過去と挑発 『(今日もまたか……。もうつかれた、死にたい…)』 彼らの記憶に残るのは、「白い部屋」と「注射」と「怖い人たち」。 思い出すだけで眩暈がして、何もかも嫌になって意味もなく叫びたくなる。 最初にその「施設」に来たのは兵助。 幸せだった日常から、父親の死が原因で施設にやって来た。 微かに覚えている記憶には、たくさんの子供たちがいた。 自分と同じ境遇の子供たちの目は死んでおり、最初は理解できなくて恐怖で震えていたが、理由が解って、慣れていったら自分もそんな風になった。 次に来たのが勘右衛門。彼は来た当初から笑顔が絶えなかった。 苦しいことも、悲しいことも、切ないことも、全部笑顔で耐えた。 凄い思った。同時に、眩しいとも感じた。 自分のために泣いてくれたこともあった。助けてくれたこともあって、死んでいた目は再び輝きを取り戻した。 勘右衛門がいるから元に戻れた。 『おれ、兵助がいないとさみしいよ…!おねがいだから、「しにたい」なんて言わないで…。他のみんなみたいに死なないで!』 次に来たのは三郎だった。 来た当初から彼の目には光りがなかったが、次に来た雷蔵のおかげで彼も光りを取り戻した。 兵助にとって光りが勘右衛門なら、三郎にとって雷蔵が光りだ。勿論、反対もそうだ。 『雷蔵にするぐらいなら、わたしにしろ!』 『三郎…っ。ご、ごめんなさい…!ぼくが悪いんです、ぼくが…ぼくっ、ぼくッ!うわあああん!』 感情を殺していたが、友人ができて、仲間になって、かけがいのない者になったとき、初めて「逃げたい」と思うようになった。 そんなときに来たのが八左ヱ門。 彼も勘右衛門同様明るく、そして強かった。 何度暴力を受けても彼の目から光りが消えることがなかった。 八左ヱ門が一番年上だったから、自分たちの前では強気でいたのかもしれなかったが、八左ヱ門が泣いたところは見たことがない。 『オレが一番年上だし、つよいからな!大丈夫、怖くねぇ。怖くねぇ!』 最後に連れて来られたのは千梅。 「帰りたい」しか言わない、言えない子だった。 話しかけても全てを拒絶して、泣いて、喚いて…。 だけどまだその頃がマシだった。千梅も日が経つにつれ感情を失っていった。 そんな彼女に彼らは優しく寄り添う。声をかけることなく寄り添って、千梅は徐々に彼らに懐いていった。 『もうやだ…。にげたい、怖い…っ。たすけて…!』 たくさんいた子供たちは、自分たち六人だけになってしまった。 色々あった。色々してしまった。消したくても消せない過去に彼らはいつまでも囚われたままだ。 『オレたちは弱いから…。仲間って証がほしいな。目に見えて解るもの』 『イレズミは!?オレ、あれカッコイイなって思ってたんだよ!ね、はっちゃんもそう思うよね?』 『おう!強そうだしな!』 『八左ヱ門はいつも単純だな…』 『ボクもイレズミいいと思う。あ、でも千梅は女の子だし…』 『やだ、わたしもいれる!みんなといっしょがいい!』 決めた刺青は「ウロボロス」。 一つ、自らが自らを養う。最後は自分を守れ、生き残れ。と、仲間たちを気遣う。 一つ、自らが自らを傷つける。副作用に気をつけろ、意識しろ。仲間が大事なんだ、止めてくれ。 そして、 『俺たちは未熟だ。自分で自分を壊して、成長するしかない』 『そうだね、大人なんて信じられないし?』 『いい歳だけど、僕たち未成熟だもんね。しょうがないよ』 『目標と現実に悩んで葛藤するだろうが、それもまたよし。お前たちとならそれも乗り越えられるよ』 『それを戒めにして、刺青彫ったんだろ?意識してりゃいつか成熟できるだろ!』 『これがあるから、道を踏み外すことはないよ。血の繋がりのない私たちの家族の証にもなる!勿論、なくても私たちは家族だけどね』 彼らはレゴーラファミリーに復讐するために再び戻って来た。 他のマフィアなんてどうでもいい。レゴーラだけ潰すことができたらいいのだ。 全ては踏み台。 大事な仲間、家族を守りたいがために彼らは戦っている。 「(いや、もしかしたら自分を守りたいだけなのかもな…)」 「兵助、突っ立ったままだけど大丈夫?」 「……っあ…。ごめん、勘右衛門…」 「ううん、俺もあの場にいたくなかったから助かった」 「…。千梅を…家族をあんな風に言われると腹が立つな」 「今まであんな風に言われたことなかったからね。大丈夫?」 「うん、大丈夫。皆のところに戻ってアジトへ帰ろう。ここはどうも居づらい」 「そうだね!」 部屋を飛び出した兵助は昔のことを思い出していた。 ここ最近どうも精神が安定しない。 モヤモヤばかりで、嫌なことばかり考えてしまうし、嫌なことしか続かない。 張っていた気を深呼吸して落ち着かせ、四人が待っている待合室へと向かうと楽しそうに食事をしているのが見えた。 彼らの笑顔を見ると気が休まる。よかった、と安堵の息をついた。 「あ、お帰り二人とも。終わったの?」 「ああ。さっさと帰ろう」 「ちょ、ちょっと待ってくれ兵助!俺まだあれ食べてない…」 「私まだデザート食べたい!」 「お前たちには本当に首輪が必要だな…」 「…ねぇ雷蔵。もしかしてずっとこんな感じ?」 「うん、勿論」 呆れる勘右衛門と、苦笑する雷蔵と、真顔のままの兵助。 八左ヱ門と千梅は三郎に怒られながらも口だけは動かし、まだ食べてなかったものを堪能する。 そのせいでさらに怒られ、拳骨を食らった二人は強制的に連れて行かれて車の元へと戻った。 案の定、車は壊されており、勘右衛門は声に出して笑う。 怒っていたのは、感情的な八左ヱ門と千梅のみで、兵助も雷蔵も三郎も何も言うことなく、壊された車の横を通ってアジトへと歩いて帰る。 「どいつだよ俺らの車壊したの!」 「ムカつくー!そいつらぶっ殺したい!」 「だから落ち着け。降りたときから解っていただろ」 「「でも!」」 「はいはい、二人とも落ち着いて。それ以上喋ると三郎に怒られるよ?三時間説教は軽いけど、それでもいいの?」 雷蔵の言葉に二人は押し黙り、最後尾をトボトボと歩いて彼らについて行く。 その時、八左ヱ門の首筋にチクリと突き刺さるような視線を感じて、バッと振り返る。 千梅は気づいてないようで、「どうした?」と声をかけて同じく振り返ると、屋敷の屋上に誰かがいるのが見えた。 遠くて解りにくかったが、八左ヱ門には見えるようで睨み返したまま動こうとしない。 屋上には小平太と長次、留三郎の三人がいた。 長次は缶コーヒーを持ったまま、空を見上げている。留三郎は煙草をくわえたまま、俯いて頭を抱えている。 サラリーマンの休憩中みたいな光景だったが、小平太だけは八左ヱ門を見下し、突如胸の刺青を見せつけた。 「貴様が私に勝てるか」 そう言っているかのような挑発。おまけに、中指まで立てて。 いつかの自分たちを真似してるんだと解った八左ヱ門は笑い、ジャケットを千梅に投げつけてシャツを脱いで背中の刺青を見せつけた。 同じく中指を立て、舌を出して挑発。 「だったら降りて来な」 八左ヱ門の心の声が聞こえたのか、小平太はさらに殺気を飛ばして手すりをグッと握りしめた。 だが、隣に長次に止められてしまった。 さすがにこの高さから飛び降りたら死んでしまう。だけど無意識に身体が八左ヱ門を追いかけようとしていた。 小平太と長次のやりとりに気付いた留三郎だったが、煙草を吹かしたあと、背中を向けて消える。 長次もそれに続き、また戻ってから小平太を回収して行った。 「千梅、あいつだけは俺が殺させてくれ」 「……。私じゃ勝てないもんね」 「大丈夫、お前の分も殴る!」 「ありがとう。でもその前に死んじゃうかも」 「え?」 「八左ヱ門っ…、貴様、シャツを破くのはそれで何回目だ?」 「―――っあ…!」 「千梅っ、連帯責任だ!帰ったら説教三時間!」 「何で私まで!?酷いよ三郎!」 ( TOPへ △ | ▽ ) |