決意と愛情 「ダメだよ!その傷でお風呂になんか「入る」 顔を見られたくなかった。身体も見られたくなかった。触ってほしくも、気遣ってほしくもなかった。 脇腹を撃たれ、太ももを伝っていた血はいつの間にか固まっており、シャツについた血も黒く変色していた。 その汚くなったシャツを脱ぎ、親の仇を見るかのような目で見下して壁に投げつけたあと、いつも三郎が綺麗に掃除してくれるお風呂に入る。 風呂場はひんやりとしており、ブルリと身体が震えあがったが、「寒い」とぼやくことなくシャワーを浴びた。 冷たい水が千梅の頭を濡らし、色々な汚れを流れ落としていく。 「…汚い…ッ」 一人になって、シャワーを浴びてから昨晩のことを思い出し、呟く。 どんなことをされたかあまり覚えていないが、小平太の顔だけは覚えていた。 憎くてたまらないあの男を思い出すと自分の身体を傷つけたくなる。 シャワーを浴びながらその場にしゃがみこみ、膣に手を伸ばして中のものをかき出そうとする千梅。 力を使って痛みは消している。じゃないと痛みで泣き叫んでしまうからだ。 彼らの元にDVDが届けられたことなど千梅は知らない。だからできるだけ悟られないように、懸命に中を綺麗にしようとする。 「(薬を飲まないと…。本当にできてしまったら……ッくそ…!くそくそくそっ!)」 『千梅?』 「―――なに?」 突然ドアの向こうから名前を呼ばれ、千梅は平常を取り繕って返事をする。 『あ……えっと、タオルと服置いてるからね』 「ありがとう、雷蔵」 『あの……傷……』 「うん、解ってる。もうちょっとしたらあがるから、出てくれる?それとも私のナイスボディ見たいの?」 『ご、ごめん!すぐ出るから!』 雷蔵の気配が消えた瞬間、千梅の顔からも作った笑みが消える。 ガタガタと寒さで震えながら手を動かす千梅の目には涙が浮かんでいた。 あんなことされて、こんなことをして…。凄く惨めで、滑稽だ。 こんな自分を小平太が嘲笑っているかと思うとさらに涙が溢れる。 犯される前は悔しかった、犯されてる最中は怖かった、犯されてからは恥ずかしかった…。 色々な感情がぐるぐる回って、千梅は手を止めた。 「……っあ…!う………」 必死に自分の口を手で押さえて、仲間に聞こえないようにする。 本当は大きな声を出して泣きたい。皆に甘えたい。助けてくれと言いたい。だけどできない。 こんなこと言えない。皆に言いたくない。汚い、気持ち悪い。と声に出さず、心の中で泣き喚く。 「……」 でもこのままだとダメだ。 このまま泣き寝入りするほうがダメだと思うし、何より悔しい。 小平太は自分が殺す。と心の中で決意してシャワーを止めた。 別段自分が強いわけでも前向きな性格でもない。 犯されたことは心のダメージになってるし、泣いていいと言われたら泣く。 だが、それは今すべきことか?と問われたとき、千梅は首を振る。 「皆に……迷惑かけちゃダメだ…」 一番の理由はそれだ。 力の副作用と、過去のせいで一人がネガティブになると全員ダメになってしまう。 それが自分のせいだとしたら尚更嫌だ。 皆は大好きだし、早くこんなマフィアまがいなことを終わらせて、本当の笑顔を取り戻したい。 その為にはここは耐えなければいけない。 幸い、犯されたことはバレてない。それだけが唯一の救いだ。 冷たい身体のまま扉を開けて用意されたタオルに手を伸ばす。 顔を埋めると慣れ親しんだ匂いが千梅を包んでくれた。 「………風邪引いたら三郎に怒られるな…」 もっと言うなら完治してない脇腹の傷を放置してたら怒られるだろう。 銃弾が貫通してくれてよかったと思いつつ、身体を拭いて服を着る。 濡れた髪の毛のままタオルを首に巻いて一度深呼吸。 「(出たらいつも通りにして…。それからこれからどう動くか聞こう…)」 ドアノブに手をかけると、心臓の動きが早くなる。 この扉を開けるのが怖いと思ってしまったが、意を決して扉を開けた。 顔には笑顔、言う台詞も決まってる。 「三郎っ、シャワーめっちゃ冷たかったー!お湯も張ってくれてないし、風邪引けっての!?オカンならちゃんと面倒見ろよなー!」 だが部屋はシィンと静まり返っており、兵助と勘右衛門の姿も見当たらない。 どうかしたの?と首を傾げ、抱き合っている三郎と雷蔵を見てから目を見開いた。 「な、何してんの二人とも!女の子との出会いがないからってそっちに目覚めちゃった!?だ、ダメだよ…私……これからどんな風に二人と接したらいいかっ…!」 わざとらしく顔を背けていつものノリで喋る千梅。 だけど解っていた。自分がお風呂に入っている間にどっちかがネガティブになって、どっちかが慰めていたんだろうと。 雷蔵は泣いてるいるし、三郎の目には生気が感じられない。遠くの八左ヱ門も暗い表情をしている。 そんな三人を見て、不穏な空気を感じて、不安で押し潰されそうになったが、千梅は笑顔を浮かべた。 「健気だな」と言われたいわけじゃない。自分を守るために皆を守るんだ。結局は自分のためだ。 「助けてくれてありがとう!さ、次はどうすんの?逃げる?私、あいつぶっ殺したい。あ、その前に三郎髪の毛乾かしてよ。雷蔵ー、紅茶頂戴。シャワー冷たかったから温かいもの飲みたい!ハチー、お前も休めよ。あと私も寝るから腹枕になってー」 巻いていたタオルを三郎に渡して、雷蔵に笑顔を向ける。 ペタペタと裸足で八左ヱ門に近づいて隣に座り、「おい聞いてる?」と太ももを叩くと、少ししてから「…ああ」と短い返事。 三郎は渡されたタオルを持って千梅の背後に近づき、雷蔵も危ない足取りでカウンターキッチンへと向かう。 「あと雷蔵の手が空いてないから手当てしてー。痛いよー」 「……感覚ねぇくせに」 「いや、痛いのよ。寒くて集中力が途切れ途切れでさー…」 「スイッチ一つでお湯が出るだろ。お前は本当にバカだな…。犬よりバカだ」 「犬と一緒にしないでよ!…いや、千梅犬……ちょ、可愛くない?超ご主人様に従順よ?」 「下ネタが大好きな犬なんてお断りだ。あと何でお前は髪を乾かさないんだ」 「だって面倒だし、三郎がやってくれるほうが気持ちいいんだもん!三郎に髪の毛触られるの好きー。あと雷蔵に抱きしめてもらうのも好き。ハチも、勘右衛門、兵助も皆好き!皆がいるから私は頑張れる!巡り巡って自分のためにもなる!」 ちゃんと笑えているか不安だったが、ちゃんと顔をあげてとびっきりの笑顔を見せた。 紅茶を淹れた雷蔵が千梅の笑顔を見て、「そうだね…」と覇気のない声で頷く。 三郎は何も喋らず、千梅の頭を拭いており、隣に座っていた八左ヱ門は自分より小さな生き物を強く抱きしめた。 「ごめんな千梅!次は絶対ェ一人にさせねぇから!」 「あら、八左ヱ門は過保護さんなんですね」 「絶対、絶対、ぜーったい一人にさせねぇ!俺がお前を守る!」 悔しい、守れなかった、あいつが憎い。 八左ヱ門もそんな想いが胸に詰まっていた。 千梅はこの中で一番の年下。おまけに女の子だ。 差別しているつもりはないが、守るべきものだと認識している。 彼女だけじゃなく、一番年上である自分が皆を守らないといけない。なのに守れなかった。自分より弱い者を守れなかった。 責任感の強い八左ヱ門は自責の念に押し潰されそうに、目を瞑る。 そんな八左ヱ門の広い背中に千梅は腕をまわして、ぎゅっと抱きしめた。 「ありがとう、八左ヱ門。今回だけじゃなく、いつもありがとう。八左ヱ門のおかげで何度も命を救われた。勿論、皆にも。だから自分を責めないで…」 「ごめんっ…!ごめんな、千梅…ッ!」 「大丈夫だってば!もう泣くなよー…これじゃあどっちが年上か解んないだろ?」 「千梅ーっ!」 「ぐえっ…。ちょ、ちょっと八左ヱ門さん……さすがに苦しいって…。三郎、雷蔵助けて!」 「千梅、僕も混ざっていいかな?」 「え!?」 「仕方ない、私も抱きついてやろう」 「ちょ、ちょっと!?」 狭いソファに雷蔵と三郎も乗って、今にも八左ヱ門に押し潰されそうな千梅に抱きつく二人。 苦しいと悲鳴をあげる千梅だったが、いつの間にか自然な笑顔が戻っていた。 「あーっ、何してんの!?俺らが仕事している間に楽しそうなことするなよ!」 「勘ちゃん、俺は雷蔵に抱きつくから勘ちゃんは三郎な」 「うん!」 「ぎゃーっ、もう止めろ!私本当に死ぬ!潰れる!」 「俺の愛でか?」 「俺の愛でー?」 「私の愛でか?」 「僕の愛で?」 「俺の愛でか!」 「っ…ばーか、そうだよ!だから離れろ!」 『お断りします』 ( TOPへ △ | ▽ ) |