夢/マフィア後輩 | ナノ

劣化と引っ越し


黒いスーツを着た六人が並べばそれなりに目立つ。おまけに、学生のようにぎゃあぎゃあと騒ぎながらだったら尚更。
アルモニアファミリーの屋敷前に停めていた車は誰かに意図的に壊され、仕方なく歩いて帰ることにした六人。
距離はかなりあったが、歩くことは嫌いではないし、公共バスなどには乗れないし、乗りたくない。
アジトのアパートに戻って来たのはすっかり日が暮れ、大人たちが騒ぎ出すころ。
六人の中で比較的体力が劣っている兵助と千梅の顔は疲れており、最後尾をゆっくり歩いている。
元気なのは八左ヱ門と勘右衛門。先頭を歩いて尽きることのない話題で盛り上がっていた。


「騒々しいな」
「元気なのはいいことだよ。兵助、千梅、大丈夫?」
「……」
「なんとかー。兵助は疲れてるみたい。誰か豆腐一丁」
「三丁くれ」
「全く…」


騒がしい前と、静かな後ろに挟まれているのは雷蔵と三郎。
まるでお父さんとお母さんのような二人は、時々暴走しないように前を止め、ついて来ているか確認するように後ろを確認する。


「……ねぇ、なんかいるよ」


もう少しでアパートに着くというころ。
賑やかに人が行き交う商店街に、微動だにしない人間が一人だけ立っていた。
違和感しかない人間、男に勘右衛門が最初に気付いて皆に声をかける。
周りの一般人は気にしていない様子だが、六人はすぐに警戒して歩くのを止めた。
男はズボンにシャツといったシンプルな服装。歳は自分たちと同じか上か…。


「明らかに怪しいな。八左ヱ門、見覚えは?」
「三郎になかったら俺らもねぇよ」


男は真顔だったが、何だか目の焦点があっていない。
その目を見たとき、自然に汗が溢れて、頬を伝う。
自分の中で何かをセーブしている。過去を思い出しそうになる。だからあの目が怖い。


「―――言うの忘れてた…。怪しい人間がいるって……。勘ちゃん」
「うん、十中八九あいつのことだろうね」
「バカ二人のせいで報告聞くの忘れてたな」
「ちょっと酷くない!?元はハチのせいだからね!」
「はいはい、全部俺が悪ぅございました!いいからここから離れるぞ。あいつヤバいんだろ!?」
「でもついて来てくれるかな…。とりあえず様子見ながら路地裏に―――」
『雷蔵ッ!』


雷蔵が皆をつれて人通りのない路地裏に入ろうと、男に背中を向けた瞬間、人間とは思えないほどの跳躍力で雷蔵に襲い掛かった。
すぐに八左ヱ門が男を迎えうち、千梅が雷蔵を庇う。
いつの間にか男はナイフを取り出し、八左ヱ門の胸のあたりで止まる。


「んっの…!」
「ハチ何してんだよ!早くぶっ飛ばせって!」
「うるせぇ黙ってろ千梅!」


雷蔵を庇ったまま千梅が吠えるも、八左ヱ門はナイフを持った手首を掴んで動きを止めるのが精一杯。
力を使っているはずなのに、相手の力も凄まじくこのままだと危ない。
それに気づいた一般人は驚き、逃げ惑う。
三郎が舌打ちをして、皆を連れて路地裏に逃げながら八左ヱ門に「お前も来い!」と叫ぶと、足を払ったあと皆のもとへと向かう。
勿論すぐに追いかけてくる男の攻撃をかわしながら。


「テメェふざけてんのか!さっさと殺れよ!」
「ふざけてるのはお前だ千梅!あんな人が大勢いるところで殺してみろ、またアジトを変えなければいけないんだぞ!」
「でも三郎!」
「悪い……あいつ…なんか変だ…。俺と同じぐらい力強いんだよ…!」
「兵助」
「……。報告はあとからだ。八左ヱ門、すまないが動きを止めてくれ」
「…解った…!」


足を止め、振り返ると、男は思ったより近くにいた。
驚きはしたものの、先ほど同様に動きを止める。
その間に兵助が銃で殺そうとしたのだが、男が八左ヱ門に喋りかけた。


「僕たちはいい子だからボスに忠実なんだ…。お前たちを殺して、いっぱい褒めてもらって、薬から解放してもらうんだ…。強くなったら薬しなくてすむって…。そして、ボスのために…!」
「―――ああああああああッ!」


パァン!と渇いた音が建物に反響し、空へと消えていった。
八左ヱ門の叫びに兵助は間違えて男ではなく、八左ヱ門を当ててしまったのかと思ったが、地面に倒れるのは男だけ。
倒れた男に警戒しつつ雷蔵が八左ヱ門に近づいて肩に手を添えると、過剰にその手を拒絶した。
強いと言ったが、そこまで強かったのか?と質問したくなるほど、彼の額からは大量の汗が流れている。
呼吸も肺呼吸ではなく、肩で呼吸しており、雷蔵を見る目は興奮していた。


「八左ヱ門…落ち着いて、こいつは死んだよ?」
「あ…っ…いや、…ああ…」
「ハチッ、大丈夫?なにかあった?」
「すまない八左ヱ門、俺が間違えて撃ったか?」
「違う…違うんだっ…!早く家に帰ろう…っ」


歪んだ表情で切実に喋る八左ヱ門に全員の心が乱れる。
兵助たちの報告も気になるし、八左ヱ門が何故取り乱しているかも気になる。
きっと知ってしまったらまた泣き叫びたくなるだろう。
解っているけど、これが自分たちが選んだ道だ。と、割り切るようにしてアジトへと戻って行った。


「アルモニアファミリーから正式にマフィアだと言われ、マフィアたちはそれに同意した」


殺した男は三郎と勘右衛門が片付け、アパートに戻って来た六人。
外が警察で騒々しいが、裏口からこっそり戻った彼らはいつものソファに座って、先ほどあった会合の内容を全員に伝える。
正式に自分たちがマフィアになって、アルモニアファミリーと同盟を結んだ。名前は「ウロボロス」。
自分たちの野望、レゴーラファミリーを潰すためとは言え、アルモニアファミリーと同盟を結び、マフィアになるなんてとんだマゾヒストだ。
そう皮肉に笑うのは三郎。


「そして今さっきの奴と関係があるが…。巷で「人体強化」ができるドラッグが流行っているらしい。どこのファミリーがしているのかは解らない。…解らないが……」


兵助の重たい口調と言葉に全員がさらに静まる。


「でもさっ、あいつらじゃないかもしれないじゃん?」


明るい声で喋るのは感情を消した勘右衛門。
だが、次の八左ヱ門の言葉にさすがに笑えなくなってしまった。


「あいつ、俺たちと一緒だ…。薬から解放してもらうって…っ。まだあの実験してたのかよッ!ふざけんなよ!」
「……だから私たちが戻って来たんだろう。完全に潰して、あんな実験をさせないためにも…あの男みたいな奴を増やさないためにも…」
「ドラッグもだ。あれも止めないといけない。あれはダメだ!」


六人はレゴーラファミリーのある研究施設で育った。
医療関係に力を注いでいるレゴーラファミリーは惜しみなく資産をつぎ込み、街に貢献している。
だが、その裏では言えない実験が行われていた。それがドラッグで問題になっている「人体強化」。
兵助たちもその研究の初期実験体で、それが見事に適合した選ばれた子供たちだった。
幼い頃より様々な薬を投与され、副作用や日々の実験に苦しんだ。
それとは別に、マフィアに必要なものを教え込まれた。
体術、射撃、会話術などなど…。勿論教え込まれたあとは実践。
薬に適合せず、廃人となった子供たちの処理を何度も行った。
だが、その力を自分のものにしたとき、六人で施設を脱走し、成功した。
外に出ることなんて滅多になかったし、どうやって生きていけばいいのか解らなかったが、彼らから教えてもらった知識が役に立った。
別の街に移動してから数ヶ月は大人しくしていたのだが、根付いた過去にいつまでも怯えてしまう。
そして風の噂で聞いた。実験がまだ続いていると……。
最初は戸惑ったけど、過去を断ち切るため戻って来た。
戻って来るのにたくさんの歳月が経ってしまったし、未だに精神は幼く脆いが、ゆっくりと時間をかけながら過去を乗り越えていっている。


「……」
「…うっ…うぅ…!」


そう思っていたのに、やはり目の前にすると身体が震えあがってしまった。
雷蔵は一層険しい顔で身体を硬直させ、千梅は恐怖のあまり泣き出してしまう。
三郎は雷蔵を、八左ヱ門は千梅の身体に触れて「大丈夫だ」と言ってあげるが、自分の身体も震えていた。


「ともかくさ、ここから離れない?またあいつらが来るかもしれないし、今日のことでここに住めなくなったでしょ?警察もそろそろ来るだろうし」


静まる部屋に明るい声を放つのは勘右衛門。
力を使っているのは解るが、自分を守るために使っているわけじゃない。
これ以上皆が恐怖で押し潰されないために、副作用も気にせず使っている。


「今さっきの男も気になるし、レゴーラの動きも気になる…。特に動きを見せないからねぇ……情報が欲しい。その為にアルモニアに近づいたんじゃん」


マフィア全滅なんて嘘だ。いや、嘘ではないが。
本当の目的はレゴーラファミリーの消滅。そのために同じぐらい力を持つアルモニアファミリーの力が必要だ。
できることなら彼ら同士が戦って、消してほしかったが、どうもそれは無理みたいだ。
均衡を保つことしか考えてなかったから、わざと六人が街を乱した。それも、アルモニアファミリーが統治する地区のみを。
アルモニアファミリーの目にとまり、こちら側にすればあとはレゴーラを潰すだけ。
彼らにとってアルモニアファミリーも所詮は踏み台だったのだ。


「そうだな……。とりあえずここから消えよう。荷物をまとめてくれ」


三郎の言葉に間を置いて全員が頷き、静かな引っ越しが始まる。
目標まであと少し…。


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