジトにやってきた千梅は、目の前にいる使用人に殺意を向けた。 使用人…メイドはシンプルな黒いドレスと持ったまま戸惑っている。 仙蔵に連れて来られた千梅は強制的にお風呂に入らされ、しかもメイドに色々をお世話をされた。 他人に触れられるのが大嫌いな千梅にとって苦痛でしかなく、機嫌を損ねたまま髪の毛をセットされ、挙句ドレスを着ろと言う。 「ですが…」 「もういいっ、立花連れて来い!」 お風呂は我慢した、髪のセットも我慢した。だけど服だけは我慢できなかった。 あれ以来、女の子らしい恰好…スカートやワンピースははきたくないのだ。 睨みつけてくる千梅にメイドは震えあがり、そそくさと部屋をあとにする。 仕事だと解っていても、これだけはやりたくない。皆に迷惑かけてしまうが、断らせてもらおう。 仙蔵が入ってくるまでバスローブ姿のままあぐらをかいて、ソファに座っている。 どこを見ても綺麗でお洒落なアルモニアファミリーのアジトに何故か苛立ち、無意識に貧乏ゆすりをしていた。 「何で女の恰好しないといけないんだよ…。男装でいいじゃん、男装で。どうせ胸ないんだし!」 「例えお前に胸がなかろうと、今回はお前にぴったりの仕事なんだ」 「げぇ」 「お前が呼んだのだろう。仕事で忙しいのに手間をとらせるな」 「相変わらず色気ないなー」 「……」 千梅だけではなく、仙蔵も苛立っていた。 いつになっても支度は終わらず、終わる前に呼ばれて来てみれば子供のようにダダをこねる千梅。 なので最終手段として千梅の天敵である小平太を連れて来れば、やはり顔面を蒼白にして言葉を失った。 「小平太に着せられるか、メイドに着せられるか、それとも自分で着るか。どれがいい?」 「え、私が着させるの?私できないよ?」 「ちょっと黙ってろ小平太。吾妻、どれがいい?」 究極の選択を与えられた千梅は表情を歪めたまま目を瞑り、「解った」と素直に頷いた。 「いいか、次我儘言ったり、私を困らせるようなことをしたらこうなるぞ」 「クソ野郎が」 「口の躾は長次あたりに任せるかな」 「私しようか?」 「小平太も躾される立場だろ。それより小平太、吾妻を見張ってろ」 「えー…」 「出て行けェ!」 近くにあったものを二人に投げつけると、簡単に避けながら部屋を出て行った。 残された千梅はハァハァと呼吸を乱しており、震える手で黒いドレスに手を伸ばす。 自分の身長に合わせた丈。シンプルな作りなのにところどころにあるフリルが可愛かった。 だけど、パーティというには地味すぎる。 用意されている、トーク帽、バラのブローチ、二の腕までの手袋、その他諸々…。全てが真っ黒。 「まるでお葬式に行くみたいだ…」 呟いて気付いた。 自分が想像しているパーティに行くんじゃないと。 何故葬式に連れて行かれるのか解らないまま、着替え終わった千梅は大きな鏡で自分を確認する。 げっそりとした表情に似つかないほど綺麗で少し可愛い黒のドレス。 胸部分を二重に仕立て胸を増量しているのを見て、自分専用に作ってくれたんだと解って苛立ちが増した。 「着替えたか」 「うわああ!」 「なんだ、化粧がまだか。おい、さっさと仕上げろ」 「かしこまりました」 メイドにメイクを施してもらい、三郎にやってもらるときより綺麗に仕上がった。 それでも普通の女の子みたいに「綺麗になった、嬉しい」とは思わず、面倒くさそうな仏頂面で自分を見ている。 またタイミングよく入って来た仙蔵に「行くぞ」と言われ、仕方なく後ろをついて行く。 服は動きにくく、何度も遅れをとっていたが仙蔵は待ってくれない。 「とある社長が事故で亡くなってしまってな。そこに行く」 「あーそう。でも私は必要ないでしょ?」 「その社長はな、劣化に殺されたらしい」 歩きながら喋る仙蔵に、千梅の身体に緊張が走った。 アルモニアファミリーと関わりのあるどこかの企業の社長が劣化に殺された。 公では「病死」と伝えられたが、実際は胸を一突きに殺されたらしい。 殺した犯人、劣化は捕まっておらず、もしかしたら今回の葬式にも来るかもしれない。 そもそも、劣化の動きがよく解らない。だが、一つだけ解ることがあった。 「お前たちを狙っているらしいから、エサになってもらおう」 「……」 そう、劣化は千梅たちを狙っていた。千梅たちを狙い、何度も襲われた。 勿論、そういった奴らは全員始末したが、どいつもこいつも理性にかけている連中。(だから劣化と言われているのだが) だがたまに、アルモニアファミリーに関係する者を殺す輩もいる。 誰かの命令…レゴーラの命令なんだろうか、それとも彼らの意志なんだろうか…。 解らないことばかりだが、邪魔をするなら削除するまで。どうせならエンカウントの確立をあげるエサもつけて…。 仙蔵と千梅が向かったのは黒のベンツ。その車の横には留三郎が立っており、仙蔵と千梅を見てから運転席に乗り込んだ。 「(食満か…。まぁ…この人は比較的マシだからいいか)」 「留三郎、小平太。あとは頼んだぞ」 「ハァ!?」 「ああ、任せろ」 「小平太、挨拶ぐらいできるよな?」 「おう。あとは適当にして過ごすさ。あいつらが出てきたら遠慮しないがな!」 後部座席には小平太が乗っており、千梅は嫌悪をむきだしにして仙蔵を睨みつける。 だが仙蔵はニヤニヤと笑っている。 「今回亡くなった方は、留三郎と小平太が世話になった方らしくてな」 「貴様っ…!」 「いいから乗れ」 「っ!いつか覚えてろ…ッ」 吐き捨てたあと、助手席の扉に手をかけ、バタンッ!と強く閉める。 留三郎に「壊すなよ」と言われたが、返事をすることなく窓に顔を向けた。背後の視線をひしひしと感じながら…。 留三郎と仙蔵がドア越しにいくつか言葉をかわしたあと、車は静かに走り出す。 車内は静か。だったのは最初だけで、すぐに小平太が留三郎に喋りかける。 小平太の声を聞くだけで苛立ちと不快感が増す。 思い出したくないことまで思い出して、無意識に唇を噛んでいた。 「おい、止めろ」 それを止めたのは留三郎。 視線は前に向いたまま左手で千梅の唇を触り、滲んでいた血を指の腹で拭う。 一瞬何をされたか解らず、目を見開いてされるがままだったが、チラリと千梅を見てきた留三郎と視線が合った瞬間、睨みつけて手を払った。 「私に触れるな」 「へいへい」 「じゃあ私が触ってやろうか?」 「貴様はそれ以上私に近づくなッ!」 「でも着くまで暇なんだよなぁ」 喪服を着ているくせに、いつものごとくまともに着ていない小平太。 ネクタイを緩ませ、ボタンを外している小平太に留三郎が「ちゃんと着ろ」と叱るも、小平太は笑うだけで直そうとしない。 「そうだ、吾妻。お前、傷は消えるがキスマークは消えないらしいな」 「それ以上喋ったら貴様の眉間に穴一つ開けるぞ」 「吾妻、小平太。遊ぶな」 「っ私は遊んでない!この男をどうにかしろ!」 「そこまでやる義理はない。同盟とは言え、お前は俺の仲間を殺した奴らだ」 「だ、そうだ。残念だったな千梅」 「名前を呼ぶなクソ野郎!」 留三郎は優しいかと思えば、ある一線を境に冷たい。いや、これが普通だ。 葬式会場に到着するまで、千梅は小平太に遊ばれ続け、何度か車内で発砲しては留三郎に怒られるのだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |