夢/マフィア後輩 | ナノ

疲労と連鎖


バタン!と外の世界を拒絶するように強く扉を閉めて、全員その場に座り込んだ。
小平太に誘拐された千梅を取り返すため、全員でアルモニアファミリーの屋敷を襲撃した。
いくら一般人より強いとは言え、あの二大ファミリーの一つであるマフィアに喧嘩を売るのはかなり骨を折れる。
だが、大事な仲間を誘拐され、あんなことされては腹の虫が治まらない。
本当は幹部の一人でも殺してやりたかったが、彼らはやはり強く、傷つけるどころか自分たちのほうが満身創痍になってしまった。
兵助と雷蔵を抱えた八左ヱ門は、三郎、勘右衛門、千梅と合流し、一般車を盗んで逃走してきた。
この場所はバレている。さっさと逃げ出したいのだが、逃走途中に千梅から聞いた言葉に三郎は「ここにいよう」と言う。
逃げるの必死だったので、理由はまだ言っていない。


「っはぁ…。あ、そうだ!千梅、お腹大丈夫?今救急箱持ってくるからソファに座ってて」


肩で息をする雷蔵が千梅の怪我を思い出し立ち上がる。
だが千梅は首を横に振って断った。


「その前にお風呂に入る」
「ダメだよ!その傷でお風呂になんか「入る」


車内で応急手当はした。無理やり目を瞑って治癒力も高めたので傷口は少しだけ閉じている。
それでもお風呂に入るは危ないと雷蔵は言うのだが、千梅は一言でを拒否した。
震える足で立ち上がり、フラフラとお風呂場へ向かってバタンと閉めた。
そうだ、彼女は犯されたんだ。
救出できたのはよかった。だけど、それだけは変えられない事実。
八左ヱ門は悔しがり、雷蔵は唇を噛みしめて拳を握りしめる。


「皆、話し合いだ」


だけど自分たちではどうすることもできないし、かける言葉も見つからない。
三郎も膝に手をついて立ち上がったあと、ソファに向かう。
雷蔵は救急箱を取り出し、怪我が酷い八左ヱ門の治療をしてあげた。


「千梅に言われたことが本当なら、これからあいつらに二つの選択が迫られる。「アルモニアファミリーの傘下に加わる」か「死ぬか」だ」


パソコンを起動させ、ネクタイを緩める三郎。
ふと自分の左手のひらに目を落とすと、刺青のウロボロスに傷が入っていた。
きっと伊作に叩きつけられたときだ。
悔しそうに顔を歪めたあと手を強く握って、目の前の兵助を見る。


「兵助、決めるのはお前だ。お前が私たちのボスだからな」
「……」
「大丈夫だよ、兵助。俺たちは何があってもお前の判断に従うし、それが間違ってたとしても責めない。責めるわけないだろ」
「勘右衛門…」
「何が一番優先かを考えてよ。僕たちはそれに素直に従うからさ」
「それが重みになるなら言ってくれ。俺たちの意見も、気持ちも出すから」
「雷蔵、八左ヱ門…。ありがとう…」


頭を抱えて俯く兵助。
時計の音と、シャワーの音だけが部屋に流れる。


「―――俺は、マフィアになりたくない。だから傘下に加わるつもりはない。が、彼らを利用して、あいつらを早く潰すことができるなら傘下に加わるべきだ」


俯いた兵助は何度も酸素を吸いこんで、脳に送り込んだ。
短い時間だったが、自分なりの…自分たちなりの答えを出すと全員が頷く。
兵助の意見は自分たちの気持ちそのものだったからだ。


「なら、嫌だし、もしかしたら殺されるかもしれないがここにいるしかないな」


パソコンに目を落としたまま三郎が答え、また全員頷いた。
もしかしたら罠かもしれない。混乱させるために千梅に言ったのかもしれない。
だけど彼らは自分たちの力のことを知っているはずだ。
先ほどの襲撃でもその力を見せてやったし、戦いの最中、雷蔵が長次に、自分たちの能力について簡単にだが話した。
そしたら「欲しい」と思うはず。なら高確率で接触してくるに違いない。だからまだ殺されない。
と、兵助はそこまで考えた。きっと三郎もそこまで考えていただろう。


「勘右衛門、悪いが武器を全部集めてくれるか。兵助も手伝ってやってくれ」


いや、自分たちの力に恐怖を感じて一気に襲撃してくるかもしれない。
殺されないためにも逃げ道を確保しておかねば…。
三郎は様々なことを考え、動ける勘右衛門と兵助に逃げ場、武器、作戦を伝える。
治療してもらった八左ヱ門も動こうとしたが、身体がうまく動かなかった。


「力の使いすぎだ。コントロールきくうちに休んでろ」
「……悪い。少しだけ休ませてもらう…」
「三郎、僕も手伝うよ。っと、その前に千梅にタオルと服を用意してあげないと…」
「…雷蔵、千梅の服はパンツにしてやってくれ」
「うん…解った」


三郎が整理しているクローゼットを開いて、千梅の服を取り出す。
いつものようにノックして中に入ろうとしたが、その手を止った。
その場に突っ立ってるのも邪魔になるので、一瞬躊躇いはしたものの、ノックしてから洗面台へ入る。
シャワー音しか聞こえなかったので「千梅?」と声をかけると、『なに?』と明るい声が返ってきた。


「あ……えっと、タオルと服置いてるからね」
『ありがとう、雷蔵』
「あの……傷……」
『うん、解ってる。もうちょっとしたらあがるから、出てくれる?それとも私のナイスボディ見たいの?』
「ご、ごめん!すぐ出るから!」


彼女はいつもの口調と声色だった。
最後にはケタケタと笑って冗談を言うものだから、焦ってリビングに戻ろうドアノブを持ったが、ピタリと止まる。
よく耳を澄ませば、シャワーの音以外のものが聞こえた。
それを聞いた雷蔵は、眉間に大量のシワを作って天井を見上げ、溢れそうになる涙を塞き止める。


「(僕は本当に何もできない…。三郎みたいに賢いわけじゃないし、兵助みたいに射撃もうまくない。勘右衛門みたいに行動的じゃないし、八左ヱ門みたいに強くないし、千梅みたいに皆をサポートできない。僕は…っ、僕…また…!―――ごめんなさい、ごめんなさいボス…ッ!僕なにもできない、ごめんなさい)ごめんなさい、ごめんなさい、頑張るから…強くなります、だから薬だけは止めて下さいっ…」


ドアノブに手をかけたまま扉を睨みつけ、ブツブツと誰かに謝罪する雷蔵。
手はカタカタと震えだし、脂汗まで浮かんできた。
しかし、目の前の扉が開いて腕をガシッと捕まれ、強い力に引き寄せられる。


「……………三郎…?」
「落ち着け、雷蔵。君は十分強いし、私たちも支えてもらっている。君がいないと死んでいた場面なんていくらでもあった。だから、過去のことは思い出すな。思い出さないでくれ」


雷蔵を抱きしめてあげたのは三郎だった。
ほぼ同じ身長と体つきの三郎に抱きしめられ、ぽんぽんと背中を叩いてあやされる。
恐る恐る雷蔵も三郎を抱きしめ、ジワッと涙を浮かべた。


「だって……僕、皆みたいに力なくて…。いつ捨てられるか解らなくて、怖くて、寂しくてっ…!千梅だって…何で一緒について行ってあげなかったんだよ!僕がついていけばこんなこと……」
「千梅なことは全員に責任…もっと言うなら許可をした私のせいだ。雷蔵は襲撃のとき中在家と戦って足止めしてくれたんだろう?幹部相手に凄いじゃないか。私は何もしてない。善法寺に吹っ飛ばされた挙げ句、千梅にまた怪我を負わせてしまった」
「でも、三郎は作戦をたててくれたし、千梅を救出した!僕は兵助みたいにたくさん殺してない!八左ヱ門みたいに皆を助けられない!僕はいらない子なんだ!だってボスがそうだって「雷蔵はいらない子じゃない!私たちにとって雷蔵は大事な家族だ!」


いくら三郎が雷蔵の言葉を否定しても、彼は首を振ってダダをこねるように「だって」と言い続ける。
雷蔵の泣き声に三郎は表情を曇らせる。
ズキンズキンと頭痛が襲って、眩暈までしてきた。
それでも雷蔵をあやし続け、彼が落ち着くまで何度も「大丈夫だから」と優しく声をかけ続けてあげる。
兵助と勘右衛門がいなくてよかったと息をつくが、ソファに寝転んでいた八左ヱ門が座って机をジッと見つめているのを見て冷や汗が流れる。
そろそろ自分も危ない。八左ヱ門まで感情のコントロールがきかなくなるともうダメだ。


「(―――もう……私も疲れた…)」


雷蔵を強く抱きしめたあと、三郎の目は細くなって光りを失った。


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