夢/マフィア後輩 | ナノ

子供と仕事


人体強化された人間…通称「劣化」と初めて接触してから数週間が過ぎた。
三郎たちはアパートから逃げるように去り、新しい棲み処へ移り変わっていた。
そこは前住んでいた場所とは正反対のような場所。
裏路地を入り、奥深くへ進んでいくと小汚いビルがあり、その一室にアジトを構えてこっそりと生きている。
ここだったら劣化が来ても一般人に迷惑をかけることがない。例えここにいる人間に迷惑をかけたとしても、ここにいる人間は世の中から「ゴミ」と言われる人種ばかり。
ゴミが死んだとしても誰も困らない。
酷い考えではあるが、綺麗ごとを言っていられるほど自分たちが綺麗な人種ではない。そう、彼らも所詮は「ゴミ」だ。


「今日もお肉、明日もお肉。でもたまにはカレーが食べてぇなっと…」


表世界…街の商店街で買い出しを終えた八左ヱ門が荷物を持ってアジトに戻ろうと道路を歩いていると、目の前にサッカーボールが転がってきた。
反射的に足でそれを止め、ハッと気づいて足をあげると、横の公園から小さな男の子が出てきて、「お兄ちゃん!」と声をかけられる。


「お兄ちゃんありがとう!」


どうやら彼らのボールらしい。
テトテトと小さな子供らしい走り方。お礼を言うときの笑顔は当たり前だが幼く、純粋にキラキラと光っていた。
それが眩しくて、表情を曇らせたあと、ボールを拾って素っ気なく渡す。
だと言うのに少年はニコニコと笑ったまま八左ヱ門を見上げていた。


「…どうした?」
「お兄ちゃん、サッカーつよそうだな!いっしょにしようよ!」


まさかのお誘いに瞳が揺れた。
子供は好きだ。可愛いと思うし、純粋だし…。
でもそれと一緒に、「怖い」という感情が湧いてくる。
自分の能力は人間を簡単に壊すことができる。だから触れないし、近づいてほしくない。
あともう一つ。昔のことを思い出す。


『ハチ!』
「―――ッ!」


あの施設で出会った友達を、まだ制御できなかった力で殺してしまった。
人間がただの肉塊になったとき、胃袋に入っていたものが全部出た。
怖かった。目の前の友だったものを見るのも、人間を壊してしまった自分も…。


「お兄ちゃん…?」
「あ…ああ、悪ぃな。俺ちょっと早く帰らねぇと…」
「えー…。おれら三人しかいないからちゃんとあそべないんだ…。たのむよー!」


ボールを持ったままギュッと八左ヱ門のズボンを握る少年に、全身がビクリと飛び跳ねる。
このままだとまた壊してしまう。小さな手を拒絶するとき、壊してしまうかもしれない。
血で汚れた少年の顔が一瞬映って、冷や汗が額から頬を伝って地面に落ちた。
優しく、花を摘むような力で男の子の手に自分の手を添え、「ごめんな」と不器用な表情で笑って離れる。


「(怖い。壊しそうで怖い…。頼むから俺に触らないでくれ…!)」
「ケチ!もういいよばーか!」


拗ねた子供は舌を出したあと公園へと走って戻り、それを見守った八左ヱ門はあからさまにホッと息をついて、その場からそそくさと退散した。
暗い路地に入った瞬間、早まっていた心臓は落ち着きを取り戻し、アジトへと帰る。
路地裏には生気のない目をした男や女たちが寝そべっており、それを見ても怖いとは思わなかった。
一般人からしたら、きっとこっちのほうが怖いだろう。だけど八左ヱ門にとっては子供のほうが怖いのだ。


「……」
「お帰り、八左ヱ門。どうしたの?」


アジトには千梅しかおらず、読んでいた本を閉じて八左ヱ門に顔を向ける。
平常心を取り戻していたと思っていたが、顔色は悪く扉の前に立ったまま動こうとしない。
不思議に思った千梅は八左ヱ門に近づき、下から顔を覗き込む。
すると目が見開いて一歩後退した。


「なんかあった?」
「いや……」


千梅の質問に素っ気なく答えたあと、横を通り過ぎて千梅が座っていたソファに身体を投げる。
何かあったんだろうとは思うが、ちゃんとした理由が解らない千梅。
ソファにうつ伏せになって寝転ぶ八左ヱ門の隣の床に座り、頭を撫でてあげながらもう一度「どうした?」と聞いてあげると、顔を伏せたまま首を左右に振る。


「何かあったか知らないけど、大丈夫だよ。八左ヱ門は私たちの大事な家族なんだからね」
「……おう…」


優しく声をかけてあげると、少し間を置いたあと顔をあげて答えた。
劣化が現れてから、精神が安定しない。少しのことで心が乱れてしまう。
情けないと思いつつも、毎日を過ごしている。
しかし、劣化の件とは別のストレスが彼らにかかっていた。


「相変わらず汚い場所だな」
「「げっ」」


それが、同盟を結んだアルモニアファミリーの彼らである。
同盟を結んで以来、何かにつけ仕事を持ってきては自分たちをこき使っている彼らに、八左ヱ門たちは多大なストレスを感じていた。
確かに同盟を結んだが、ここまで関わりたくなかった。
使ってやるつもりが、逆に使われている始末。現に今も兵助、勘右衛門、三郎、雷蔵は彼らの仕事を手伝っている。
勿論、それなりの報酬を貰っているから手伝っているのだが、彼らと関わると精神的にも肉体的にも疲れてしまうのであまり関わりたくないのが本音。


「竹谷、吾妻。仕事だ。勿論、手伝ってくれるだろう?」


一枚の紙を持ってきたのはアルモニアファミリーの頭脳、立花仙蔵。
こんな場所には似つかない服装と、真っ白な手紙。
仙蔵の登場に千梅は立ち上がり、八左ヱ門の隣に座って身を寄せる。
八左ヱ門も無意識に千梅を自分に引き寄せ、警戒をするのだが、仙蔵に睨みなどきかない。


「断る。俺らがいなくなるとここはカラになっちまう」
「こんなところをカラにしても誰も来ないだろ。同盟相手の頼みも聞いてくれんのか?」
「一方的な頼みなんて聞きたくないって言ってんの!もう帰ってよ!お前らの顔なんて見たくない!」
「相変わらず生意気な口をきくな、吾妻は。そんなに躾されたいのか?」
「はっ!私を?あんたに躾できるとは到底思えないけど?」
「お前の躾担当は小平太だ。と言ったら?」
「っ殺す…!」
「立花テメェ…。それしたら俺も本気出すぞ……」
「おー、怖い。そうされたくなかったら頼みぐらい聞いてくれてもいいではないか。レゴーラファミリーの情報が欲しいんだろう?」


ピラピラと手紙を見せつけるかのように動かしたあと、ニヤリと笑う仙蔵。
言った覚えがないのに、自分たちの目標がいつの間にか彼らに伝わっていた。
最初は驚いて言葉を失ったが、もう開き直った。
そのまま隠しても彼らには嘘なんて通じないだろうし、逆に遊ばれてしまう。ならさっさと本音を吐いて、有利な情報をもらおうと三郎が提案。
それからと言うもの、確かに色々な情報をくれるが、こうやって使われてしまう。
仙蔵は彼らの態度を見ては楽しそうに笑い、どうやって遊ぶかを考えるのが日課になっている。


「でも……ここを離れることはできない…」


千梅が絞り出すような声を呟いたあと、八左ヱ門も頷いて仙蔵を見る。
「これだけは譲れない」そういった強い視線に仙蔵は真面目な顔に戻って、フンッと手紙を二人に預けた。


「ならば吾妻。お前が来い」
「え…」
「本当はお前と竹谷をコンビで使いたかったんだが、ここにいたいなら仕方ない」
「……」
「千梅…」
「これが終わったらまた情報をくれてやる。レゴーラだけじゃなく、劣化の情報もだ」
「…解っ、た…」
「で、でもよ千梅…!お前まだ体調が…」
「ううん、もう完治してるよ。大丈夫」
「千梅…!っ立花、千梅に無理させやがったら絶対に許さねぇからな!」
「それは吾妻に動き次第だな。私たちの動きについて来い。では行くぞ」


先に部屋を背中を見せる仙蔵を見送って、千梅は八左ヱ門に笑顔を見せてから「行ってきます」とハグをする。
今生の別れをするような雰囲気だが、それほど彼らにとって仲間は大事なのだ。


「無理すんな。あと、絶対に死ぬなよ。死ぬんなら俺の目の前で死んでくれ」
「うん…。皆の顔を見て死にたい。でもこれからも生きたいから死なないように気を付けるよ」
「おうっ」


離れたあと、軽い荷物を持ってアジトを後にする。
建物の外に仙蔵が待っており、千梅を見るなり「行くぞ」とさっさと歩き出す。
早い歩調に置いて行かれないように小走りをする千梅。
隣に並びたくないからその斜め後ろをついていると、名前を呼ばれて「はい」と答えることなく顔をあげた。


「その小汚い恰好も止めろ」
「スーツですけど?」
「ああ、滲み出ているのか。まずは身体を洗え。きちんと、女性らしくしろ」
「…は?」
「パーティにご招待されたのですよ、お嬢さん?」
「………はぁああああ!?」


ニコリと胡散臭い笑顔を浮かべる仙蔵と、驚きと焦りの悲鳴をあげる千梅。
「やっぱり無理」と断る前に手首を捕まれ、ズルズルと引きずられながらアルモニアファミリーへと連れて行かれるのだった。


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